かぼちゃの馬車

 8歳の頃、シスターアンヌが私を街に連れ出してくれた。


「いいですか、シンデレラ。今日はあなたに自由について教えてあげましよう。私達は神に仕えております。さて、自由に日々を謳歌しているこの街の人達と比べて、それを不自由だと思いますか?」

「えーと、神に仕える喜びと感謝を私は毎日感じています」

「まるで棒読みですね、シンデレラ。なかなか好感が持てます、その調子で頑張りなさい。実は先日あなたに行った『恩恵の洗礼』にて、馬鹿々々しい事を言う輩がいたので、私が成敗しておきました。愚かな事です」

「馬鹿々々しい事?」

「いいですか、シンデレラ。私は神に仕える事になんの不自由も感じておりません。神は自由をお与えくださっているのです。ですが、愚かしい連中はくだらない不自由を生み出そうと考えます。だから成敗致しました。よって、あなたは自由です。好きに生きなさい」

「あ、あの、自由にってどうするんですか?」


 話しが漠然としていてよくわからなかった私に対し、シスターは穏やかに微笑まれた。


「そう聞くと思っておりましたよ、シンデレラ。いいですか、あなたは教会に縛られず、自由に生きて良いのです。例えば、酒を浴びる程飲んで道端で寝ていてお持ち帰りされたり、合コンで盛り上がって三次会前にはお持ち帰りされたり、紹介された殿方と意気投合してその日の内にお持ち帰りされたり、道端で声をかけられお持ち帰りされたり、なんでも自由なのです。そしてお付き合いした男性に高額のバッグをおねだりしたり、高額のジュエリーをおねだりしたり、高額のウオッチをおねだりしたり、高額のマンションをおねだりしたり、愛人手当をおねだりしたり、別れる時の示談金をおねだりしたり、別途慰謝料をおねだりしたり、そういう面でも自由です。そして複数の男性とお付き合いする場合は、必ず同じものを買って頂く事も忘れずに。ただし、なるべく換金性が高く、価値が下がりにくい物にしなさい。本当は現金や土地がベストですが、後にトラブルが起きやすいので、株や証券にし即現金化して自身の口座に貯金しなさい。尚、投資信託系は利益分配率が低いのでお勧め致しません。銀行を信用してはいけません。いいですね、わかりましたか、シンデレラ。神の御心のままに」


 いや、全然わかんないんですけどぉ!


 という訳で私は知らない間に教会での自由を勝ち得ていた。







「シンデレラ、どうするの! 血が止まらない」

「シンデレラ様、もうヤバイぞ! このままじゃあルーニーが、ルーニーが!」


 私は視線を外さずに、焦る二人に向けて言った。


「私が凄腕のブライダルプランナーだって教えてあげる!」


 瞬間、私を中心にディスプレイ担当ルーニー、それに倒れている衣裳担当のビヨンドとアシスタントプランナーの子達までへ及ぶ眩い魔法陣が広がった。


「エステ・ビジュー!」


 私がそう叫ぶとルーニーに添えた両手、そして魔法陣全体から金色の優しい輝きが沸き起こり、溢れんばかりの勢いで彼女達の全身を覆った。


 実は、私はいくつかのスキルを持っている。


 そのひとつが「エステ・ビジュー」。


 教会で『恩恵の洗礼』によりステータス判定された私は、聖女の有資格者である事が判明し、さらには「癒しと回復系のスキル」を上回るユニークスキル持ちだった。


 本来教会の完全管理下に置かれる身の上だが、シスターアンヌに守られ自由に生きている。


 ユニークスキル「エステ・ビジュー」は、癒しや回復魔術さらには神級魔術などによる致命的な損傷部位や体力・魔力などを完全回復させる効果だけに留まらない。


 沸き起こる金色のキラキラした輝きは、夜空の星々の様に幻想的な光を幾重にも降り注ぎ。まるで天からの祝福を受けるかの様にして、包まれたルーニー達の傷を穏やかに、そして一瞬にして完治させた。


「「えええええええええええええっ!」」


 側で見ていたミューナとオーフェンが、驚きの声を上げる。


 でもここからだ!


