第四章【12】 加速
§§§
吹き荒ぶ嵐のごとく、二機の
イメージは、加速に次ぐ加速。
神経を研ぎ澄ませ、生命を燃やし、ひたすらに〝
ラルゴとアリムラックを乗せた純黒の
二対の推進機関──翼状の機構を最大出力で機能させ、音速を突破して宙を駆ける。
巨大な翼は〈
しかし反重力の機翼は前面だけでなく、あらゆる方角へと瞬時に転進できる驚異的な機動性を持っていた。
瞬間、純白の機体から放たれた幾筋もの光線が昏い宙に輝く。
装甲の表層を舐めるように掠めた熱量を横目に、《カーミルラ》はより速く機体を維持すべく両翼の出力を捻出する。
躱さなければ、《
そもそもの機体コンセプトが、『最低限のエネルギーによる最強の戦闘能力』という矛盾したテーマを抱えた
《衛星》からの無線電力供給を受けることができないという制約下でなお最高の機動力を追求したことで、機体バランスに重大な瑕疵を抱えたマシーン。
防護性能とエネルギー兵器の制限を代価として、隔絶した超スピードを獲得した兵器。
それが、アリムラック・ヴラムスタインが
通常の
『本来は受けることができる攻撃もひたすらに回避しなければならない』。
超絶的なまでの機体性能を追求したがゆえの、それが
(本当に、バカみたいなヤツ──)
殺人的な機動によって、すでに霞みつつある意識のなかでラルゴは思う。
どう考えても、バカが造ったマシーンだった。
ヒトを超えた頭脳と技術に裏打ちされているだけで、兵器としてのバランスは崩壊の一歩手前だ。
しかし、と同時に思う。
不思議なことに、神経質な〝
余計なことを考えずに済むからだろうか。
確かに前進するだけで生命が消費され、自分という存在が削り取られるような感覚すらあるが、今はその感覚すら心地いい。
走り続け、
特出しすぎたがゆえのシンプルさが、肌に合う。
(ああ、まるで──)
はじめから、機体と一体であったかのような違和感のなさ。
生まれたときからひとつであったように、翼を翻し機体を駆る行為が馴染み深い。
人型でないことなど些細な違いだった。
いや、もはや差異ですらない。
今この瞬間、男と
ならば、残るは身体をどう動かすかだけ。
死に体の状態からさらに〝死〟に近づいているにも関わらず、ラルゴはひたすらに《カーミルラ》の動きを制御することに集中する。
(すごい──)
一方で、ともに機体へと搭乗したアリムラックは、ラルゴの操縦技能に一途に感嘆していた。
この戦闘における彼女の役割は、ラルゴが《カーミルラ》を動作させるために必要なあらゆる支援だった。
肉体は不死身でも頭脳は常人であるラルゴに、機体を正確に制御するための演算能力はない。
当然ながら五〇年前の奇跡と同じことは起こらない。
かつて《
同じ奇跡を起こそうとしたところで、能力不足が原因で相打ちに持ち込むことすら叶わない。
だからこそ、アリムラックは《カーミルラ》の演算補助に徹する。
ラルゴが思考した瞬間にその動作を実行するための計算を完了させ、機体を万全の状態にして男の思考を実現させる。
彼女がいなければ、ラルゴは機体を動かすことすらできなかっただろう。
その事実があってなお、彼の操縦技能はアリムラックを感嘆させるものだった。
機体が搭載するすべての〝
《
そのすべてを理解することなどできはしないが、敵がどのような機能を持ち、どのような攻撃を仕掛けてくるかを把握できるだけで充分だった。
純白の
そして、純白の機体は機動性すらも超絶的であった。
《カーミルラ》が二対の機翼を推進システムとして加速するように、《
速度では拮抗する二機。
だが、違いは歴然としてあった。
外部からの電力供給を受けているか否か、という違い。
そしてなにより──
常に最大出力の砲撃を行えるか否か、という違いが二機のあいだにあった。
《
機体側面にいくつもの砲門を生み出し、並行飛行する純黒の
〈
《
ただの一発すら放たれたエネルギー弾に無駄はなく、そのすべてが牽制と誘導と直撃を狙ったものである。
