第四章【14】 激励



          §§§



「………………終わったか」


 二体の吸血機ヴァルコラクスによる戦闘、その情報をリアルタイムで観測していたエンヴァーはひとり呟く。


《カーミルラ》をふたりの不死者ヴァタールに送り届けたあと、金髪金眼の真祖ロードは〝帯〟へと留まっていた。


 専用の機体が万全でない自分が参戦したところで、意味がないと判断してのことだった。


対吸血機用急襲機アンチ・ヴァルコラクス》の破壊力を味わえる機会という点では魅力的であったが、仲間の邪魔になるようではそれこそ無意味だ。

 あえて参戦する理由はない。


 というのは建前で、《快楽主義》なエンヴァー・クスウェルは単に同胞を揶揄からかいたいがためにこの場所に残ったのだった。


「よう。元気してるかよ、横恋慕くん?」

『…………』


 エンヴァーの呼びかけに、黒髪黒眼の真祖ロードは応えない。


〝帯〟の外に広がる虚空、《対吸血機用急襲機アンチ・ヴァルコラクス》が塵芥よりも小さな残滓となって消えた光景を幻視するように、《第二位真祖セカンド・ロード》はエンヴァーの方を見もしない。


 だが、聞こえていないわけではないのだ。

 ならば、こちらは一方的にまくし立てるだけだ。


「気づかなかったぜ。まさかオメーが、アリムラックに恋愛感情を抱いてたなんてなあ」

『──……』


 好き勝手に話し続けるエンヴァーに対して、黒髪黒眼の真祖ロードは虚空を見つめ続ける。


 たしかに、こうして見ればわかりやすいぐらいだった。


 ラルゴによる指摘を考慮してみたのなら、アルカルド・クオドフスクという真祖ロードほどわかりやすい不死者ヴァタールはいなかった。


 なにもかもが極端なのだ。

 意識してしまったものからは、明解なほど距離を取ろうとする。


 本当にどうでもいいのであれば、エンヴァーの方を見ても問題はないはずだ。

 あらぬ方角を見る必要などない。


対吸血機用急襲機アンチ・ヴァルコラクス》を無人機として設計した理由もおそらくは同じ。


 から、吸血機ヴァルコラクスにみずから搭乗するという選択肢を排除した。


 そんなふうにして、この真祖ロードは目を背けようとしてきた。

 自分の感情からも、アリムラック・ヴラムスタインという想い人からも。


「いや、やっぱりおかしいのはあのヤロウだな。気づけるかよ普通?」


 直接的な判断材料はなかったはずだ。


 アルカルド・クオドフスクがアリムラック・ヴラムスタインを想っていると判断するための情報は、皆無といっても過言ではなかった。


 それをただ一度、対面しただけで見抜くあの亜祖レプリカの感覚は、やはり尋常ではない。


 その点に関しては同情してしまうぐらいだった。

覇王レイレクス》としての勘のよさ、察しのよさを予測することなど、どの真祖ロードでも不可能だっただろう。


 しかし、同情はしても容赦をするつもりは今のエンヴァーにはなかった。


 弱点を知ってしまった以上、攻め立てずにはいられない。

 その相手が同胞であるのなら、なおのことである。


「いつまで悩んでるつもりだよ。真祖ロードともあろうものが見てられねーな」

『……』

「とっくに結論は出てるんだろうが。だったら、さっさと踏み出しやがれ」

『……』


 反応はない。

 自分の言葉が相手に響いているかどうかの感触すらない。


 だが相手の急所を突いていると確信して、エンヴァー・クスウェルはアルカルド・クオドフスクに語り続ける。


「多少は変わったところで変わらねーよ、おれ様も、オメーだってな。結局、おれ様たちはどこまで行っても真祖ロードだ。迷いもしない、躊躇もしない。あるとすれば、変わる一歩手前で悩むかどうかぐらいだ」


 その言葉に、毒舌を装った同胞からの激励のメッセージに、黒眼黒髪の真祖ロードは、


『──、──』

「……っは、バカやろう」


 思念を通じて相手が零したにおかしくなって、エンヴァーはその不安を笑い飛ばす。


「心配すんな。あいつの物好きは、今に始まったことじゃねーよ」


 そう言って、金髪金眼の真祖ロードは〝帯〟の外に出る準備を始める。


 仲間を回収する役割は、自分以外にできそうにもなかった。

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