堕メンズのカミーユの告白

 お昼過ぎにカミーユがいそいそと案内してくれた場所は、またも奇妙な所だった


 複雑な機械が内部に多い特殊な塔、その建物の中を魔道昇降機で昇り、さらに螺旋階段を進んだ先、そこには屋上へ通じる扉があった。


「さてと、ここだよ」


 さっと扉を開いた彼が導いてくれた景色。


 私の知り得る世界そのものが、突如一気に広がった気がした。


 眼下に広がる遠大な王都の街並みは雄大で、さらにその先には水平線を生み出し静かにうねる広大な大海を望み、天を見れば一切の建造物にも邪魔されない清々しいまでに澄み切った蒼い大空。


 空がとても近くて綺麗だぁ。


 私はその突如現れた情景にとても驚き、そして感動した。


「ここはね、うちの商会がメンテする王都を守る結界を生み出す魔道塔だよ。そして僕の一番のお気に入りの場所でもあるんだ。人を連れて来るのは勿論初めてだけどね」


 広がる世界があまりにもキラキラしていて、私は言葉を失ってただ見とれてしまっていた。


 少しだけ風が強いこの場所は尖塔を巡る小さな通路だけがあり、そこに簡素な椅子が2脚と申し訳程度の作業テーブルだけが設置されている。


「さぁ、座ってシンデレラ。今日のランチ用に僕がサンドイッチを作って来たんだ」


 そう言うと彼は肩から下げていた収納魔道具の鞄に手を入れ、手提げのついたひしぎ編みの箱を取り出すとその蓋を開けた。


 中にはとても美味しそうな色とりどりのサンドイッチが、ぎっしり並んでいる。さらに水筒と木のコップを出して、淹れたてみたいに湯気の出るコーヒーを渡してくれた。


「この水筒も魔道具でね、保温が効くんだ」

「あ、ありがとう、とてもいい香り。あなたがこんな準備をしているだなんて、びっくりした……」

「どういたしまして」


 言葉少なに嬉しそうに語る彼を、私は不思議な気分で眺めていた。


 ホントに、この人はなんなんだろう。変な人だ。とても変な人だ。服装はおかしいし、金持ちの癖にランチにわざわざサンドイッチまで作って来るし、その優し気な物腰と意外に大胆な行動力でぐいぐい来る。


 本来はすごいお金持ちの上に貴族すらも凌駕する特権階級であり、望めば国をも動かせる大商会の御曹司様だというのに、まるでそんな感じがしない。不思議な人だ。


 私はそんな事を考えながら、ふと食事の為に彼から離れた手がなんだか寂しかった。


「ねぇ、カミーユ、あなたは一体なんなの?」


 なんだかスッキリしない私は率直に質問した。


 彼はこんな漠然とした質問なのに、にこやかに微笑を返してくれる。瞬間、そよ風を受け、そのうっとおしい前髪が一瞬だけ上がり、彼のとても綺麗な蒼い瞳を私は初めて見た。


「あのね、君の契約書、実はあれを作成したのは僕なんだ」

「えっ? あなたが? それってどういう事?」


 突然の告白に私は思わず困惑してしまう。


「一年くらい前かな、僕の親友であるロブナー、えーと、侯爵家の長男の結婚式を君が担当しただろ? あの時、嫁である伯爵家のエリナが君に抱き着いて泣いている姿を見たんだ。『ありがとう、シンデレラ! 最高の結婚式だった、私、貴女と生涯のお友達でいたい!』ってね。僕はびっくりしたけど、ロブナーが『彼女はすごいプランナーだよ。エリナが祖母の様に慕っていた乳母を探し出して会わせてくれたんだからね』と教えてくれたんだ」


 その結婚式、私は勿論覚えている。


 プランを練っている時にエリナが、「花嫁姿を見て貰いたい人がいるの」とぼそっと漏らした乳母さんという存在。


 エリナが十歳になるまで、まるで祖母の様に優しく世話を焼いてくれた乳母さん。彼女の事がエリナは大好きだった。乳母さんはその後、年齢から仕事を辞め田舎に旦那様と引っ越した。そしてそれから十年余りが過ぎ結婚が決まったエリナが、どうしても会いたいと伯爵家のコネを使って探しても、まるで見つからなかった方らしい。


