第四章【13】 超絶
『──』
損傷軽微、修復完了、防護壁の出力も問題なし。
発生した次の瞬間には消滅した微量なダメージを、《
同時に損傷の原因を瞬時に分析。
純黒の
黒い翼の先端部分にのみ、重力バリアを相殺できるほどの力場が発生していた。
鋭利な主翼の端にエネルギーを集中させ、接触の瞬間に超振動させた刃で切断する武装。
その威力を理解して、しかし脅威にはならないと《
超出力のバリアを部分的に突破して機体の一部である〝環〟を損傷させた性能は認めよう。
だが、軽微すぎるダメージは
今の攻撃に意味はない。
《
捕捉したままの《カーミルラ》に対して、純白の
いずれにせよ、この戦闘行為を続けていれば終わるのだ。
エネルギー弾を無尽蔵に撃ち放ち、相手を消耗させるだけであの
光線と熱線を紙一重で躱した純黒の機体が再度、その巨大な翼を〝環〟に接触させた。
『──』
やはり無意味。
リング型の構造体の表層が僅かに斬られるも、瞬時に再生する。
重力バリアの出力にも影響はない。
《
交差すると同時に反転した《超振動翼》が、またも目に見えないほどの
『──』
無意味、理解不能、このような攻撃になんの意味が。
思考して、その〝可能性〟に無人の
だが、自身の優位性に疑問は生じない。
まず不可能だ。
絶対にそんなことはできない。
並列させた光子砲と粒子砲を連射して、弾幕の雨を降らせる。
一度に百を超える発射回数で繰り返される砲撃、その僅かな網目のような隙間を《カーミルラ》は身をよじるように掻い潜る。
そして再び、純黒の主翼で重力バリア越しに〝環〟の表層に斬りつける。
無駄だ、と
なにもかもが無駄。
その〝可能性〟を実現する前に、ラルゴという
肉薄する膨大な熱量に装甲の表面を熱せられながら、純黒の
純白の機体の右側面に《超振動翼》を当てて、返す刀で左側面の〝環〟に斬りかかる。
『────』
その速度に、感情があったならば瞠目すべき異常な加速に、《
尋常ではなく近い距離を保つ敵機を引き離そうと機動、同時に砲撃する。
だが、《カーミルラ》は決して離れようとしない。
超音速の状態を維持しながら、なおも加速するように追跡してくる。
追い追われ、ときに交差する関係だった二機の空中戦が一変していた。
一方的に追われる形になりながら、純白の
《カーミルラ》もまた、もはや何度目かもわからない斬撃を〝環〟を加える。
すでに最適化しつつある機動、最小かつ必要最低限の動作で回避運動と攻撃を繰り返す。
その挙動を保つために神経を灼熱させ、連続する
人間としての男の肉体は死んだも同じ、今はひたすらに一体となった〝
砲撃がいつ直撃しても不思議ではない距離を保ちつつ、一心不乱に主翼の先端を敵に叩き込む。
そうして、その瞬間はようやく訪れた。
『────』
絶えず繰り返された機翼による斬撃が、鉄壁であった超出力の防護バリアの一部に僅かな〝点〟を生み出した。
本当にごく小さな〝点〟だった。
その、次の瞬間には消え失せている小さな一点に、《カーミルラ》は全力で突貫した。
《複合力式破砕杭》最大出力、ありったけのエネルギーを放出して重力バリアの隙間を衝く。
一点集中させた突撃の威力で、絶対的ですらあった敵の防御壁を貫通させる。
『────』
だからなんだ、と《
ただ一度の奇跡は、しかし二度と起こりはしない愚行なのだ。
全速力で敵機を引き離し、距離を保ちさえすればあらゆる機能が回復する。
重力バリアの出力も〝環〟の修復も万全となって、たった一度の勝機は潰える。
だからこそ、《カーミルラ》を操るラルゴとアリムラックはこの瞬間に
「ぐ──」
ほぼ零距離、純白の
直線を曲線を折線を波線を──ありとあらゆる軌道を──昏い宙に描き、ときに直角や鋭角に超音速飛行して引き離そうとする敵機に追い縋る。
すべての動きを読み切って、僅かたりとも離れはしない。
