第四章【15】 呼応



          §§§



 ………………………………ただ、時間が無為に経過する感覚だけがあった。


《重力子砲》を撃ち放ち、機体を維持するための最低限の動力すら消費し尽くした《カーミルラ》は、残骸となった身体を《太陽光発電衛星》の軌道上に漂わせていた。


 莫大な推進力の源であった漆黒の翼は、完全に消失していた。


 エネルギーを失った霊血アムリタが機体を構成する機能を停止して、欠片のように末端から崩れていく。


 コクピット・ブロックと生命維持装置を保つのが限界であり、美しかった純黒の機体の姿は見る影もなかった。


 だが、問題はないのだ。


 どれほど機体を消失させようとも、外部からの電力供給さえ確保できたなら吸血機ヴァルコラクスは復活できる。

 失った分の霊血アムリタを自己増殖によって補い、一切のダメージを残さず再生できる。


 軌道上に浮かぶ現在の状況のままでは困難だが、戦闘を観測していただろうエンヴァーに発見されたならば動力の確保は難しくない。


 戦闘行為を行うまでの回復は無理でも、地上に帰還するだけの機能を回復させることは容易なはずだった。


 吸血機ヴァルコラクス《カーミルラ》と真祖ロードアリムラック・ヴラムスタインには、なんの問題もない。


 しかし、不完全な不死者ヴァタールであるラルゴにとっては、そうではなかった。


 殺人的な超機動を繰り返し、再生も間に合わない速度で傷つき続けた結果、彼の体内の臓器はひとつ残さず機能を失っていた。


 目も見えず、耳も聞こえず、心臓の鼓動すら停止している。


 強靭な意志によって《カーミルラ》を動かすための頭脳は働かせたものの、それも最後に敵機に接触するための突撃までが限界だった。


 超高感度センサーが収集した膨大な情報量は、真祖ロードの支援があっても常人の脳が耐えられるものではない。


 精度を落とせば負荷を緩和することもできたが、《対吸血機用急襲機アンチ・ヴァルコラクス》の猛攻を掻い潜るためには的確な機体制御が不可欠だった。


 だから、彼は一切の制約なしにあらゆる〝感覚センサー〟を働かせ、そしてその情報量に神経を灼熱させた。


 繊細な器官である脳は負荷に耐え抜き《カーミルラ》を制御し続けたものの、最後には当然の結果として機能を停止する。


 男の肉体は、これ以上はないというほどに、死んでいた。




          §§§




 声が──


 声が、聞こえたような気がした。


 きっと、いや間違いなく錯覚だろう。

 今の自分に、そんなものを感じられる機能が残っているとは思えなかった。


 すべては、感覚を失った無意識が見せた幻に違いなかった。


 幻を見てなにかを思考できるだけの機能が残っていることは幸か不幸か、その判断も今はつかない。


『──』


 またも聞こえた。

 短くも力強い呼び声だった。


 やけに主張の激しい錯覚だ。

 こちらが無意識の感覚すら失わないように、絶え間なく刺激してくるようですらある。


 幻ならば少しは大人しくして欲しいものである。

 自己が生み出した幻聴なら、当人を安静にしておくぐらいの気遣いはしてもらいたいものなのに。


『──、──』


 …………どうやら、幻聴ではないらしい。


 刺激に反応するように、少しずつではあるが感覚が蘇ってくる。


 さすがにうるさ過ぎたのだ。

 わかい声でよく叫ぶ。


『聞こえている』と返事をして静かになって欲しいのだが、喉も肺もほぼ完全に死んだままなのでしようがない。


『──、っ──‼』


 ああ、もう。

 聞こえている、聞こえているから安心しろ。


 他人の頭に直接声を響かせるのはやめてくれ。


 そう考えて、しかしこの思考は相手に筒抜けなのではないのかと思い至る。


 そうできると説明したのは相手のはずだった。

 それとも思考が微弱すぎて読み取れないのか。


 しかたがない。

 まず不可能だろうが、目覚める努力をしてみよう。


 だからもう、泣くのはやめろ、アリムラック。




          §§§




 閉じようとしていた幕が、その寸前でとまった。


 閉じてしまえば、今度こそ開かない可能性すらあった幕が、少しずつ上がり始める。


 幕を下ろしてしまうのは簡単だったが、まだ潮時ではないらしい。


 次に幕が下りる機会がいつ訪れるかは、まるでわからない。


 それでも、ともに生きることができる相手がいるならば──


〝ともに生きたい〟と願える誰かがいるのならば、永遠とわの苦しみも喜びも乗り越えられるのではないか。







 そうして。

〝彼〟という不死者ヴァタールの人生は終わらず、これからも続くのだった。

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