本音で語ろう!

 「喧嘩しょう!」と宣言した私に対し、この場にいる全員がお互いに顔を見合わせ戸惑う。そんな中、照明担当のオーフェンが真っ先に声を張り上げた。


「あー、シンデレラ様、どうにもこうにも、あんたは覚悟して来てるみたいだな。いいぜ、俺は元冒険者だ。揉め事なんざ、当たり前の世界だったからな。この喧嘩買ってやるよ、生意気な女がいきがるのは気分が悪くてしょうがねぇ!」


 凄みを利かせた声で、そう威嚇して来た。


 私は背筋を伸ばし腰に手を当て、「ふんだ!」と鼻で笑ってやる。


「生意気なのはあなたよ! 仕事もせずに威勢だけいいだなんて笑っちゃうわ!」

「なんだと!」

「なによ、悔しいの! 覚えとくといいわ! 悔しがるのは努力をした人間だけが許される事! たくさんの犠牲を払い、懸命に全てを賭けて、それでも届かなかった時に、歯ぎしりして悔しがる。そんな努力を重ねた人間だけが悔しがっていい。あなたみたいに、やるべき事に向き合わず、ただ逃げ回っているお馬鹿さんは、まず反省する事を覚えなさい!」


 私は大きな声で彼を一括した。


 オーフェンは瞬時に顔を紅潮させ「この!」と怒るが、それを制してディスプレイ担当のルーニーがすっと一歩前に出た。


「ちょ、若奥様! あーしはさぁ、わかんないんだよねぇ、あんたみたいな金目当ての女が、あーしらに説教たれる資格なんてあんの? いや、ないんじゃね? なめてもらっちゃ気分悪いんだけど!」

「ルーニー、この程度の言葉で揺らぐ気分だから、あなたの仕事は不完全なのよ!」

「はぁあああ!」

「いい、あなたも偉そうに言わない事! 先日の結婚式であなたが行ったディスプレイ、趣味に走り過ぎて、キャストの導線を阻害していたわ! お客様を喜ばせようとして飾る立てながら、あなたは気がつけば自分の好みの世界を作っているだけ。結婚式はそれだけじゃない、お世話に回るキャストの動きすらも全てこちらの演出のひとつだと知りなさい。あなたの満足と言う自分勝手な価値観、それをを押し付ける姿勢をまずは改めなさい!」

「なっ!」


 今度はルーニーが今にも私に飛び掛かろうとした瞬間、衣裳担当のビヨンドが絶叫した。


「ひぃいいいいいいいい、戦争、これは戦争なのぉおおおおお、どうしましょおおお!」

「騒がないの、ビヨンド!」

「あひぃいいいいい、お怒りだぁああああ!」

「私があなたに言いたい事は視野を広げる事! いい加減、自分の世界だけに生きるのはやめなさい! そしてもっと相手をよく見なさい! どんなに美しいドレスを作っても、花嫁はマネキンじゃないわ! あなたの作るドレスはすごく動きにくい。立ってる時だけ美しいものではなく、式場内を歩く時、来賓に挨拶して屈む時、そんな一瞬、一瞬でも、花嫁さんが動きやすく美しいものを考えなさい!」

「がぁぁぁぁああああああああん、しょぼん」


 膝から崩れ落ちたビヨンドの肩をポンと叩いて、最後にアシスタントプランナーの女の子達が一斉に吠え始めた。


「じゃあ、言わせて貰います、シンデレラ様!」

「みんなが言ってるわ、『金目当ての成り上がり』ってね!」

「元々孤児ですものねぇ、生き抜く為に必死なんでしょ!」

「うちの若旦那様をたぶらかすなんて最低だわ!」

「カミーユ様は思慮深くて純粋でお優しいの!」

「そんな方を篭絡する卑怯ではしたない女があなたよ!」

「凄腕のプランナー様は、あの手この手を使ったんでしょ!」

「この守銭奴のメス豚!」


 彼女達の悪口はどんどん加速し、随分と好き勝手に言ってくれる。


 口さがない事を言う時、醜くなってしまう自分を彼女達は知らない。綺麗な子達なのに凄く残念だ。文句を言うにしても、感情に節度が無ければ、必ず人は醜くなってしまう。だけど、言いたいように先ずは言わせる。


