堕メンズ カミーユ

 私はブライダルプランナーのシンデレラ。


 したくもないお見合いデートをする羽目に陥った哀れな女。


 そして、王都のマンションの自室リビングにて、可愛い小ねこのクッションに当たり散らす心の狭い女。


「もうぉおおおお、泣き叫ぶアリウスさんにはめられたぁあああ!、ずるい、ずるいったらずるい!」


 少し自分を見失いかけた私の脳裏に、ふと教会で仲の良かったおばさんシスター、アンヌさんの言っていた言葉がよぎった。


「いいですか、シンデレラ。神は慈愛の心を大切にされております。誰かに騙されたり、落とし入れられたりしても、決して怒りに我を忘れたり、醜く恨んだりしてはいけません。いいですか、慈愛の心であたるのです。ただし! 」


 その瞬間、シスターアンヌの目が光った。


「 ただし例外があります。それは 男性に騙された時です! シンデレラ、しっかり覚えておきなさい! その場合に限り、慈愛と慈悲の心の前に、断固として復讐するのです、必ず報復しなさい! 大人しく泣き寝入りなどもっての他。徹底的にギャフンとやっつけて、スッキリしてから、改めて許すかどうか考えれば良いのです。わかりましたね、シンデレラ。神の御心のままに」


 いや、それ違うだろ!


 幼い私はそう思ったのだが、実際にこうしてしたくもないデートをする羽目になると、このまま泣き寝入りなんかしたくない。


 まぁアリウスさんに報復なんかしないが、決して思い通りにはさせないぞと、燃え滾る思いで心に強く誓った。


 サインをした私も悪いが、それはそれ、これはこれだ。嫌なもんは嫌だもん。


 さて、私はブライダルプランナー。結婚を通して人々に幸福をお届けする。相手の心の琴線をどこまでも察し、感動をご提供するお仕事だ。


 つまり、その逆も出来る!


 素早く気を取り直した私の考えるプランはシンプルだ。


 要はデートでカミーユ26歳にめっちゃ嫌われればいい。そうすれば結婚なんてしなくて済む。


 後は商会としてもブライダル部門強化は必要であるので、ビジネスパートナーとしてどうにか契約を獲得するのだ。まぁ駄目だったら、他所に行くだけだし。女は強く逞しく生きてゆかなければいけない、ふんだ。


 とにかく、私は負けない。


 という訳でやる時はやる私は、演出効果を加味して、プラン「対カミーユ、泣いて帰りやがれ! 全力で嫌われてやる作戦」を開始する。そこで早速自身をプロデュースし渾身のデート支度を整えた。


 姿見の前で私は呟いた、「完璧だ」と!


 鏡に映る私は、ノーメイク、ノーマニキュアは勿論、数か月は放浪したのかと言うほど髪は乱れまくりのぼさぼさ、ついでに昨夜はお風呂にも入らず(下着は替えた)、さらには下働きの下女さんが何年も着たボロボロの作業服をお借りした。


 さらにデート中は、ノースマイル、イエス死んだ目を貫き、高級店で片っ端からおねだりをし、意味もなく不機嫌になり、化粧室に行けば長時間待たせ、食事は下品に食べまくり、げっぷもおならもしてやる! やる時はやるぞ。


 ちなみに歯だけは流石に磨いた。だって気持ち悪いもの。


 さて、待ち合わせは王都でも華麗な噴水で有名なバリエ大公園、その英雄の像の前。ここはカップル待ち合わせの定番スポットだ。見渡せば周囲には、そわそわしてる恋人待ちの男女がうようよいる。


 身綺麗に煌びやかなデートファッションに身を包む人々の中、場違い感甚だしく、不潔で臭くて汚らしい私。


 楽しそうに待ち合わせする人々から、「うわ、きも!」、「なんだ、あれ、くさっ!」と遠回しに罵倒を浴びせられ、めっちゃ距離を持たれている。


 待ち合わせと言うトキメキの時間に、なんかごめんなさい、すいません。


 でも、これは私の将来が決まる大切な勝負なのだ。


 申し訳ない上に情けなくも恥ずかしいけど、目的の為には一時の恥などかき捨てよう。後悔のない人生を生きるのだ。


 だがしかし、そこで私はある事に気がついた。


 あれ? こんな恰好じゃそもそもカミーユが私を認識出来ないんじゃないかしら? 


