いじめなんかに負けない

 私は現在いじめにあっている。


 カミーユと結婚し、少し落ち着いてからファンデリス商会のブライダル部門に鳴り物入りでデビューを果たし2週間。


「なんでよぉおおおおおおおおおおおお、もう、みんな嫌いだぁあああああ!」


 イライラしてつい叫んでしまう。著しいストレスで、私は自分を見失いやすくなっていた。ストレスって嫌だ、幸せってなに? 私が幸せになる為に、あの人達が不幸になる事を願えばいいの? 私は嫌な女だ、とさらにダークサイドに落ちそうになる。


 はっ、いけない、いけない、落ち着こう。


 私は飲みかけの苦いコーヒーを飲み干し、一息をつく。


 だがしかし、現実は変わらない。ブライダル部門で私はカミーユの紹介により実力のある主要メンバーを集めたチームを立ち上げたが、これがストレスの原因である。その誰もかれもが非協力的、というか露骨に私を無視し、完全に無関心。


 こんな調子では仕事にならない。というかイライラが募る、もう、どうすればいいのよぉおおおおおおおおおお!


 はっ、いけない、いけない。


 また自分を見失いそうになった。


 真新しい専用オフィイスで、立ったり、座ったり、歩き回ったりしながら、悶々と葛藤と怒りと落胆を繰り返す私の脳裏に、ふとおばさんシスターアンヌの声が響いて来た。


「いいですか、シンデレラ。愛の反対は嫌悪ではなく無関心という言葉があります。もしあなたが愛すべき人から愛を得られず、無関心に無視されたらどう感じますか?」

「ええっ、それはすっごく傷ついちゃうし、落ち込んじゃう」


 するとシスターアンヌは私を見て「ふふん」と笑った。


「愚かですね、シンデレラ。何故、相手の思うつぼになってあげる必要があるのですか? 人は皆当たり障りの無い選択をし、問題は自分にあると被害者意識を持ちます。それを美徳と勘違いしてはいけません。相手に無視をされ無関心であるならば、やる事は一つです」


「えっ、どうするんですか?」


「逆恨みをするのです。相手が無視して無関心でいるならば、ありとあらゆる迷惑行為の数々を働きなさい。決して髪を切ったり、綺麗になって見返してやるなど、せせこましい行動などせず、相手が根負けするまで、ネチネチ、ネチネチ、嫌がらせの限りを尽くしなさい。無視や無関心という生意気な態度を二度と出来ぬ様に、完膚なきまで追い込み、その心に恐怖という名の愛を刻み込むのです。もう一生忘れる事は出来ないでしょう。いいですか、わかりましたね、シンデレラ。神の御心のままに」


 いや、それ絶対に捕まる奴だから!


 幼い時の私は普通にそう思ったが、現在リアルでいじめを受け、誰からも協力を得ず、徹底的に無視されている立場としては、いっそ逆恨みして暴れてやろうかと考えてしまう。


 もうやけくそだ、あいつらが悪いんだ、ぶっとばしてやる、タマとってやんよ、おりゃあああ!


 はっ、いけない、いけない、落ち着け私。


 またも自分を見失いそうになっていた。


 でも、ストレスは解決しない。状況として、私は跡継ぎであるカミーユの奥さんなので、皆表立っては反抗してこない。だがそれはかえってタチが悪く、私はもやもやっとして、いらいらっとして、ピキピキっと笑顔がひきつる。


 例えば私が先日照明担当の代表であるオーフェンに、打ち合わせを依頼しようとした時だ。


「あの、オーフェンさん……」

「あっ、すいません、ちょっと急ぎの用がありますんで!」


 と軽く無視される。


 さらにディスプレイ関係のルーニーへ頼み事をしようとした時だ。


「あの、ルーニーさん……」

「あ~、ごめんね、うち今から出事なんよ、じゃあねぇ~」


 とあしらわれる。


 他にも衣装係のビヨンドは私の顔を見れば「ひぃいいいい」と逃げ出すし、他のプランナーを頼れば「頭が悪いんでわかりません」の一点張りであほのふりをして動かず、料理長に至っては「他をあたってくれ」って言われ、あんたしかいないだろうがってキレそうになった。そしてみんな皆遠巻きに私をみて、ひそひそと陰口を叩いている。