 暫く私はその言い分を大人しく聞いていた。


 止まらないその勢い。遂には黙っていたオーフェンやルーニーにビヨンドまでもが混ざって騒ぎ始めた。もはやヒステリーとさえ言える。


 なさけないな。ホントになさけない。ここらでこの人達の目を覚まさせてあげないといけない。


 私は足を大きくあげ、勢いよく床を「ダン!」と激しく踏んだ。工事中のせいか少し柔らかい足場が弛んで、私のびっくりする程の大きな音が室内に反響し、全員が驚き一瞬で黙った。


「それがあなた達の本音ね! やっと喧嘩らしくなって来て嬉しいわ! どうせ、ここで私が何を弁解しようが聞く耳なんか持たないアホばかりだから、違う事を言ってあげる!」


 私は胸を張り、腰に両手を添え、彼らをしっかり見据えてから、腹の底から大きな声を出した。


「よく聞きなさい! 嫌いな相手が目の目に出て来たのなら、目を逸らさずに戦いなさい! 無視したり、逃げたりせず、堂々と正面から私と戦いなさい! 意気地のない情けない姿で、影に隠れてぐちぐち言うなんて、みっともない限りだわ! 許せない程に嫌いな相手がいるなら仕事で徹底的に戦い、全力で叩き潰すくらいの根性を持ちなさい! あなた達はここに何の為に集められてるの! お仕事をする為でしょう! 私と戦う事もせず、ぐじぐじと文句ばかり言う! そんな事でお給料が貰える程、世の中は甘くないの! だから、言います! 全員、きっちりお仕事をしなさい! 私はそうして今まで戦って生きて来た! みんな肝に命じなさい!」


 私の言葉を聞いた瞬間、皆ぐっと悔しそうに唇を噛みしめた。


 どうやら少しは見込みがあるみたいだ。


 私の言葉に、怒り、悔しがる、というのは大事な事だ。それは彼らの仕事に対する情熱と誇りを物語っている。だけど、まぁ、簡単に納得しないだろうなぁ。それでも私は彼らに宣戦布告をしなければいけない。


 協力を望めないのなら、妥協せず、全力でせめぎ合い戦うだけだ。一切手を抜かせない。そうして足の引っ張り合いをせず、仕事を真剣に行い、お互いを高めあえるのなら、対立があろうと良い結果は必ずついて来る。


 私が貫くのはたった一つの事。仲間である彼らを、決して見捨てないという事だけだ。お仕事をする上で結果だけを目指しているのではない、誰も腐らせない、成長や理解の速度はみんな違う。その人だけの大切な持ち味も違う。チームのリーダーとして、これは私が守るべき事。仕事でチームを抱えるとはそう言う事だ。でも今は言わない。だけど!


 愛がなくっちゃね。


 何事にもそれが大切だ。甘いだなんて誰にも言わせない。


 幸福を支えるウエディングプランナーたる私はそう考えている。




 張り詰めた空気の中、再びオーフェンが何か言おうと口を開きかけた瞬間だった。


 突然、想定外の事態が私達を襲った。


「うわぁあああああ、ヤバイ、あぶないぞぉおおおおおおおおお!!!!!」


 有り得ない轟音。


 激しい絶叫と共に、ドゴゴォオオンと言う何かが破壊される様な凄まじく大きな音が式場内を揺るがす様に響き、工事中である中二階の場所から、それは落下して来た。


 逃げる暇も、誰かを助ける時間も一切許されない。


 刹那の瞬間。


 巨大な照明用の魔道スポットライトが、幾つもこの一階へと容赦なく降り注いだ。


「「「「「「きゃぁぁあああああああああ!」」」」」」


 避けられない一瞬の悪夢。


 暴力的な破壊音をまき散らし、次々に幾つもの塊が眼前で轟音と共に砕け散る。

 

