私はシンデレラ
楽団の音楽が静かな旋律を奏で始め、私と王子様は恭しく、一歩一歩を大切に進む。そして教会の最高権力者である大司教、教皇様のいらっしゃる祭壇に遂に並んだ。
もうどうしょうもなく込み上げる想いが、私の中に溢れている。
美しき讃美歌斉唱が終わり、教皇様が少しのお話の後、私達に厳かな響きを持った声で問われた。
今から始まる。
これは、大切な、大切な、誓い儀。
「新郎カミーユ・レべリウス・ファンデリスは、シンデレラ・クラリアスを
病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」
王子様は静かな声ながら強く答えた。
「はい、誓います」
続いて教皇様は私に問われた。
「新婦シンデレラ・クラリアスは、カミーユ・レべリウス・ファンデリスを病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
私は泣きそうになるのを堪え、しっかりと誓った。
「今、神の御前にて二人が夫婦となった事をここに宣言致します」
ここで私は思わず感極まって涙を流してしまい、急いで王宮メイドさんから純白のハンカチをそっと渡された。
そして涙を拭った私の前に、柔らかくも美しいリングピローに乗せられた光り輝く対のマリッジリングが運ばれた。
銀色に輝くプラチナリング。微かにウェーブし、中央に大陸でも珍しい美しく輝くピンクダイヤが流れる様にセッティングされている。
指輪は人の顔が映り込むほど、通常の数倍の工程で磨き込まれた完璧なる鏡面仕上げをされた特別な品。そして対となる王子の指輪には、ピンクダイヤの代わりにこれも大陸では珍しい高価なブルーダイヤがセッティングされている。
教皇様より、「丸い指輪は終わりなき愛と慈しみを表し、永遠の想いを誓い、二人を結ぶ大切な証となります」とお言葉を頂いた。
私達は向き合い、私の左手を王子がそっと支え、薬指へと、優しく、そしてゆっくりと、まるで愛そのものを運ぶ様にして、その美しき輝きに溢れた指輪を嵌めてくれた。そして私も指輪を彼の左手の薬指に。
慈しみ溢れた穏やかな顔で見守る教皇様。
そして最後の言葉が伝えられる。
「誓いのキスを」
胸の高まりが極限まで高なるのを感じた。
目の前の王子が、少しだけうつむく私のブーケを春風の様にふわりと上げてくれる。
開けた視界のすぐ前に、彼の蒼い瞳が優しく微笑んでいた。
大好きな人。
愛しき人。
全てを捧げても愛しぬくと決めた大切な人。
私は小さく一歩だけ前に進み寄ると、彼の両手がそっと私の肩に触れた。
王子カミーユの青い瞳に吸い込まれる様に、私は上気した顔を少しだけ上げ、もう魂さえも捧げても構わない程の気持ちで、うっとりと瞳を閉じた。
万感の想いが去来する。
この瞬間を私は絶対に忘れない。
この愛しき想いを深く刻み込むその刹那を。
人生最良の瞬間、私達は互いを慈しむ様にかんじている。
そして、
私は大きく息を吸って、閉じた瞳を開き大声で叫んだ!
「はい! カットぉぉおおおおおおおおおおお、お疲れ様です!」
さっと、カミーユの腕を振りほどき、私は腰に両手を添え胸を張り、式場内全てのスタッフ達へと向き直り声を張り上げる。
「みんなもお疲れ様! ブライダルプラン『フラワー』のプロモ撮影はここまで! 後で魔道編集装置で確認するけど、文句ない出来だと感じてるわ! さあ、悪いけどすぐに午後からのプロモ撮りの準備にかかりましょう!」
私はバージンロードを勇ましくも早足で逆走しながら、次々に指示を出して行く。
「オーフェン、次の『ナイト』は照明が少し薄暗いけど、実際来られるお客様の足元が困らない様に調整してね」
「おう、任せてくれ、シンデレラ様!」
「ルーニー、ディスプレイチェンジは時間がかかるから、撤収に事務方とフロントの空いてる子達も招集していいわよ」
「助かり~! さすが若奥様、わかってるし~!」
「ビヨンド、メイド役達の別衣装は間に合ってるわよね? ていうか間に合わせなさい!」
「はひひいいいい、なんとかいけましたぁああ!」
私は急いで入り口付近の魔道撮影スタッフ達の場所に行き、魔道モニターで20ものカメラアングルから撮影した映像を早速チェックし始めた。
私はシンデレラ・クラリアス、ホントは24歳。
自分では王都最高のウェディングプランナーだと思っている。
その腕を見込まれ、このベルレウラス王国で最大手であるファンデリス商会のブライダル部門にスカウトされた。色々あって商会の跡取りカミーユとめでたく結婚。そして早半年。ブライダル部門の業績を一気に5倍以上に跳ね上げたのだ、えっへん。
そして今日は、私の考える最新ブライダルプランのプロモーション映像の撮影日となり、私自ら花嫁になるという気合の入れようである。少し照れるけど。
「出来はどう? シンデレラ」
夫であり新郎役をしてくれたカミーユが心配そうに私の隣に立ち、画像に顔を寄せ、機械をいじりつつ細かくチェックを手伝ってくれる。
「最高の出来だわ。思い描いていた通り出来てる!」
「そうかぁ、良かった!」
私はふと喜んでくれるカミーユの屈託のない笑顔を見ると、なんだか少し顔が赤くなった。
「ねぇ、カミーユ」
私はそう言うと後ろ手で彼の方に身を寄せて、にっこり微笑んだ。
「えっ?」
私はちょこんと背伸びして、彼のくちびるにキスした。
「うふふふ、キスシーンは恥ずかしくて撮りたくなかったけど、あのね、したくなっちゃった」
私がニッコリ微笑んでそう言うと、カミーユはその顔を少し赤く染めながら「えーと、実は僕も」、と今度は彼から優しくキスしてくれた。
「ちょっと、ちょっと、若旦那に若奥様、いちゃつかないで仕事っすよ! 結婚式は先月派手にやったのに、何を想い出してんだか!」
私のチームのサブであるミューナが困ったように腕組みして睨んでいる。
「いいじゃない、意地悪!」
少し笑いながら批判がましく軽く切り返してから、すぐに私とカミーユはモニター画面に戻り真剣な顔で再度画像チェックを始めた。
私はブライダルプランナーという仕事に誇りを持っている。
女の子の幸せを体現する仕事だ。勿論、夢みたいで楽しい事ばかりじゃない。どうすんのって言う大変な事がてんこ盛りでやって来たりもする。だけど12歳からもう十年以上のキャリアを積んで、私は多くの花嫁さん達を祝福し送り出して来た。
結婚するに辺り、彼女達の抱える葛藤や苦悩に寄り添い、私はプランナーとしてその大切な夢を叶えるお手伝いを全力でする。そして最後に彼女達が心から「ありがとう、シンデレラ!」って抱きついて来て喜んでくれ、一緒に泣いて、一緒に笑えたら、もうそれまでの全ての苦労が報われた気分で胸が一杯になる。
私はこの仕事が大好きだ。
私はブライダルプランナーのシンデレラ。
多くのお客様をお相手に、大切な結婚式を通して、溢れんばかりの幸福を贈らせて頂き、「必ず貴女にも素敵なガラス靴を履かせてあげる!」と強く心に誓っている。
さぁ、頑張るぞぉ!
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