「陰湿なのよ! もう! こんなの嫌!」


 私は怒りつつも力を失い、ソファにどさりと身を投げた。


 実は今日、この専用オフィスで記念すべき最初のチームミーティングを行う日なのだが、ほぼ全員「私用につき不参加です」と言い、揃って欠席ってなんだそれ、飲み会かよ! ふざけんな!


「まぁまぁ、落ち着きなさいってシンデレラ」


 冷静に落ち着いた声をかけてくれるのは、唯一このミーティングに出席したミューナ。メイク班であり私のチームサブでもある。


「落ち着けっていっても、ミーティングも出来ないのよ! 色々な誤解があるなら解こうと思ったのに、話し合いにすらならないって、なに!」


 私が怒り心頭のまま叫んでいると、飲みかけの紅茶を置いてミューナは無言で肩をすくめた。ショートカットでクールな雰囲気の彼女はいつも冷静だ。


 実はミューナは元々メイクアップアーチストとして、私が居た教会のブライダル部門「エルミス」でも働いていた。ここ数年はこのファンデリス商会と専属契約を結んでいる。私は旧知の人間がいて心強かったが、この惨状では彼女一人居たって、最早焼け石に水感が半端ない。


「ちょっとシンデレラ、今なんか失礼な事考えてなかった?」

「えっ? ううん、全く?」

「なんでちょっと疑問形なの、もう、こんなに私が心配しているのに!」

「だって誰も来ないなんて有り得ないでしょう! 私はストレスで壁にパンチして穴をあけそうよ!」

「いや、普通は悩み過ぎて胃に穴をあけるんけど……」


 私とミューナは情けなくも顔を見合わせ、「ははははは」と力なく笑った。


 だが、こんな事で負けるわけにはいかない。私はこの大商会に来て2週間のど新人。それを受け入れて協力して欲しいだなんて、そもそも間違っている。


 人間関係とは日頃の態度や言動の蓄積により形成される。


 どんな地位の人間でも、日常の些細な態度や言動を部下達は見ていて、上辺だけ綺麗に取り繕って「頑張ろう!」と声をかけても、決して誰も真剣には動いてはくれない。ましてや、ぽっと出の私の言う事なんか誰も聞きたくないに決まっている。


 ゆえにだ!


「ミューナ、あなただけが頼りよ、協力して頂戴!」


 私はミューナの手を握り、懸命に訴えた。


「えっ? そりゃあチームメンバーだし、昔馴染みでもあるから協力は惜しまないけど、この状況はおいそれとは覆らないんじゃない? 取り敢えず予算を貰って、仕事が来たら外注にでも出す?」


 そこで私は首を左右に振り、決意を固めた瞳で彼女を見据えた。


「そんな事はしないわ。私は自分のチームで動きたい」

「でも、それが難しいでしょ? あっ! もしかして若旦那様に頼むの?」

「駄目よ、カミーユに頼るなんて出来ない。そんなトップダウンの命令で動かれたら、いらっしゃるお客様に申し訳ないもの。みんなが心からおもてなしの心を持ち、そして信頼し合ったチームが力を合わせ意見を交わし、全ての想いが一体になった時にこそ、本当に喜んで頂ける結婚式は生まれるの」

「まぁ、そりゃそうだろうけど、あのね、理想は理想として、現実を見ないと。今のままじゃあ、何も出来ないし、ただ孤立するだけよ。気づかれない様に若旦那様に頼むとか、外注するとか、現実的で建設的な対策を練らないと、そもそも何も出来ないでしょ?」


