インボイス制度!

「ウォルフくん、何読んでるんだい?」

「俺が読むといえば決まってるだろ? 俺達の出てくる作品『タルミノス』だよ」

「お、良いねぇ。その歳でステルスマーケットに関心があるとは」

「ウォーケンさん、じゃなくてウォーケン先生。そういう事言うとステマになりません。単なる宣伝じゃん」


「ああ、すまないねぇ。それで? 読んでみた感想は」

「うーんと、なんか、心配になった」

「何故?」


「だって序章の初っ端からいきなり数字の話してんだもん。きっと多くの人はこの話だけで読むのを辞めちゃうハズだよ」


「確かにねぇ。でも手っ取り早く色んな事がわかるだろう。あの世界にはお金があって、税金があって、ルールがあって、それを誤魔化そうとする奴らが居るって事が」


「それはそうだけど。というか、お金が欲しいのはわかるけど、どうして誤魔化してまで得ようとするんだろう」


「冒頭でそれをやってるキミが言うのかねぇ?」

「あ、アレは大人の俺だ。今の子供の俺じゃない」


「くくく——正確にはお金が欲しいんじゃなくて、お金がのさ」

「惜しい?」


「例えばキミが何かを売るとする。キミの商品の値段は百万ニッカ。つまりここだけ見ればキミは百万ニッカ分の資産を所有している事になる」

「うん」


「だが、周りの同業者の顔色を気にしたり、おかしなルールのせいなどで、七十万ニッカでしか売れないとする。この時点でキミの資産は三十万も減った事になる。更に税金で数割持っていかれる事を考えると——」

資産がどんどん減っていく。勿体無い!」


「その通りだ。人間は何も考えずに稼げる利益の極限値を自分のモノとして考えやすい。まだ手にしていなくてもねぇ。税金は既に所有しているモノから引かれるから、より一層勿体無く感じるんだねぇ」

「なるほど。欲しいモノは我慢できても、惜しいモノは我慢したくないんだ。得る喜びよりも、失う恐怖の方が大きいって感じか」


「一々大袈裟に反応できる、その素直さが眩しいねぇ。ま、そういう事さ」

「うるさいなー」

「だが皆んなが皆んな、決まり事だとかを誤魔化そうとすると、世の中が上手く回らなくなる。だから問題がある度に対策する」


「お? 今日のコラムのタイトルも、そういう対策の一つ?」

「正解。では早速始めよう。読者さんのトコロでもう間も無く施行される政策『インボイス制度』について」


「そもそもインボイスって、ナニ?」

「インボイス自体は請求書を意味するが、この政策の場合だと、事業者が何かを購入した相手——仕入れ先が作成、交付する『消費税の請求書』の事を指す」


「仕入れ先が消費税を請求してくるの?」

「違う違う。国に仕入れ分の消費税を請求する為の書類を、仕入れ先が交付してくれるんだ」


「うーん、よくわからないや」

「くくく、じゃあそれが必要になる経緯から説明しよう。何故この政策が必要だと思う?」


「いや説明してよ」

「……日本という国では、何かを買う時料金と一緒に消費税を支払う義務がある」


「そうなんだ。あれ? 税金って国や自治体に納めるモノだよね? でも買い物する時に支払うワケだから、お店とかに納めてる事にならない?」


「良いねぇ、その通りだ。だから実際は商品を売った側が納付書に金額を記載して、まとめて納めるんだよ」

「うんうん」


「そして日本には確定申告というモノがある。簡単に言えば、事業なんかで儲けた金額を申告して納める税額を確定する為のモノ。所得の金額に応じて保険料額や、所得税の税率は変わるからねぇ」

「支払う額や税率が変わる?」


「お金持ちと貧乏人では払えるお金が違うだろう? 沢山持ってる奴から沢山もらう。商売の基本は税金にも当てはまるんだ」

「へー」


「話を進めるよ。確定申告からは売り上げから経費を差し引く事ができる。例えば一万円の商品を作るのに掛かった費用が五千円なら、手元に残るのは五千円札だろう?」

「ここでは日本円を例にするんだ?」


「うるさいねぇ。手元に五千円しかないのに一万円分の税金を取られたら、手元に残るお金は更に少なくなる。そうならない様に商品を作ったりするのに掛かった費用は所得にはならない様になっているんだ。だから手元に残ったお金だけで所得税は確定するのさ」


「ん? でも商品を作る為に材料とかも買うんだよね? 費用が差し引かれたとしても、材料を買うのに払った消費税は?」


「良い質問だ。勿論払わなくて良い。『仕入税額控除』といってねぇ。自分の売り上げ分の消費税から仕入れに掛かった消費税を差し引く事ができるんだ。仕入れ先に払った消費税は仕入れ先が納める」