燃え尽きんばかりに灼熱する神経を繋ぎとめ、限界の一歩手前で維持していた意識をさらに加速させる。
この突撃の直前に、アリムラックは言った。
たどり着けさえすればあとは自分の役割だ、と。
ならば、理由は訊かない。
余計な思考を切り捨て、ただ敵に到達することだけを思考してラルゴは《カーミルラ》を駆る。
次の瞬間、被弾した。
右上翼末端をレーザーが掠め、推進出力が僅かに落ちる。
かろうじて続けていた回避運動が、ゼロに近い距離を保つために崩れだす。
そのまま飛べば墜ちるだけだった。
バランスを崩した機体を立て直すのではなく、残る三翼の出力を限界突破させて前進する。
被弾、さらに被弾。
だが、もはや進むしかない。
後退など最初からありえない。
そしてついに、純黒の
『ありがとう──』
「──……」
脳裏に響く少女の声に応える気力は、すでになかった。
死んでいるも同然のラルゴを抱えたまま、半壊に近い損傷状態の機体は白い
己に残された最後にして絶対的な能力を《カーミルラ》は発動させた。
単純にして明解。
触れた箇所から、敵そのもののエネルギーを〈吸血〉する。
『……!』
互いの装甲が触れ合った箇所で起きた現象に、そのとき初めて《
機体を構成する
出力低下、このままでは戦闘行為どころか機体を維持することすら不可能となる。
だが、危機的状況であっても致命的な局面ではない。
問題を解決するための方法は、最初から用意されている。
常に繋がっていた《衛星》とのエネルギーラインを限界以上に稼働させ、減衰しかけた出力をそれ以上の速度で上昇させる。
崩壊の危険すらあった状況から即座に回復する。
同時に、純黒の
『──』
その瞬間、理解する。
この距離、被弾を免れない位置を保ってまで敵が肉薄してきた本当の理由を。
喰らい尽くすためではない。
ただシンプルに、必要なエネルギーを奪い確保するため。
離反した
だが、受けることはできなくとも、奪うことは可能なのだ。
今この瞬間、《
しかし、それもあくまで〝手段〟だ。
エネルギーの強奪は方法であって目的ではない。
すべては、最後に残された兵装を起動させるため。
太陽の表面に駐留することで蓄積させたエネルギー、機体の全動力を消費しても発射には至らない兵器を使用するために、純黒の
同時に、アリムラックは演算を開始する。
〈
そのいずれの兵装よりもはるかに複雑かつ高度な計算。
間違えれば機体そのものが内部から崩壊するほどのエネルギーの臨界。
強奪した電力を利用して
機体全体の一時的な出力低下によって、《
〈
だが、その拮抗も長くは続かない。
均衡はやがて崩れ、そのときに墜ちるのは自分たちだ。
それより早く、決着をつける。
照準は不要。
敵に触れている機首部を展開し、機体そのものを砲身とする。
稼働率六七パーセント。
すでに発射できる状態だが、万全を期して最大出力まで稼働させる。
砲身の維持とともに、なおも飛翔。
〈
だが最大限の信頼を託され、今の自分は行動している。
託し、託された以上は成し遂げなければならない。
集中、さらに集中。
感情シミュレーターを切断、必要なリソースを算出するために最低限の機能だけを維持する。
発射の直前、両機の距離は僅かに開くだろう。
その瞬間に純白の
計算上、最大出力で発射しなければ《
稼働率八九パーセント、発射まで残り──
『いや』
〝声〟がした。
僅かなミスさえ許されない極限状態のなかで、ありえぬはずの〝声〟を少女は聞いた。
『今だ。撃て、アリムラック』
『ッ──』
理性は『まだだ』と告げていた。
あらゆる計算が、この瞬間に撃ち放つ非合理性を説く。
だけど、心が。
彼を信じる少女の心が、自然とトリガーを始動させていた。
直後、至近距離まで接近していた二体目の《
粒子状にしていた機体を再構成して、兵装を稼働しとうと〝環〟を形成する。
完全自律型という特長を考慮すれば予測すべき事態だった。
リソースさえ確保できたのなら、《