 そこで私は伯爵家を上回り、世界に広がる教会というコネを使いまくり、国を越え噂を頼りに田舎に出向き、とにかく探しまくった。そして辺境の小国、その片田舎にいる乳母さんを見つけたのだ。


 ただしエリナには「ごめんね、駄目だった」とだけ伝え、実はサプライズで式に登場して貰った。出会えた瞬間にエリナは凄まじい勢いで号泣し、こうして彼女の夢を叶えた思い出深い結婚式となった。


「僕はね、その時から君に興味が湧き、申し訳ないけど色々と調べたんだ。お爺様も君を知っていて、とても頑張り屋の凄腕プランナーだとも聞いてたんだ。そしてね、偶然にも『エルミス』から合併話も来た。僕はなんとしてでも君をうちの商会で雇用しようと心に決めたんだ」


「でも、あの、そのなんで婚姻って?」


 するとカミーユは照れたみたいに視線を景色に移し、ぼそりと言った。


「調べて行くうちに、君に好意を持っちゃったから」


 私は自然と頬が火照るのを感じた、な、なんで照れてるの、私!


「だからね、すごく申し訳ないけどちょっと僕には猜疑心もあって、その条項を入れてみたんだ」

「猜疑心?」

「僕はね、大商会の跡継ぎだし、群がってくる人がすごく多い。僕を利用したい人もいれば、つけ込もうとする人もいるし、玉の輿を狙っている人もいる。君は祖父から聞いた限りでは悪い人間でないけど、いざとなったらどう反応するか試させて貰ったんだ」


 むぅう! 私はここでちょっと不機嫌な顔になる。


「そういうの嫌いです! 人を試す様な事をするのは卑怯です!」


 彼の立場はわかっているけど、つい私ははっきりと文句を言ってしまう。


「ごめんね、この通り謝るから」


 堕メンズで御曹司のカミーユは、随分簡単にペコリと頭を下げた。


 なんだかその仕草が可愛くて憎めないなぁ、ずるい人だ、まったく。


「まあ、それはいいです。とにかく私は別にあなたに取り入ろうなんて一切思いません。だから、あの条件は無効という事でいいですね?」


 ここはしっかり確認しておかないと、私の将来がかかっている。


 でも、カミーユはあっさり首を左右に振った。


「いいや、無効にはしないよ」


 再び彼は私を見つめた。


 うっとおしい前髪、その向こうに薄っすらと綺麗な瞳が見えた。


「僕は多くの女性が嫌がるこの恰好をプライベートではしている。どうしても断れない事情でデートしないといけない時は特にね。大概、彼女達はすぐに用事を思い出してくれる。なのに君は僕に負けず劣らず酷い恰好で来た。だから、すぐにピンと来たよ」


 うわぁああ、考えがバレバレだった!


 私はばつが悪くて、思わず顔を伏せてしまう。


「でもね、そんな君だから僕はつい楽しくなった。今日は僕が普段行っている場所を全部案内した。少し強引だったけど、どうしても君に普段の僕を包み隠さず知って貰いたかったんだ」


 その言葉を聞いた時、私の脳裏におばさんシスター、アンヌさんの言葉がよぎった。


「いいですか、シンデレラ。奥手なあなたに恋の技を教えてあげましょう。大好きな男性と初めてデートをする時は、『あなたの普段行っている場所に連れてって』と言いなさい。そうすれば、その男性が普段、何をして、何を考え、どう行動しているか、すぐに全てわかります。上辺だけの耳障りのいい言葉だけで、軽々しく男性を信じてはいけません。素の相手を知る事、これが恋では重要なのです。そしてもし最初からそうしてくれる男性がいたのなら、迷わずその胸に飛び込みなさい。それはとても誠実で、嫌われるリスクを承知の上で、あなたに自分の全てを懸命にさらけ出そうとしてくれている素敵な男性なのです」


