嫁と姑でございます
さて、チーム「かぼちゃの馬車」は怒涛のスタートを切った。
もうね、全員が「シンデレラ様の為に」という訳のわからないスローガンを掲げて、異常なハイテンションで仕事にかかったのだ。
勿論、私も負けてはいられない。現在ファンデリス商会ブライダル部門が契約している全結婚式の内容を精査し、よりブラッシュアップした内容へと変更を試みた。
全プランナーを束ねる立場なので、言うべき所はキッチリ言った。
私のチーム以外からは反発があるだろうなぁと思ったけど、これが怖いくらいに様々な建設的な意見を交える事が出来た。理由を聞くと、私のアシスタントプランナー達が事前に根回しをしていてくれてたみたいで、全てが円滑に進んだ。
オーフェンやルーニーやビヨンドも各方面に根回しをしていてくれて、ありとあらゆる事がスムーズだ。
私を若奥様だからと誰も毛嫌いしないし、逆に意見を言わずにただイエスマンになるのでもなく、一人のプランナーとして話し合いが出来る。なんて働きやすいんだろう。
こうなるとカミーユがなぜこのメンバーを私に紹介したのかがわかった。個別に能力の高い彼らはこのブライダル部門で各方面に強い影響力を持つ、人望もある核的な人材だった。
そして2か月後、私達はブライダル部門の実績を、前年比の倍まで一気に押し上げ、カミーユからみんなに、臨時ボーナスが出るに至った程だ。全スタッフが凄く頑張ってくれている。
「ほいよ、サービスのコーヒーだ」
「ありがとう、ゲーリックさん」
私がお礼を言うと、気にするなと軽く手を上げる渋いナイスミドル。
髭が似合う料理長のゲーリックさん、48歳。
彼はオーフェンさんの親友で同じく元冒険者。様々な国を渡り、クエスト中の飯をもっと美味しい物にしたいと研究しまくった結果、そのまま料理の道に入り、今では王国屈指の料理人である。
現在私は従業員専用食堂で、ミューナと二人で遅れたランチを取っている。
料理長のゲーリックさんは最初から、「他をあたってくれ」と非協力的に見えたが、実は中立という立場だったらしい。相手が商会の若奥様でも気にしないマイペースな人だ。
彼は親友のオーフェンに肩入れすることなく、「俺はじっくり様子を見る」というスタンスを貫いていた。
そして現在では仲間から圧倒的に好かれた私に対し、ちょいちょい「サービスだ」とか「差し入れだ」とか「おごりだ」とか親切にしてくれている。うん、奢ってくれる人は、みんないい人だ。
そうして立ち去ろうとしていたゲーリックさんが、ふと振り返って私に言った。
「そう言えば若奥様、今日あたり戻って来るかもしれねぇぞ」
「えっ?」
「まぁ、上手くやれよ」
謎の励ましに対し、私がもう少し話を詳しく聞こうとした瞬間、突如ルーニーが食堂に慌てて駆けこんで来た。
「わ、若奥様、マジやばいから! ちょ、早く来て!」
言うなリコーヒーを飲んでいた私の腕をグイッと持って立たせ、強引に引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと、ルーニー、せめてコーヒーぐらい飲ませてよ!」
「もう、うちがあとで奢ってやんから、はやく、はやく!」
「なんなのよ、一体!」
「エリザベート奥様が戻られて、『シンデレラを呼びなさい』ってご命令されたの! マジ勘弁! うち怖いから!」
「えええええええええええっ!」
遂にその日がやって来た。
私は極度に動悸が跳ね上がるのを感じた。
エリザベート奥様。それはカミーユの母親であり、私の義理の母になる人だ。
私は嫁入り後、ファンデリス家親族への紹介は既に終わっている。名誉会頭ユリウスさんは知ってたし、その大奥様はお優しい方だった。そしてカミーユの父親であるレッグ会頭に至っては、すごく親しみやすく何かと便宜を図ってくれている。
さらにカミーユには他に姉が3人いるらしいが、嫁に行ってるのでまだお会いしていない。
そして唯一、商会に属していて今だ接触していないお方。常に仕事で様々な国を巡り、ファンデリス商会きってのやり手であるエリザベート奥様だ。
カミーユ曰く「普通の母親だよ」と軽く言う。
だがしかし、私は沢山の噂話(事実)を、オーフェン達から聞いていた。
その内容は、「睨まれたらその場で終る」、「絶対に怒らせちゃいけない人」、「人を目で殺せる」などという評価の他に、「気にいらない貴族の家を潰した」、「剣聖に勝負を挑んだ」、「聖女と殴り合った」とか、もうとんでもない武勇伝をお持ちのお方らしい。
ちなみに若い頃の二つ名は、「暴虐の殺戮者、鬼人エリザベート」と言う。どんな奥様だ!