この瞬間までアルカルド・クオドフスクが二体目を稼働させなかったのは、戦況を確実に観測した上で投入する算段だったからである。
その戦略を
ただしく、本来であれば絶好のタイミングだっただろう。
アリムラックは最大出力に達するまで兵装を解放するつもりはなかった。
したがって、二体目の出現に反応してからでは発射は間に合わなかったはずである。
つまり、今この瞬間に
ひとえにラルゴという男が持つ勘のよさに他ならなかった。
空間が、捻じ曲がる。
『──⁉』
その異常な力場を感知したときには、すでに死神の見えざる手が純白の機体に触れていた。
《カーミルラ》を中心に発生した広範囲の〝力〟が、すべてを呑み込む。
至近距離まで近づいていたために躱しようもなく、防ぎようもない。
機体を再構成し〝環〟を形成する直前であった二体目の《
超硬質の身体が圧壊する。
内外を問わず、力場に捕らわれた機体全体が強力な重力そのものに圧し潰される。
みずからを襲った力の正体を知るよりも早く、純白の機体は粉々になって二度と再生することもなく完全に破壊された。
《重力子砲》──
機体内部にある専用の機関から生成された重力波そのものを発射する大口径兵装。
理論上エネルギー供給さえ充分であれば無限の射程と威力を発揮する、過剰なまでの破壊兵器。
《性能主義》なアリムラック・ヴラムスタインがただ〝実現できる〟という理由で搭載させた、ひたすらに破壊力を追求した規格外の武装だった。
背後に現れた《
《カーミルラ》と交戦していた一体目の《
『────』
だが、壊れない。
離脱と同時に超出力の重力バリアを再び展開していた純白の
たしかに規格外の一撃だった。
これほどの力場に耐えるための出力は想定していない。
重力バリアをさらに強力にしなければ、このまま圧壊してしまう。
だからこそ、壊れない。
全力稼働させていた《衛星》からの電力供給をさらに追加。
《カーミルラ》の〈
その無尽蔵の動力を利用し、この一撃に耐え、そして反撃してみせる。
〝環〟によるエネルギー増幅を限界まで働かせ、重力バリアの出力と兵装の起動を両立させる。
この砲撃がいまだ敵の全力でないことは百も承知。
最大出力に達すれば、その瞬間に敗北が確定することも理解している。
その前に、討つだけこと。
強烈な重圧下で機体をかろうじて安定させ、純白の
一撃でも放てれば、決着だった。
〈
元より直撃に耐えられるだけの防護力を持たず、今は回避運動すら不可能な状態の《カーミルラ〉に砲撃を防ぐ手段は存在しない。
『わたしを──』
極限の攻防のなかで、《
膨大な計算の狭間で、アルカルド・クオドフスクはその〝声〟を感じた。
誰のものであるかは、聞き誤ろうはずもない。
『わたしをッ、舐めるなッ──────‼』
声の限りに少女は叫んだ。
自分の性能、
なによりアリムラック・ヴラムスタインという自分自身に懸けて、彼女は《カーミルラ》は駆り立てた。
《重力子砲》の稼働率が跳ね上がる。
強引なまでの出力上昇に伴い崩壊の寸前、しかし計算し尽くした演算によって自壊する直前で踏みとどまる。
光すら呑み込む完全なる闇が、今度こそ純白の機体を包み込む。
『────』
反射的に、《
せめて相打ち。
敵機を破壊さえしておけば憂いはなくなる。
そうなれば、なにも憂慮する必要はない。
だが、最大出力で発射した光線は、闇のなかで消失する。
そう、光さえ、超高密度の重力から逃れることはできない。
最高出力に達した瞬間、《重力子砲》の威力は疑似的なブラックホールを発生させるほどに強大な重力を生み出した。
その中心に存在したならば、もはや最期を迎えるのみ。
黒く昏い、一点の光の存在すら許さない底なしの闇が、白い装甲を蝕む。
絶対的なまでの〝力〟に全方位から圧し潰され、純白の
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