まことを探す
西海こか
第1話
永い夜だったー
目も開けられないほどのまばゆい光に、わたしは目を覚ました。
しばらくはぼうっと空を仰いでいたが、やがて目がはっきりと見えてきて首を動かす。見える範囲は緑、緑、緑で、自分が横たわっている場所も緑でおおわれていることに気が付いた。試しに手を動かしてみると、水分を多く含んでじっとりとした苔に触った。もちもちとした感触が面白くて、暫く弄んでみたが、そういえば背中がぐっしょりと濡れている気がしてゆっくりと起き上がってみた。
無駄にびろびろした白色の服に、しっとりと水が濡れている。濡れている部分は水を吸って透けてしまっていた。
「うわあ…」
思いがけず声が出て、自分はこんな声なのか、と納得した。適当にあー、うー、と発声してみると、高い声がそう広くもない部屋にこだまする。聞き覚えのあるような無いような、しかしいやに自分の声だと確信できる声だ。
声の確認に十分な時間を費やした後、次に体を見下ろしてみた。着ている服は、月日がたったような形跡があったが、なかなか綺麗な白色をしていた。少し端がほつれた長い袖があって、胸元は鎖骨が見えるぐらいあいている。そのまますとんと落ちるような形になった長い裾からは、棒のように白く細い足が見えていた。はたしてこの弱弱しい足で歩けるのだろうかと不安には思ったものの、案外、足は軽く動いた。
同じようにひ弱そうな手をじっくり眺めた後、私はやっと立ち上がった。しばらくは眩暈のようなグラグラと揺れる感覚が襲ったが、すぐにそれは引いて、私はしっかりと立っていた。
立ってみると、わたしが囲まれていた緑は一面のツタだったことが分かる。部屋が狭いせいか、迫りくるような壁が五面、わたしを見張っているようだった。緑に、近づいて手で触れてみると、苔とは違った、がさついた葉に触った。
ここはどこ、私は誰。
不安に陥りそうなものだが、恐ろしいほど私は落ち着いていて、この部屋を堪能しつくした。ここには何もわたしを脅かすものはなく、落ち着いた時間が流れた。けれども、その代わりに刺激不足だった。
この緑に囲まれた空間に飽き飽きし始めたころ、ふと触れた壁の一面が、動いた気がした。ツタを剝いでいくと、不思議な紋章が刻み込まれた灰色の壁が現れた。
名残惜しい。
そう思った。この先に進むと、この優しい空間には戻ることが出来ないということを感じた。でも、ずっとここに居座ることはできない。そんな気もする。
何が最善か、しっかりと頭で考えようとしたが、考えようとしても頭が働かない。耄碌したな、ふとそう思った。そういえば、わたしはいくつなんだろう。からだはすこぶる元気なようだけど。
もう、体は勝手に動いていた。ひんやりと冷たい壁は、なかなか強い力で押しても動かなかった。何回か休憩しながらも、全身の力を使って壁を押し続け、やっと壁の真ん中に、少しのふちを残して、大きな四角い五センチほどのへこみが生まれた。
「もう、開いてよう…」
さすがに疲れてきてしまったわたしは、少しへこんだ壁を見つめてこぼした。
どうしてこの部屋から出なければならないのか、それはわからなかったが、この先に何かわたしを引き寄せるものがある、そう知っていた。
「開け…」
もう一度、扉に力を加えようとした時だった。
「えっ」
扉は恐ろしいほど軽い力で、開いた。
外は、部屋の中とは比べ物にならないくらい眩しかった。
しばらくは目が開けられず、手で顔を覆い隠していたが、目が慣れたころで、やっと顔を上げた。
そこは、部屋の中よりもずっと鮮やかな緑だった。一面に広がる空が眩しいくらいに青い。眼下に広がる一面の草原からは涼やかなにおいのする風が押し寄せてきたいる。ところどころ色が違うところがあるのに気が付いた。誰かが、わたしのほかの誰かが生きているのだろうか。生活しているのだろうか。目を凝らすと、今しがた自分がいた部屋によく似たものがたくさんあるように見える。
ふと、自分のいる小高い山のような場所を見た。外にもツタが生い茂り、背後の木々と同化したような建物は、中で見た時と違って禍々しい様子をしていた。きっと、わたしのことが好きじゃないのね、と思う。建物に感情があるのかは知らないが。
それよりも、わたしのことを心躍らせたのは目の前に広がる景色だった。脚が駆け出したくてうずうずしている。あおい風が鼻をくすぐる。私を歓迎しているような。
此処がどこか、どうしてここで目覚めたのか。それはわからなかったが、この世界を気に入った、それだけで生きていてよかったと思った。
まことを探す 西海こか @ocha1103
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