「エステ・ビジュー」は女性の幸せ、その為の能力だ。私は彼女達の為に、慈しみを込めて優しく祈りを捧げた。


 瞬間、金色の光が鮮やかな七色に変化し、くるくると不規則な流れ星が踊る様に治癒の終わったルーニー達の上を飛びまわる。


ここからが本当の「エステ・ビジュー」の始まりだ。


 まず彼女達の全身のお肌のきめを整え、血流をアップし、リンパも流し、しっとりとした潤いを与え、赤ちゃんの様なすべすべでぷるんぷるんのお肌に生まれ変わらせる。


 さらには無駄な内臓脂肪の燃焼を促進させ、骨盤矯正も行い、腸内環境も整え、体幹を強化し、日常的にも痩せやすい身体と体質も作る。


 その上で完璧な美白効果も発揮し、透き通るような美しさを実現、同時に髪の毛もつやつやの枝毛知らずで手の通りも滑らか、そして手足の爪も艶やかに美しく整える。


 ついで体臭改善、ムダ毛処理、小じわ・シミ・そばかす・吹きでものの除去、ついで多く生成されてしまった活性化酸素を中和し、デトックス効果も生み出し、たるみ・むくみなども一切なくなる。


 仕上げは精神安定、安眠効果、年配の方は更年期障害による発汗やイライラを消し、適正なホルモンバランスを整え、完璧なるビュティーボディを女性に提供する。


 これが「エステ・ビジュー」の発揮する効果だ。


 このスキルは内面・外面を含め「女性を宝石の如く美しく」させる。私はこれを結婚式直前の花嫁さん達にかけてあげている。それにより完璧なプランを構築した上で、さらに絶大なる信用を得ていた。


 暫くして、「エステ・ビジュー」の七色の輝きと広がった魔法陣が穏やかに、美しい花火の様な残照を残しながら消えていった。


 瞬間、倒れていたルーニーやビヨンド、さらにアシスタントプランナーの子達がうっすらとその意識を取り戻す。


「「「ううっ、あっ、えっ? はっ! えええええええええええええっ!」」」


 意識を取り戻した彼女達は、周囲に広がる夥しい惨状の前に、自らの身体的変化に驚きの悲鳴を上げた。


「な、なんでうちの肌がこんなに潤ってんの! やばくない? まじやばいんですけど!!」

「ひいいいいいいいい! 縮毛の私の髪が滑らかすぎるんですけどぉぉおおおお、おさげ止めます、うれしいいいい!!!」

「えっ、あれ、おかしい、顔に出来てたストレスでの吹き出ものが全部消えてるぅううう、うれしいぃい!!!」

「きゃー、なにこれ、信じらんない! スカートがゆるゆるじゃない! ウエストが、たるみが引っ込んでるぅうう!!!」



 全員が場違いにも違う興奮で絶叫し合っている中、救護班とカミーユが改装中の式場に飛び込んで来た。


「大丈夫か、シンデレラ! 無事か!」


 焦った彼の声を聞いた瞬間、とても悪いのだけれど、私は安心してしまった、うふふふ。


 それから念の為、救護班の手により急いでルーニー達を医師の診察に向かわせ、私はカミーユと現場監督と各業者代表を交え、工事現場の安全性を再チェツクし、危険個所をその日の内に撤去・改善させ、怒涛の勢いで慌ただしく様々な事柄の処理に追われた。





「疲れたぁぁあ」


 私はキングサイズのベッドの上で、ぐりぐりとカミーユの胸に頭をうずめて、気持ち良いその肌の感触に身を預けて抱きついている。


「お疲れだったね、シンデレラ」


 彼はそんな私の頭をやさしくなでなでしてくれる。


 これは一日の内で、もっとも私が癒しを感じる時間なのだ。


「うっう~ん、カミーユゥゥ」


 甘えた声で私は彼の胸の中でその心音を聴きながら、柔らかい肌に口づけし、またころんと頬を寄せ、すりすりする。肌をすり合わせるだけでこんなにも気持ち良くて、優しくて、穏やかな気分になれるのだ。カミーユはそんな私をいつまでもゆっくり、優しくなでなでしてくれる。


「シンデレラ、じつはね、僕は色々聞いているんだ」

「えっ?」


 私は少し驚いて顔をあげた。


「君がね、チームと上手くいってないって知っている。でも、僕は手助けはしない。いや、正確には君と彼らの橋渡しをしないつもりだ」


 穏やかだけど、凛とした口調で彼はそう言った。


「僕は君の力を信じている。彼らは悪い人間じゃない。だから君は君の力で、きっと素敵な人間関係を構築するはずだ。それによりどんな風にうちのブライダル部門が変わるのか、僕はすごく楽しみなんだ」


 彼の瞳は穏やかで、いつでも私を心から安心させてくれる。


「ありがと」


 私は少し身体を伸ばして、彼にキスをした。すぐにカミーユは私を引き寄せくるりと半回転させ、横になってお互いが見つめ合う。


「あのね、今日はみんなと喧嘩したの」

「それはいいね」

「でしょ! ぶつからないと何も始まらないと思うの。でも間違ってないかな?」

「正解か不正解だなんて、気にしなくていいと僕は思うよ。間違っていたらやり直せばいいだけさ。人の受け取り方は様々だし、みんなが同じ物差しで心を計って生きてるわけじゃない。それでもね、不規則なパズルをあわせるみたいに、僕らはたくさんの人と関わり合って生きてゆくんだ。大事なのは諦めない事だけ」

