ロマンチックコメディ部門参加作品(ない?) 私はブライダルプランナーのシンデレラ ーかぼちゃの馬車とセカンドライフー

福山典雅

嫁に行きます


 午後の穏やかな西風が礼拝堂へと向かう私の頬を撫でる。

 絹の様に心地よい陽光が柔らかく降り注ぐ回廊、華やかな純白のウエディングドレス姿の私は、まるで幸福そのものを身に纏っている気がしていた。


「こちらでございます」

「はい」


 礼節をわきまえた恭しい王宮メイドさん達が、大切な宝石を気遣う様に私を丁重に案内してくれる。


 王家保護下にあるこの教会は、改修を繰り返しつつも荘厳さをそのままに、数千年の時を越えた歴史を誇る由緒正しき場所。


 幻想的な図案が虹色に輝くステンドグラスは鮮やかで、壁面を飾る精巧かつ綿密な数々のレリーフは全て名工達の手による珠玉の作。そして各所に描かれた神々しくも壮大な壁画は圧巻と感動で見る者の目を奪う。


 そんな感動と静寂が波の様に漂う厳かな空間。


 今日と言う祝福の日、辿り着いた礼拝堂の扉の前でその刻を待つ。


 私の名はシンデレラ・クラリアス、19歳。


 かの有名な物語の主人公と同じ名前だ。


 遥か古の時代に異世界から訪れた女性勇者様。彼女が語られた夢物語「シンデレラ」は、貴賤問わず多くの女の子達が熱狂的に憧れたラブストーリーとなった。そして、私はその主人公と同じ名を両親から貰った。


 奇しくも同じく義母や義姉達にいじめられ、魔女と出会いかぼちゃの馬車に乗り、王子様の開く舞踏会で見初められ、物語と同じく運命の出会いを果たした。


 そして、その王子カミーユ・レべリウス・ファンデリス様と私は今から結婚する。女の子として生涯忘れ得ぬ大切な日だ。


「シンデレラ様、まもなく王立楽団による入場曲が奏でられます。わたしどもが扉を開きますので中央の祭壇へとお進み下さいませ」

「はい。ここまでお世話になりました。皆様、ありがとうございます」


 私の労いの言葉に、周囲の王室メイドさん達が一斉に優雅で美しい礼を取った。



 胸は高まり、鼓動が跳ね上がる


 同時に緊張で、身体が小さく震える。


 ブーケダウンをしている視界をぼんやりと感じた。


 この打ち震える程の緊張と幸せとは別の感覚。


 そうか、私はいま心細いんだ。


 人を好きになるって素晴らしいけど、


 その人が側にいないのがこんなにも心細い。


 その人の声を聞けないのがこんなにも寂しい。


 恋をするって言う事は、


 誰かを愛すると言う事は、


 一人ではいられなくなる事なんだ。


 孤独な歩みを続けていた私はもう戻れない、きっと耐えられない。


 今から結婚するというのに、こうして少しだけ離れているだけで、


 私はこんなにも心細くなってしまうから。


 まだ知り合って間もない間柄なのに、


 馬鹿みたいに恋してる。


 馬鹿みたいに愛してる


 だから、思う。


 大好きなあの人に早く会いたい。




「シンデレラ様、ご入場を」

「はい」


 優美で歓喜に溢れた入場曲に胸がときめく。


 大きく両側に開け放たれた扉の向こうに広がる世界は、絢爛としか言い様がない。荘厳なはずの礼拝堂が、華やかで優美に咲き誇る万を越える花々に囲まれ、居並ぶ魔術師達が空間に煌びやかな流星を光のシャワーの様に無数に飛ばす幻想的な空間。


 そして私の目の前には、まっすぐに伸びた真赤なバージンロード。

 花嫁の一生を表すと言われている道。


 見上げれば、光り輝く祭壇手前に凛々しくも美麗なる王子が微笑んで待っていた。


 甘く胸が締め付けられ、一呼吸し気を落ち着かせてから、私は静かに足を踏み出す。


 入り口付近で父の代わりに私を待っていたのは、王子の祖父であり国の先王たるアリウス・レメンティ・ファンデリス様。とてもにこやかに微笑みかけてくれ、私は先王の腕を取り、一歩、また一歩、と歩き始めた。


「ああ、なんて美しいの」

「これは可憐な、見惚れてしまいますな」


 列席する大勢の高貴なる上位貴族様達のざわめきに、少しだけ照れてしまう。


 そして歩を進め、絢爛たる装束を纏った彼らのささやきが静かに落ち着きを取り戻した頃、私は先王から離れた。そう、バージンロードの途中、愛おしい王子カミーユが私を待っている。


「シンデレラ、今日という日に君の側にいれる幸運を僕は決して忘れない」


 その言葉に、私の心は切ないまでの歓喜に満たされ、思わず涙を零しそうになるのをなんとか堪え、愛を込めて彼の腕をとった。


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