 おばさんシスターのアンヌさんはそう言っていた。


 そうか、カミーユはとても誠実なんだ。私はなんだか不思議な気分になった。


「シンデレラ」


 そう言ってカミーユは私の膝の上の両手を握った。


「ちょ、ちょ、いきなり何するんですか!」


「僕はこの通り、家が金持ちなだけの魔道具オタクで頼りない男だ。僕は女性と結婚する未来を今まで考える事が出来なかった。それは、本当の僕を知りたいと思ってくれる人はいないって、いつも嘆いていたからだ。でもね、今日その考えは変わった。君がね、とても楽しそうに僕の話を聞いてくれた。君が、とても嬉しそうに笑ってくれた。僕は自分から踏み出す事をせず、女性を近づけようともせず、まるで相手を理解しようともしない愚か者だった。だけど、そんな僕に君が教えてくれた!」


 どうしてだろう、彼の真剣な言葉が私の心にすごく素直に響いて来る。


「僕は逃げているだけの馬鹿者だった。自分から自分の意志を相手に伝えなければ何も始まらないという事を、今更ながらに知ったんだ。それは君と言う素晴らしい存在が現れたからだ」


 瞬間、風が少し強く吹いてカミーユのうっとおしい前髪がめくれた。


 すると、とても蒼くて美しい綺麗な瞳が、真っ直ぐに私を見つめていた。


「だから、僕は伝える!」


 カミーユの顔が少しだけ私の顔に近づいた。


「僕は全力で生涯を賭けて君という女性と一緒にいたい! いきなりで戸惑うかもしれないけど、僕と結婚して欲しい! いや、結婚を前提に付き合って欲しんだ!」


 彼の握っていた私の両手が熱を帯びるのを感じた。


 彼はとても優し気に微笑んで、最後にこう付け加えた。


「君が好きなんだ、シンデレラ」


 私は思わず息を飲んだ。


 胸の奥が何とも言えない感覚で締め付けられる。鼓動が跳ね上がり、生まれて初めて味わうこの感覚。


 私は、私は……。


 瞬間、すうっと風がやみ、カミーユの綺麗な瞳がそのうっとおしい前髪に覆われた。


 私は「こほん」と小さく咳ばらいをした。


「えーと、カミーユ」

「うん」


 彼は物凄く期待を込めて私の言葉を待っている。

 だから、私は正直に答えた。


「返事は『ノー』でお願いします」

「ええええええええええええええええええええっ!」


 私の返答にカミーユは死ぬほど落胆し、哀れなくらいに肩をがっくりと落とすと、「ああ、もう駄目だ、僕は死にたいよぉ、ショックだぁああ」と頭を抱えて嘆いた。


 その様子を見て、私は「ふふふ」と笑ってこう付け加える。


「ただし、そのうっとおしい前髪を切ってくれるなら、答えは『イエス』です」


 瞬時に驚いたカミーユが、私を凝視したのは言うまでもない。


「シンデレラ、僕はすぐに髪を切りに行くよ!」


 今にも駈け出しそうな彼に私はこう言う。


「駄目、少し後で!」


 私はそっと彼の首に両手をまわした。すると少し驚いたカミーユはすぐに優しく抱き寄せてくれ、そのまま私達はキスをした。


「君を生涯大切にするって誓うよ、シンデレラ」

「カミーユ、それは前髪を切ってから、もう一度言ってね!」


 こうして私はカミーユと結婚を前提に付き合う事になり、そのうっとおしい前髪はその日の内に切られた。


 その後、お互い初めて人と付き合う者同士だったせいか、初心な私達の恋は一気に燃え上がり、二週間後には二人だけで結婚式を挙げていた。


 私はウエディングプランナーではあるが、自分の式は質素でも良かったし、カミーユも派手な式を望んでいなかった。まぁ、その後アリウスさんが「披露宴は流石にせんとまずいからのう、頼むぞ、シンデレラ」と言われたけど、まぁいいや。


 こうして私はファンデリス商会へと嫁に行った。


 あっ、ちなみに仕事の時のカミーユは、キチンとひげも剃り、整髪もして、身だしなみを整え、正にどこから見ても、誰が見ても、惚れ惚れする様な立派な御曹司だった。元々背も高いし、スタイルもいい、そしてうっとおしい前髪を切ったその顔は、思わずきゅんきゅんしてしまう程のとんでもないイケメンだった。


 私は密かに素敵な旦那様を見ては、「うふふふふ」とにやけている。


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