家庭円満の秘訣は錬金術です~元騎士の奥様は旦那様のために錬金術を始めました~
鳥助
1.唐突な結婚話
「私が……結婚?」
久しぶりに実家のコリアーナ子爵家から呼び出しを受けて宿舎から戻ってみれば、ニコニコ顔の両親から伝えられたのはホーンヒル伯爵家の三男との結婚話だった。
「そうだ。領地の特産であるサトウキビから酒ができることが発見された。その酒を造るために長期的かつ大量に取引をしたいとホーンヒル伯爵家から打診がきた」
「大口の取引になることは確実です。そこでお互いの結束をより強固にするために、子の婚姻で結びつきを強くしようと考えたのです」
結婚とは言っても家の利益を優先にした政略結婚だった。サトウキビは砂糖しか使い道がなかったけど、酒という大きな市場を持つものに変化するならこの話はとてもうま味のあるよね。一貴族として逃してはならない話だ。
「すでに契約は済ませてある」
「というと、私の意思は通らないのね」
「何を言っているのよ、この子は。これはあなたにとってもいい話なのよ、話を蹴るなんてとんでもないわ。本当なら平民に嫁入りになるどころか、最悪あなたの結婚がない可能性もあったのよ」
「一人で生きていけるように騎士になったのですが」
「またそんな屁理屈みたいなことを言って。せめて女官になってくれればよかったのに……どうしてマリエッタは騎士になっちゃったのかしら」
お母さまが重たいため息を吐く。それは女官よりも騎士のほうが自分に合っていたからなんだけど、それをいうとお小言が増えそうなので言わないでおく。
結婚のことを考えていると、目の前の机の上に一つのカードを差し出された。それを受け取りメッセージを読んでいく、そこには日時と場所の名前が書かれてある。
「すでに顔合わせの日取りと場所は決まっている。その場所に遅れないように行くんだぞ」
「ラフな格好でいいけど、着飾らなかったら失礼だわ。だから、その日は一度ここに戻ってきなさい。私が責任を持ってあなたを綺麗に仕立て上げます」
私が何も喋らないでいるのに話がどんどん進んでいく。まぁ、もう契約したのならあとは話を進めるしかないからね。それにしても、私が結婚か……一生一人で生きていくと考えていたから急な出来事でまだ頭がついていけないや。
私の頭と心を置き去りにして両親は嬉しそうに話を続けていった。
◇
顔合わせ当日。水色の長い髪をまとめ上げ、白いワンピースと青いストールを羽織って待ち合わせ場所の貴族専用のレストランにやってきた。相手はまだ到着しておらず、私は個室に通されてテーブルに案内されて待ちぼうけだ。
相手はデリック・ホーンヒルで王宮魔術師をやっている。王宮魔術師はみんな爵位を持っていて、デリックは騎士爵みたいだ。結婚したら私も一応貴族の端くれとして残ることができるらしい。
それ以外は良く分からない、両親は口を揃えていい人だと連呼していたが、分かることはそれだけだ。いや、顔合わせの前に色々と探るのが定石じゃない。それすら怠っているのは、三男と三女の結婚だから手を抜いていると思わざる負えない。
本来ならお互いの家に招いて顔合わせをするなり、交流を深めるなるするものなのに、いい大人なんだから二人で勝手にやってろって突き放されちゃった。契約は重要だけど、私たちのことはそれほど重要じゃないみたい。
でも、結婚は本当に喜んでいるんだよね。結婚しないものだと思っていた三女に結婚相手ができたんだもの、そりゃあ喜ばれるわ。今でも信じられない部分はあるけどね。
相手は二十七歳みたいだけど、この年まで結婚していないのは結婚するつもりがなかったからかな? それとも相手がいなかっただけ? んー、どっちにしても残り者同士くっ付けられた気がしないでもない。
ボーっとしながら考えていると、扉が開いた。
「すまない、遅れた」
扉のほうを視線を向けると、白いスーツを着た男の人が入ってきた。短い黒髪、青い目をしていて顔立ちは端整だ。一目見ただけで分かった、こんな綺麗な人が売れ残るわけがない、あえて結婚しなかった勢だと。
「デリック・ホーンヒルだ」
「マリエッタ・コリアーナです」
デリックは傍に近寄ってきて軽く会釈をすると、私も立ち上がって会釈をした。
「座っても?」
「えぇ、どうぞ」
