2.錬金薬品は高い

 玄関の扉の前で旦那が振り向いた。短い黒髪が揺れて、青い目が私を見つめる。


「いってきます」

「……いってらっしゃい。気を付けてね」


 どんよりとした雰囲気が重くて息が詰まった。朝なのに酷く疲れた顔をして挨拶をする姿を見ると、胸が詰まる。なんとか言葉を絞り出すと、旦那は覇気なく玄関を出ていった。これから仕事に行く人には見えない。


「デリック、大丈夫かな?」


 王宮魔導士である夫のデリックの仕事は激務だ。王都を守る結界の維持、王宮内の魔道具の魔力補充、魔物の討伐、地方への出張、会議。毎日色々な仕事をこなしているらしい。


 リビングに戻り、ダイニングテーブルのイスに座る。越してきたばかりの新居では私一人だけの時間が長い、なんだか寂しくなる。


「はぁ、こんなことなら騎士をやめるんじゃなかったわ」


 結婚を機に騎士をやめたが、この寂しい空間にずっといるのは耐えがたい。家を守るために騎士をやめたが、これじゃ守っているとは言えない。


 でもこんな機会じゃないと二人はずっと独身でいただろう。だから、この状況は少しだけ歓迎していた。これも何かの縁、家の都合ではあるけれど結婚してみようという気にはなった。


 しかし、婚前の交流は少なかった。お互いに忙しかったのもあるし、家のほうもうるさくは言ってこなかった。だから、あまり交流もせずに結婚してしまう。


 交流は結婚してからでもいい、そう思っていたのにろくに交流を持てずにいた。ここに越してきて一か月も経つというのに、少し言葉を交わすことしかできない。


 それもこれも、全てデリックの仕事が激務のせいだからだ。毎日精魂尽き果てるまで働いてくるデリックは言葉が少なく、帰ってきてもすぐに寝てしまう。


 そんな風に帰ってくるのに、無理やり交流を持とうなんていう考えはなかった。疲れているならゆっくりと休ませてあげたい、そうやって距離を開けてしまったから、今はろくな交流を持てない。


「こんなはずじゃなかったのに」


 政略結婚だとしても、情は育てられるはずだ。結婚してから交流が始まるんだ、と思っていたのにいつまで経っても始まらない。私が遠慮しているからかもしれないが、それにしたって何もなさすぎる。


 とにかくデリックの仕事が大変で、毎日ギリギリの体力で仕事をこなしているせいだ。


『王宮め、デリックを酷使するなんて許せん。早く解放しろっ』


 心の中で呟くがその願いは誰にも届かない。それが分かっているからこそ空しい。つい、頬杖をついてため息を吐いてしまう。


「私にできること、ないかな」


 ボーッとしながら考える。旦那の体調を良くするために何が必要なのか。むむむっ、そうだ!


「錬金薬品があるじゃない!」


 ダンッ、と机を叩いて立ち上がる。そうだ、それを使えば旦那の体調だって良くなるはず! 早速買いにいかなくちゃ!



『高っ!!』


 貴族街の外れにある錬金術店に入って商品の値段を見てみると、どれも高級品だった。買えないわけではないが、買うのを躊躇うくらいには高い。


 店の中をウロウロと探し回ってみると、店員が話しかけてきた。


「何かお探しですか?」

「疲労を回復させるものってありますか?」

「ございますよ、こちらになります」


 店員に連れられて行くと、そこは錬金薬品が並べられている場所だった。その中の一つを手に取り差し出してきた。


「こちらになります。疲労回復のある薬品になります」


 薬品を受け取ると、ガラス瓶の中に緑色の液体が詰まっている。これか、値段は……高っ!! これ一本でそんな値段になるの!?


 こちらも買えなくはない値段だが、たった一本の錬金薬品を買うのに、値段が高すぎた。うぅ、でも旦那のために買いたいし、お試しに一本買っていこう。


「これ一本ください」

「ありがとうございます。お会計はあちらでお願いします」


 これ一本で効き目が出ればいいんだけど、使ってみないと分からないか。どうか、劇的な効果がありますように。



 二人だけの夕食が終わり、早速疲労回復のポーションをデリックに差し出してみた。


「これは?」

「疲労回復のポーションを買ってきたの。あなた、いつも疲れている顔をしているから心配で」

「ありがとう、飲んでみる」


 デリックが蓋を開け、ポーションを一気飲みする。しばらくすると、少しずつデリックの顔色が良くなってきた。


「うん、効いているみたいだ」

「そう、良かった!」

「明日一日は元気に過ごせそうだ」


 ん? 明日一日?


「ど、どういうこと?」

「こういうのは効き目が一日しかないんだよ」

「そ、そうだったの!? 私てっきり全部回復してスッキリすると思っていた!」

「そんな都合のいい薬があったら、ぜひ飲んでみたいな」


 一日しか効果がないのに、あんなに高い値段になるのは納得いかない! あんなに高かったんなら凄い効果があるって思っていたのに。


 一人で落ち込んでいると、傍までデリックが来てくれた。そして、頭を優しく撫でられた。


「マリーがこうして気を使ってくれるだけで嬉しい」

「デリック……でも、私はあなたに元気でいてほしくて」

「分かってる。仕事が忙しくてあまり構ってあげられなくて、すまん」


 悲しそうな顔をして言った。そんな風に言わせるために錬金薬品を買ってきたわけじゃない、もっと元気で明るくいて欲しかったから買ってきたのに。


「デリックは気にしないで。さぁ、お風呂にゆっくり浸かってきなさい。疲れを取らなきゃ」

「さっきの薬で大分なくなった」

「それでも、完全にはなくなっていないでしょ。さぁ、ゆっくりして!」

「はいはい」


 ちょっとだけ呆れたような顔をしながら、旦那は浴室へと向かった。私はテーブルに乗ってある食器を台所へ片づけ始めた。


 スポンジに洗剤を付けて食器を洗っていく。……くっそー、あんなに高かったのに、どうして一日しか効果がないんだよー。なんだか騙されたみたいで悔しい!


 でも、一日だけでも元気に過ごせるのはいいのかな。本当に疲れているみたいだし、少しもデリックの力になれたかな。


 はぁ、あの錬金薬品が毎日飲めるようになったらどれだけいいだろう。そうしたら、旦那は疲れ知らずの体になるし、表情だって明るくなるはずだ。


 うーん、何かいい方法はないかな。お金がそんなにかからないで、旦那が元気になる方法。


 あ、錬金薬品を自分で作れるようになれば、お金がそんなにかからないんじゃない? うん、それだ!


 自分が錬金術を使えるようになればいいんだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る