 アリウスさんが言うには、カミーユは以前知人の結婚式で私を見かけ、どうも印象に残っているらしく、私の顔がわかるから大丈夫だと言われた。無論私は彼の顔を知らない。


 だが、今の私は別人だ。「いないぞ?」とカミーユが帰ってしまっては大変。失礼な印象を与えるが、仕切り直しをセッティングされてしまう。


 私の目的はデートをして、プラン「対カミーユ、泣いて帰りやがれ! 全力で嫌われてやる作戦」を実行せねばならない、ちょっと待て、まずい失敗した! 


 焦った私が一旦着替えに家に帰ろうかと思った瞬間、公園に設置されている時計塔から、待ち合わせ時刻を無情にも告げる鐘がキ~ンコ~ンカ~ンコ~ンと鳴り響いた。


 あっ、どうしょう! もう、とにかく急いで金持ちらしき人物を探さねば!


「あの、シンデレラさんですよね? 僕はカミーユ・ファンデリスです」


 突然、背後から声をかけられた。


 慌てて振り返ると、ひとりの男性が立っていた。


 私はその姿を見た瞬間、思わず硬直してしまった。


 そこに立つぬぼーっと背の高い男性は、私よりも遥かに酷いぼさぼさ頭から、視界を確保してんのかっていう超うっとおしい前髪をたらし、その上頬から顎にかけては不規則で汚らしい無精ひげが生えている。超きもい。


 さらに仕立ては良さそうだが、シミや汚れで不潔感マシマシの擦り切れたこ汚い作業服をを身に着け、犬がいたら速攻で吠えられるであろう圧倒的に不気味な雰囲気を醸し出し、まさにどう見ても変質者といえるお姿だった。


 この人がカミーユ?


 仮に夜道で出会えば必ず絶叫する自信がある。もはや私は明るいこの場所で見ても、すぐに通報したい気分だ。


「良かった、間違ってなかったみたいだ。以前お見かけした事があるけど、随分印象が違うので戸惑ってしまいました」


 屈託なくそう言う汚物は、にこやかに微笑んでいる。


 汚物の微笑みなんか欲しくない、でもこの人が本当にカミーユ? えっ、大商会の御曹司ですよね? どうした、お前! なにがあった!


 だが、不穏にも異様な親しみを醸し出す彼の笑顔。


 そこで私は気がついた! あれ? もしかしてこの人、今の汚らしい私の恰好を見て、「うわぁ、趣味が合いそうだなぁ」とか感じてない? まさかね、そんな馬鹿な!


「いやぁ、素敵なお召し物ですね。趣味が合いそうだ。お恥ずかしいけど、僕のこの姿を見ると大抵の人がドン引くんです。嬉しいなぁ、今日は楽しく過ごしましょうね!」


 ですかぁああああああ!


 その瞬間、私は絶望的な気分に打ちひしがれ、思わず膝から落ちそうになるのを懸命に堪えた。堕メンズさんでしたか、そうですか、やられました……、って、もう! なんで堕メンズの変質者に好印象与えてんだ、私の馬鹿!


 教訓……誤解とは自ら招いた墓穴かな。誰か先に教えて!





「こっちだよ、シンデレラ」

「あっ、はいはい」


 デートは何故か訳がわからないまま進んでいる。


 この堕メンズカミーユ、変質者のくせに柔らかい物腰なのだが、意外に大胆でいきなり手をつながれた。「はうっ、ひっ!」と怯える私を無視して、「今日は僕がリードするよ」とぐいぐい引きづられた、誰か助けて。