とにかく、嫁と言う立場で考えるに、想像以上に恐ろしいお人柄と戦闘力が異常に高い姑さんだと言う事は伝わった。緊張以前に、普通に怖い。
そしてカミーユから聞く所によると、ここ数か月はファンデリス商会の管理するミスリル鉱山に住み着いた凶悪なブラックワイバーンの群れ(200匹以上)を討伐に行っていて、ついでに偶然現れたドラゴン数体とも戦っていたらしい。
もう、意味が分かんない。
「さぁ、若奥様、マジ気合を入れねぇとやばいから!」
真剣な顔で忠告してくれるルーニーが私を連れて来たのは、何故かブライダル部門の家屋に増設されている謎の武道場だった。
「ちょっと! なんで、武道場なの!」
「あ~、それはっすね、うちらって運動不足を理由にエリザベート奥様がいる時は、剣術や体術の修行をさせられてんすよ、かわいそくないですか?」
「いや、何を言ってるか分かんないんですけど!」
表の扉の前でとにかく私は呼吸を整え、「い、行くか!」と気合を入れた瞬間だった。
ドドォォォ――――ン!
何かが床に激しく打ちつけられた轟音が響き、それと同時に絶叫が聞こえた。
「ま、参りましたぁぁぁあああああああああ!」
武道場の中から聞こえたのは、照明係オーフェンの悲痛な叫びだった。
そして間髪入れず、畏怖を体現した雷鳴の様な激しい叱責が轟く。
「弱い! ぬるい! 稽古をさぼっていたな、オーフェン! もう一度立て!」
「お、奥様、少し休憩を!」
「てめぇぶっ殺すぞ! それでも元A級冒険者か! 根性入れろ、ぶっ殺すぞ!」
「ひぃいいいいいいいいいい、二回も殺すって言わないで下さい!」
あの筋骨隆々で頼りがいのある大男オーフェンが、衣装係のビヨンドみたいな悲鳴を上げている。なにやってんだ、この人達!
「まったく、いらいらする! シンデレラはまだか!」
「お、奥様、ルーニーが呼びに行ってますから、今しばらく御辛抱を……」
「ぶわっかか! 大体嫁の分際で私を待たすとはいい度胸だ! そもそも名前が気に喰わん。何がシンデレラだ、私の知り合いにもシンデレラはいる。こんがらがるだろうが、ややこしい名前しやがって! 早く来いっていうんだ、ぶっ殺す!」
「いや、我が国でも人気の名前ですし、それに恐れながら、若奥様はそれはそれはとても立派な方でして……」
「あああん! 偉そうにお前が決めるな、私が判断する! だが、殺す事は確定事項だがな、ふわっははははっは!」
な、なに、これ、怖すぎる、もはや魔王だ!
私は急いで小声で隣にいるルーニーに聞いた。
「ちょ、ちょっと、なんで私が殺されなきゃいけないの! あれなの、息子を溺愛するあまり嫁を敵認定しているって事? でも普通の姑さんと違って、戦闘力が高過ぎるんですけど!(ひそひそ)」
「あっ、間違いなく若奥様は敵認定つぅーか、最初のうちらと同じで誤解されてんじゃないっすかね? 話し合えば……、いや、やっぱ無理っぽいすね。奥様は問答無用の国の住人ですし(ひそひそ)」
どんな国だ、それ!
「でも、とにかくここは覚悟を決めて入るしかないわね。単なる威嚇よね、威嚇って言って! 本当に殺す気じゃないわよね……」
「いや、あれはマジっすよ、ぱねぇ人っすから!」
「やだ、私もう帰る!」
「ちょ、帰らないで下さいよぉ! 呼びに行ったうちが代わりに殺されるじゃないっすか! 大切な可愛い部下を見捨てないで下さいよぉ!」
「だって、怖いし! そうだ、カミーユを呼んで来たらいいんだわ」
「あっ、若旦那様は所用で出てるっす。さっき奥様が『せっかく帰って来たのに、出迎えてもくれない、カミーユの馬鹿!』ってすげぇまじギレしてましたから!」
「やだ、やっぱ私帰る!」
「ちょ、若奥様! だっ、駄目ですって、もう、いいから覚悟を決めて下さい!」
「やだ、帰るぅう!」
「もう、駄目っす!」
ルーニーはそう言うと再び腕を引っ張り、私は全力で抵抗した。その瞬間だった。
「「あっ!」」
もみ合いながらつい足元の段差にひっかかってしまい、バランスを崩した私達は躓いてその勢いのまま、扉をバーンと押し広げ、修羅場と化している武道場に転がり込んでしまった。
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