 閃光の様な火花を散らし、慟哭の様な煙を吹き、激しく地を揺らした。


 瞬きも出来ない一瞬だった。


 濛々とする地獄が穿つ硝煙の様な黒い煙が広がっていたが、すぐに薄まって行く。


 我に返った私は、急いで目の前の惨劇に駆け寄った。


 私とミューナは少し離れていたので難を逃れたが、チームスタッフ達は完全に逃げ遅れた。


 そこには信じられない絶望があった。


「「「「うううっ、あああっ、ぐぅうう」」」」


 苦し気な複数の呻き声と共に、私とミューナの目の前に現れた惨状は、見るに耐えない酷い有様だった。


 ついさっきまで元気に文句をいっていたはずなのに。


 好き勝手に憎まれ口を叩いてはずなのに。


「みんな!」


 一瞬言葉を失くした私の目の前で、アシスタントプランナーの子達が身体をくの字にして倒れ込み、呻き声をあげていた。その頭部や手足からおびただしい真赤な血がべっとりと地面を滲ませている。


 衣裳担当のビヨンドは仰向けで倒れピクリともせず、飛んで来た幾つもの残骸に埋もれたまま、まるで意識がない。


 さらに一番酷いのはデイスプレイ担当のルーニーだった。手足が奇妙な方角に折れ曲がり、今、この瞬間も目の前でごぼっと血を吐いた。


 その可愛い顔には、砕けたガラスにより無残で深い切り傷が幾つも入り、綺麗な瞳は裂け、最早その視界は二度と何も映せない。


「こんなの嘘だろうぉおおおおおおおお!!!」


 そのすぐ側で膝をつき照明担当のオーフェンが、震える声で天に向かい絶叫する。


 幸いにも彼は無傷だった。流石は元冒険者らしく、あの一瞬で惨事を避けたのだろう。その両脇に抱え助けられたであろう二人のプランナーの子達が同じく無傷でへたりこみ、蒼白な顔色で仲間の悲劇を震えながら茫然と言葉を失くしていた。


「みんなしっかりして!」


 駆け寄った私は自分を奮い立たせる様に声を出す。


 だが、誰も返事をしてくれない。


 それでも私はこの場の傍観者として、唖然と立ち尽くす事なんて出来ない、許されない。


 すぐに悲嘆にくれるオーフェンの元に駆け寄り、その頬を平手で叩いた。


 パァァァァ―――――ン


「しっかりなさい! 直ぐに手当てをしますから手伝いを!」

「あっ、あう、ああ、そ、そうだな……」


 鍛え上げられた冒険者すらも、若き女の子達を襲った悲劇に我を失っていたが、すぐに正気を取り戻してくれた。


「オーフェンは急いでみんなにのしかかっている瓦礫を撤去しなさい! ミューナは私を手伝って、そしてアシスタントのあなた達はすぐに救護班を呼んで来て!」


 私がそう言った瞬間、助かったプランナーの子達はぼんやりと虚ろな瞳をのろのろと向けて来る。


 駄目だ、ショックから抜け出せない。


 私は迷わず彼女達をぎゅときつく抱きしめて叫んだ。


「怖くない! 怖くないの! 本当に怖いのはね、みんなが死んじゃう事だから! お願い、このまま仲間が死んじゃってもいいの! しっかりしなさい!」


 彼女らをきつく抱きしめる私の身体に、僅かに反応が蘇って来た。


「はっ、はい……、わ、私達は、何を……」

「今すぐ救護班を呼んで来て、そしてお医者様の手配です! 応急処置は私達がします!」


 そう叫ぶと彼女達の瞳に気丈な光が蘇って来た、と同時に溢れる涙も湧き上がっていた。


「シンデレラ様、行ってまいります!」


 そう言ってすぐに彼女達は涙を拭いながら、急いで二手に別れ走って行った。


 私は瓦礫撤去しているオーフェンとミューナの元に行き、最も酷い有様のディスプレイ担当ルーニーの脇に座った。

 

 もう既に死神がその側まで迫っている。だけどそんな事は許さない!


「シンデレラ、どうするの! 血が止まらない」

「シンデレラ様、もうヤバイぞ! このままじゃあルーニーが、ルーニーが!」


 ヒューヒューと言う呼吸音がし、彼女の身体が小刻みに激しく震え痙攣している。もう応急処置とか言っている場合じゃない。


 私はそっと彼女の身体に両手を当てた。吹き出す生暖かい血を手の平に感じた。


 命が終わろうとしている悲しい暖かさ。人がこの世界を去る時の儚い鼓動が揺れていた。


 私は視線を外さずに、焦る二人に向けて叫んだ。


「私が凄腕のブライダルプランナーだって教えてあげる!」

















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