「うふふふ、私は負けない!」

「勝ち負けじゃないんだけどね」

「わかってるわよ。もう、今からお仕置きしてやるから!」


 私はカミーユが居てくれて本当に幸せだって思う。





 翌日、朝早くにミューナから連絡が入り、私の専用オフィスに呼び出された。


 すると部屋の外で待っていてくれて、私の顔を見るなり微笑んでくれた。


「おはよう、シンデレラ。昨日はお疲れ様」

「おはよう、ミューナ。どうしたの、こんな朝から?」

「まぁ、いいからいいから」


 そうして扉を開かれ、「ほらほら」と背中を押されて室内に入ると、驚きの光景が私を待っていた。


 そこにはミーティング用の大きなテーブルに、照明担当のオーフェンをはじめとする全員が着席していた。そしてミューナが戸惑う私をその横の椅子に座らせた。


「いい、シンデレラ。今から彼らが会議をするから、あなたは隣で聞いてなさい。決して余計な事を言わない様に!」


 そう忠告されてしまい、私は何をする気かわからないけど、「いいわ、なんでも始めて頂戴」とだけ言った。


 すると、議長はオーフェンなのかすぐに口を開いた。


「じゃあ、早速ミーティングを始める。みんな、今日の議題はシンデレラ様についてだ。全員の忌憚のない意見を聞かせてくれ。それと、本人がそこにいても一切気にするなよ!」


 ああ、そうか昨日の喧嘩の続きをしたいんだな、こんなミーティング形式で嫌がらせみたいな事をするとは、やるじゃないか、ファイトが湧いて来るぞ。


 すると、一番に手を上げ立ち上がったのはディスプレイ担当のルーニーだった。


「うちは今後全面的に若奥様の絶対的な味方になる! 歯向かう奴は許さない!」


 そう力強く言うと私の方を向き、にっこりウインクして座った。

 次に手を上げ立ち上がったのは衣裳担当のビヨンドだった。


「ううううううううううっ、わた、わたしは、何があろうとシンデレラ様の指示に従い、忠誠を誓いますぅううううううう、だって命の恩人ですからぁああああああ」


 そう言うと彼女は私にペコリと頭を下げ、照れくさそうに座る。

 続いて手を上げたのはアシスタントプランナー達全員だった。


「偉大なるシンデレラ様に生涯、教えを請います」

「神です、私の神と言えるのはシンデレラ様以外いません」

「えーと、話を聞いてびっくりしました。冷静に考えれば、シンデレラ様は凄腕なので、リスペクトさせて頂き一生ついて行きます」

「私も話を聞いてびっくりしました。これからはシンデレラ様の推し活動に尽力したいと思います」


 そう言うとなんだかすごい羨望の眼差しで見つめられ、彼女達は座った。

 最後にオーフェンがすくっと立ちあがった。同時になぜか全員がもう一度立つ。


「今回の事故が起きた原因は、俺の手配した照明関係の業者だ。悪いのは全て俺の責任だ。みんなにはこの通り謝る、すまない。そして、はっきり言って昨日シンデレラ様が言われた事は、全部すごくまっすぐで正しい事ばかりだった。それなのに俺達はくだらない推測で邪推して、こんな素晴らしい人をたくさん苦しませてしまった。若旦那が選んだ人だ、そもそも間違うはずがないんだ。俺達は間違っていたんだ。馬鹿だったんだ!」


 そう言った瞬間、全員が一斉に私の方に身体を向けた。


「「「「「「「すんませんでしたぁああああああああああああああ、申し訳ございませんでしたぁあああああああああ」」」」」」」


 いきなり全力で頭を下げ、さらに全力で叫んで謝罪された。


「ちょ、みんな……」


 すぐに椅子に座る私の周りに全員が集まって、にこやかに囲んでくれた。


 さらに昨日の事故での一件に関する感謝や、これまでの態度の事、そしてこれからのお仕事の事、みんながたくさん、たくさん、私に向かって嬉しそうに語ってくれた。


 なんだか、もうね、私は胸が熱くなってしまって、うるうるしてしまい、もう泣いちゃった。


「みんな、……なんか、ありがとね、これからさぁ、一緒にがんばろうね……」


 涙声でそれだけ絞り出すのがやっとだった。


 なんだかなぁ、みんないい人だぁ、嬉しいなぁ。


 あっ、ちなみに女性陣から小声で、「シンデレラ様、例のスキル、出来ましたら彼氏との勝負日になにとぞお願いします!」とちゃっかり言われたので、笑顔で了解してあげた。ガンバレ!


 さて、こうして私のチームは一つにまとまった。


 幸せな結婚式を考え、花嫁さんにシンデレラみたいな夢をみてもらう。その願いを込めて、私はこの頼もしい仲間がいるチーム名を決めた。


 その名は「かぼちゃの馬車」だ。一緒に頑張るぞ、みんな!










































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