だからこそ、いまだ《カーミルラ》が飛び続けていることは五〇年前とは別種の奇跡なのだ。
五〇年前にラルゴが相打ちに持ち込んだ状況なら、自分にも作れるとアリムラックは思う。
しかし今の戦況、敵の尋常ならざる攻撃を躱し続けるという状態を維持できるかどうかは、自信がなかった。
そうできるように、彼女は《カーミルラ》を設計した。
それでも、実際に《
ラルゴという人間は、少女が想ったとおりの、想った以上の男だったのだ。
──転進する。
漆黒の翼が微妙に変形し、機体の向きを瞬時に変える。
並行飛行していた態勢からほぼ直角に軌道を捻じ曲げて、《カーミルラ》は敵機へと直進した。
強引な進路変更にも関わらず、その速度は僅かたりとも落ちない。
純黒の機体は超音速を維持したまま、《
その速度に、〈
《カーミルラ》の急旋回に一瞬遅れて、その進行を妨げるべく無数のエネルギー砲が撃ち放たれる。
発射されればほぼ同時に標的を射抜くはずの光線が、黒い機影の残像を捉えるだけに終わる。
あまりにも速すぎる。
接敵、回避不能、機首部に膨大なエネルギーを感知。
必殺の兵装である《複合力式破砕杭》を起動させ、《カーミルラ》は《
純黒の
超硬度を誇る機体そのものを近接武装とし、威力を一点に集中させて標的を破壊することを目的としている。
衝突と同時に零距離から電磁放射と〈
瞬間的な破壊力であれば自機が搭載しているあらゆる兵装を凌駕する衝撃を前に、《
回避行動すらせずに黒色の突撃をまともに受けとめた。
「ッ──」
弾かれる。
《衛星》の外壁防御すら突破した一撃が、いともたやすく威力を殺される。
純白の機体を中心に複数の〝環〟を形成することで発生している超出力の重力バリアは、《カーミルラ》渾身の突撃を事もなげに封殺した。
強力な力場と衝突したことで、《カーミルラ》の姿勢が大きく崩れる。最大速度を維持していた機体が、ほんの僅かに鈍った。
弾かれた勢いを利用して即座に転進、今度は全速力で《
直後、リチャージを終えた砲身が一斉に熱線と光線を吐き出し、《カーミルラ》を襲った。
ただの一発でも当たれば撃墜される必殺の砲撃の掃射。
精密性と計算精度に関しては、もはや語る必要すらない。
迫りくる〝死〟の一撃を、ラルゴは自身の生命を消費して必死に回避する。
自分がどう動き、相手がどう読むか。
計り損なえば即撃墜へと直結する刹那の連続を潜り抜ける。
(硬い──)
などという次元ではない。
物理的な衝撃も接触の瞬間に《カーミルラ》が発したエネルギーの放出すらも、《
〝環〟を含む機体全体に発生させた防護壁の出力は、エンヴァー・クスウェルの専用機である《バーネイル》の《超重力防壁装甲》の防御力すら超越している。
しかも、電力供給の補助があるために外部からの攻撃エネルギーをトリガーとする必要もない。
常に超絶的なまでの防護エネルギーを発生させ、あらゆる攻撃を拒絶できるようにしている。
こちらが一度の被弾すら許されないのであれば、あちらは一度の回避機動すら必要としない。
((ならば──))
意図せず、ラルゴとアリムラックの思考が重なる。
この戦場、純黒の
戦術の確認も審議も不要。
神経系が心臓に対して無自覚に鼓動を命じるように、ラルゴは無意識でアリムラックに《カーミルラ》の挙動を指示する。
〝突撃〟では敵機の絶対的な防御を崩せない。
あの〝環〟にもっとも有効にして唯一の手段は──
二対の両翼を大きく広げるように展開して、攻撃態勢をとる。
《カーミルラ》最大の推進機関でもあるその巨大な機翼、《超振動翼》こそが鉄壁を破るための武器だった。
ナノ単位の鋭さを保つ先端のごく一部分に力場を発生させ、敵機に接近する。
二枚の片翼が強力な重力バリアに触れ、内側の〝環〟の表層を刻んだ。
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