短いやり取りの後、デリックは正面の席に着いた。
「仕事の呼び出しがあり対応していたら、こんな時間になってしまった。気分を害されただろうか?」
「いえ、お仕事なら仕方ないわ。王宮魔術師って大変なお仕事なのね」
「そういうマリエッタこそ、騎士の仕事も大変じゃないか。魔物討伐をしたり、遠征もしないといけない時もあるだろう」
「そうね、魔物と戦う時はいつも大変な目に合うわ」
出会って早々に雑談をしてお互いを知っていく。っといっても、仕事の話ばかりでいい雰囲気にはならない。でも、それくらいが丁度良くて会話は続いていく。
その内、ランチのコース料理が出され始めた。二人でランチを食べながら感想を言い合ったり、好みの食べ物の話になったりと話題は尽きなかった。
お互いいい大人なんだから人とどういう風に交流をすればいいのか分かっている。スムーズに進む会話はどことなく気持ちよくて、ついつい話を続けてしまう。
話がスムーズにいくと食事もあっという間に終わってしまった。食後のコーヒーを頂きながら、二人で会話を広げていく。
すると、デリックの顔が少しだけ曇った。この後に来る話題がそんなにいい話じゃないことを察した。
「その……家の利益を優先した政略結婚になってしまうが、マリエッタはその事実に納得しているのか?」
あぁ、そういう話か。なるほど、今の内に私の本音が知りたいみたいだ。
「話を聞いた時にはすでに決められたことだったわ。最初は横暴だとちょっとだけ思ったけど、こういう機会じゃなければ私は結婚をしないと思うの。この巡り合わせを良いものにしようとは思っているわ。そういうデリックはどうなの?」
「俺もマリエッタと同じだな、こういう機会じゃないと結婚しないと思う。まぁ、仕事が忙しくてそっちの方面で積極的じゃなかったからな」
なるほど、急に結婚を決められたことには少しは不服に思っているけど、この機会が絶対に嫌っていう感じじゃないのね。話を聞く限りは私と似たような考えを持ってくれているから良かったわ。
「じゃあ、このまま私たちは結婚するのね。決められた結婚だけど、出来るだけ仲良くしていきたいと思っているわ」
「俺もそう思っているんだが、一つだけ不安なことがある。王宮魔術師の仕事が忙しくて、結婚前にマリエッタとの時間が中々取れないということだ」
「交流なら結婚してからもできるわ、大丈夫だと思う。これから長い時間一緒にいるんだもの、焦らずにじっくりと歩み寄ればいいわ」
そういう懸念をしてくれるのね、思ったよりも私のことを考えてくれていて嬉しい。そうよね、取り急ぎの結婚だけど結婚してからも交流を深められる、きっと大丈夫よ。
すると、デリックはちょっとだけ驚いた顔をして、すぐに笑顔を浮かべてくれる。その綺麗な表情を見て不意に心臓が高鳴った。こんな人が売れ残っているなんて、本当に信じられない。
デリックは椅子から立ち上がると、私の隣まで来てその場に片膝をついた。ポケットから箱を取り出して、その中身を開けると青い宝石が花ようにつけられたネックレスが出てくる。
「指輪はこれからだが、君に贈り物をしたくて急いで買ってきた。気に入ってもらえるかな?」
「綺麗、えぇ気に入ったわ」
「なら、つけてあげよう」
立ち上がったデリックは私の後ろに行くと、付けていたネックレスを外して持ってきたネックレスを付けてくれた。近くで見てみるとより輝いて見えて、とても綺麗だ。
「うん、似合っているよ」
「ありがとう」
贈り物は素直に嬉しい、相手も私と同じように歩み寄りたいと思ってくれているんだろうか? まぁ、逃げ道のない結婚だからそのほうが建設的だよね。
それから私たちは席に座りながら、貴重な交流時間を過ごした。少しの時間だったけど人となりが分かったのは良かったと思う。思ったよりもいい人で、この人ならこの先もやっていけそうだと思わせてくれた。
通常の日常に戻ると本当に交流の時間がなかった。だから、お互いに手紙のやり取りをして少しでも言葉を交わし続けた。そんなに長くない婚約期間だったけど、それなりに仲は深まったと思う。
そして、数か月が経ち、私たちは結婚をした。
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