「なるほどね。でもさ、それの何が問題なんだ? キチンと必要な消費税は納められてる様に見えるけど」

「日本の消費税率は10%と8%の二種類がある。それが消費税の計算を複雑にしてるんだねぇ」


「複雑?」

「例えば仕入れ先に8%の消費税を支払うだろう? 当然仕入れ先は8%分の消費税を納める」


「それで?」

「しかし、仕入れた側が10%で控除の申請をしたなら? 国は残り2%分の金額を仕入れた側に返さなければならない。実際には納められていないのに」


「あ!」

「それは事務手続き上のミスである事もあるし、、そういう不正をされる事もある。そして国は全てのミスや不正を見抜けない。同じ様な状況が、幾つもあるからだねぇ」

「確かに。大変だ」


「更に」

「更に?」


「実は基準期間の課税売り上げ高が一千万円未満の事業者の場合、消費税の納税を免除されるんだねぇ。この事業者を『免税事業者』と言う。では仕入れ先が免税事業者だった場合、仕入れた側は支払った消費税を控除できるかな?」


「控除、できない? ……まぁ、話の流れから大体答えは予測できるけど」


「くくく、控除できちゃうんだよ。実際に支払ってるワケだしねぇ。んで、納められなかった消費税は、仕入れ先の免税事業者の手元に残る。そして利益として計上できるんだねぇ。これを『益税』と呼ぶ」


「国目線では、すごくマズいね? どちらも事業者に無償でお金をあげちゃった事になる」


「そうなんだ。だからインボイスを——正しくは『適格請求書』というモノをに発行させて、仕入れ先が納める税額と販売先で控除される税額のギャップをなくすんだ。販売先が控除を申請する書類を、仕入れ先が作成するんだよ。不正やミスを事前に防げるんだねぇ」


「益税は?」

「それも防げる。免税事業者はインボイスを発行できない。だから販売先は控除を受けられないねぇ」


「すごいね」

「そしてインボイスには電子取引も認められている。手続き業務をスピーディにできるんだねぇ。ただし、電子保存したインボイスを紙の書類にするのはできないよ」


「その辺はよくわからないけど、ミスや不正、税の取りこぼしを防げるんだ。凄く良い政策だね」


「さて、果たしてそうかな?」

「え?」


「人間が作るモノが完璧であるハズはない。リスクもあるんだねぇ」

「ちゃんと、って……」


「まず販売先の事業者は、仕入れ先の事業者がインボイスを発行できる『適格請求書発行事業者』なのか免税事業者なのかを、事前に調べる手間が増える。インボイスが発行されなければ控除を受けられないからねぇ」

「たしかに」


「そして、免税事業者が仕入れ先として選ばれなくなる事も考えられる」

「流石にそれは……」


「ないって言い切れるかい? 販売先からしてみれば今まで控除されてた『自分の資産』を国に払わなければならないんだぜ? 失う恐怖ってのは、キミが言った言葉だねぇ」

「う」


「そして選ばれる為に、今まで免税事業者だった人達が適格請求書発行事業者になると、消費税を免除されなくなる。どうなる?」

「……所得が、少なくなる。ただでさえ売り上げが少ないんだ。だからこそ免除を受けられた。でも、それを納めなきゃならなくなったら、最悪、潰れる」


「くくく、正解、だねぇ」

「なんで笑ってるんだ?」


「今まで払わなくて良い前提で事業をしてた人達は、その前提が崩れるから大変だ。販売先も同じだねぇ。人手不足だとか、他の事業者を探せなかったとかで多くの取引先が免税事業者だった場合、仕入れに掛かった消費税を負担しなきゃならないんだぜ? クソ真面目を強要されると、多くの人間は困るんだねぇ」


「も、元々真面目にコツコツやっていれば……」


「正論だ。だが、『正しい事』と『生きる事』を天秤にかけたなら、キミならどちらを選ぶ?」

「……どういう事?」


「ココからは俺の考えだ。お仕事ってのは、生きる為の手段だ。事業とは、人々を生かす為に存在している。事業者は自分に従う者や関わる者の生活を保障する義務がある。これはルールではないが、モラルだ。その最低限の事が出来ていなければ、誰も協力なんてしてくれない」

「……うん」


「生きる為にはお金がいる。生きる為に必要な分までお金を取られるなら、守るしかないだろう? 不正をしろ、と言ってるんじゃない。国が作ったルールの穴を使い、沢山の会社が今まで運営してきた。穴が完全に塞がれば、生き残れるのは元々お金のあった選ばれた人達しか居なくなる」


「それは、選ばれた人達が作った世の中に使われ続ければ良いんじゃないかな? 身の丈に合った生き方をすれば」


「強烈な体験をしたキミならそう言うだろう。だが諦めて、納得できるかい?」

「……無理だ」


「そういう事さ。それに選ばれたお金持ちも人を選ぶ。安い賃金で雇われるならばまだ良い。最低限の生活ができるんだから。でも、働き口がなくなったなら? 今まであった沢山の会社がなくなり、働く場所がなくなった人達はどうなる?」

「浮浪者になるか、死ぬ」


「くくく、大正解」

「だからなんで笑うんだよ」


「大切なのはバランスさ。真面目さが報われる一方で、多少のズルさも通用する、そんなバランス」

「バランス」


「そのバランスが崩れて本当にどうしようもなくなった時、俺達みたいな悪党が世の中に蔓延るのさ——覚えておくんだねぇ」


「……なんて、まとめ方をするんだ」


「くくくく、次回もお楽しみにねぇ」

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