 そう、ミューナの言う事は正しい、だが正しいだけが正解じゃない。


「ミューナ、私はウエディングプランナーというお仕事が大好きなの。でも、それは一人じゃ出来ない。互いに助け合う仲間が必要なのよ」


 私はぐっと拳を握り込み、自らに気合を入れた。





 という訳で、現在私はファンデリス商会の所有する式場に潜伏している。


 現在改装中のこの場所。実はミューナに頼み、「式場の仕上がりに意見をまとめろって上から言われてるから、お願い、全員集まって!」と嘘をついてもらい、彼女名義でメンバーを招集した。


 すると時間前行動という模範的姿勢で、彼らはファイル等の資料も集めて、真面目な顔で式場にぞろぞろと現れた。


 なんだ、その姿、随分私の時と態度が違うんですけど!


 その様子を祭壇の影で隠れて見ていると、むかっと来て、いらっとしたが、そっと振り返ったミューナがまるで私の心を読んだように、「落ち着け」と目配せするので辛うじてぐっと耐えた。


 ミューナは彼らに向かい意味深に、「ごめんね」とだけ一言だけ伝え頭を下げた。


 その瞬間、私は颯爽と集まったメンバー達の眼前に飛び出した。


「やっと、みんな揃ったわね!」


 突如私が現れた事により、照明担当のオーフェンさんも、ディスプレイ担当のルーニーも、衣裳担当のビヨンドも、さらにはアシスタントプランナー達も、一斉にその瞳を見開き、唖然とした驚きの表情を浮かべた。どうだ、驚いたか!


「どういう事ですか、シンデレラ様!」


 すぐさま若干の怒気を放ちつつ、最年長であるオーフェンが質問して来た。


 だが私は怯むことなく、むしろ真正面から気合をの入った大きな声を放った。


「どうもこうもないでしょ! このままではお仕事になりません! 今日は全員に本音を語ってもらうわ! 言いたい事があるならはっきり聞こうじゃない!」


「ほ、本音だと!」


 若干戸惑う照明担当のオーフェン、身長2メートル弱の大男で45歳。がっしりした肉体は元冒険者の高ランカーであり、すごく鍛え上げられたものだ。義理人情に厚く、担当範囲を越えて陰でみんなを支え、幅広い意味での裏方として頼りになる男。


「ちょ、ちょっと、何いってんすか、はん、うけるんすけど!」


 不真面目な態度で敵意を向けて来るのは、ディスプレイ担当ルーニー、23歳。ギャル風のルックスながら、ディスプレイに関してはセンスの塊で、ヘッドハンティングされて商会に来ている。オンオフの切り替えが激しく、仕事以外はだらしない。


「ふええええええええ、修羅場だぁああああああ!」


 絶叫を上げて嘆くのは、衣裳担当のビヨンド、28歳。丸眼鏡でおさげの地味なルックスだが、その本質は異常な凝り性。妥協を許さないその性格のせいで、締め切りギリギリまで、何度も衣裳の仕立て直しをする鬼と言われる仕事人間。


「意味がわかりません」

「本音って、なんでそんな事を言う必要があるんですか」

「何を言っているかわかりません」

「帰らせて下さい」


 頑なにまくし立てるのは、アシスタントプランナーの女の子達。私と同世代の彼女達は、それなりに名が通っている有望な人材達だ。それぞれが連携し協力し合い、素晴らしいプランを作成・実行しており、しっかりとした実績を残してる。


 私はそんな全員をキッと睨みつけた。


 こんな所で足踏みして、全員があさっての方向を見ていてお仕事など出来るはずがない。この何もわかってない優秀な人材達を、強引にでもきっちり従える事。それが私のお仕事の第一歩である。


 だから、こう言ってやった。


「今日は思いっきり喧嘩するわよ! かかって来なさい!」


 やってやるぞ、負けるもんか!


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