 ちなみに私はこの歳まで男性とお付き合いをした事がない。


 他人の幸せでお腹いっぱいになっている私は、自分の幸せに関しては危機感がまるでない。だがしかし、今は違う意味で、この変質者に対して危機感を感じている。


 大体、今は恋に興味なんかない。しかし、ふと私の脳裏に教会のおばさんシスター、アンヌの声が響いた。


「シンデレラ、いいですか、人は孤独を味わい、寂しさを自覚する事で、他人に対し愛おしさを感じます。あなたは少し仕事を休んで、今の自分を振り返ったり、異性である殿方と親しくする時間も必要ですよ」

「ええっ、だって今はお仕事が楽しいんです。それに、シスターだって結婚してないじゃないですか」

「ふふふふ、私はこれでも若い頃のロマンスはたくさんございます。震える様な熱い夜を幾つも過ごし、殿方を強烈に夢中にさせ、その心を激しく狂わせたものです。ああ、思い出すだけでも楽しいわ。さて、いいですか、シンデレラ。あなたも少しは堕落し、色と欲にまみれ、刺激的で退廃的で身悶えするような人生をお楽しみなさい」


 いや、それ違うだろ!


 心の中でツッコみながらも呆れたが、ある意味一理はあるかとも思った。でも、その時の私はとにかく仕事に夢中だった。


 そんな男女のお付き合いに対して、免疫不足の私でもブライダルプランナーとしてそれなりに多くの恋愛を見て「耳年増」にはなっている。だが、実体験はない。だから、手をつなぐなんて、ちょっと、まって、ねぇ、カミーユさん!


 そうして私は堕メンズカミーユに導かれるがまま、彼の勝手に決めたデートプランに従った。それはどう考えてもロマンチックからは程遠いものだった。


 華やかで優雅さを誇るお洒落なカフェやランチには行かず、ブティクやジュエリー店などのショッピングも一切してくれない。


 私のプラン「対カミーユ、泣いて帰りやがれ! 全力で嫌われてやる作戦」をやるどころか、手をつながれて男性と歩くと言う初シチュエーションのせいで、私は恥ずかしすぎて完全にプランの全てが頭から吹っ飛んだ。


 そうしてリードされるがままに、私達が訪れたのは狭苦しく汚い路地裏。しかも一般的ではない謎の魔道具を陳列するマニアックな店ばかり。さらに一般人が知りようもない特殊魔道パーツを作成する専門業者の隠れ工房とか、果ては会員制で古文書の溢れる薄暗い地下の不気味な書店で、店内に陳列している本から勝手に魔法陣が幾つも浮き出て、得体の知れない呻き声が延々と聞こえる恐怖体験もした。


 もはや、これは何?


 お互いが汚い作業服の堕メンズと女が、人目のない裏街道を忍び歩き、どうみても地下組織がテロの準備をする様なおかしな場所を転々としている。


 だけど、私は不思議と退屈しなかった。


 堕メンズカミーユが言うには、本業とは別にプライベートは魔道具作成が趣味らしい。魔道具作成はとても高度な知識と、特殊な魔術の技量が必要で、ただの魔術師では到底及ばない難解で複雑な世界だ。


 そんな世界を彼は私にもわかりやすく、時には面白く話して聞かせてくれた。


 正直まるで興味がなかった私を引き込む程、堕メンズカミーユの話術は多彩で魅力的であり、その汚らしいルックスにも気がついたら慣れていた。


 微笑む彼が言うには、商会で主に対外交渉を任されており、合併などをまとめる立場にあるらしい。交渉とは相手を想い敬い心を込めて誠実に、そして難しくせず相手を楽しませて行うべきだと彼は言う。


「見た目は駄目だけど、案外しっかりした人だなぁ」

「ん? シンデレラ、何か言った?」

「ううん、何も」


 私は少しづつ彼に興味を持っている自分を自覚していた。それにずっと手をつないでいるせいか、距離も近いし、何より声がね、声がすごく好みだった。


 もう、なんなのこの人!


 私は顔をほんのり赤く染め、少し腹立たしい気分になる。


 嫌いになってもらう為に一生懸命準備した私が馬鹿みたいじゃない、もう!


 まぁ、結婚は別として、ついでにルックスも別として、上司としてならこんな人は理想的かなぁ、なんて密かに考え始めていた。


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