第四章【10】 恋慕

「アルカルド……」


 同胞の姿に、アリムラックは反射的に相手の名を呼ぶ。


 アルカルド──アルカルド・クオドフスク。


 それが、アリムラック・ヴラムスタインという存在となった《第一位真祖ファースト・ロード》が《第二位真祖セカンド・ロード》に対してつけた名前であった。


 だが、ほかの真祖ロード──《第三位サード》や《第四位フォース》──が認めていないように、《第二位セカンド》もまたアリムラックが提案した呼称を認めてはいない。


 名前などそもそも個体を識別するための記号であり、ほぼ同一の性能を生まれ持った真祖ロードたちには不要だと考えているからだ。


 ………………果たして、本当にそうだろうか?


 抱えられたままのアリムラックを見る黒髪黒眼の真祖ロードの姿に、ラルゴは違和感を覚えた。


 それは、かつて《覇王レイレクス》であった頃の自分と近い状態となった今の彼だからこそ知覚できる、本当に些細な違和感だった。


 あるいは、比較だ。


 地上で《第三位真祖サード・ロード》という存在と対面していたからこそ感じ取れた差異。


 《第二位真祖セカンド・ロード》がラルゴという人間を見る目と、ほかの真祖ロードがラルゴという不死者ヴァタールを見る目は、明らかに違っていた。


「……ああ、そういうことか」


 その理由が自分が抱えている少女であることに気づくのに、あまり時間は必要ではなかった。


 目の前の真祖ロードに対してだけでなく、それまで感じていた違和感に説明がついて、ラルゴはひとり納得する。


〝帯〟に侵入し、この場所にたどり着くまでにラルゴを迎撃した防衛システム。

 その過剰なまでの殺傷能力にも、得心がいった。


 不死者ヴァタールを殺そうとする。

 その行為の不毛さは、真祖ロードである《第二位セカンド》ならば当然のように理解しているはずだ。


 なのに、黒髪黒眼の真祖ロードの制御下にあったはずの〝帯〟のシステムはラルゴを殺そうとしていた。

 彼の行く手を阻むだけなら、もっと効果的な方法はあったはずだというのに。


 たとえば、破壊不可能なほどに強固な障壁を一枚形成するだけで、ラルゴの動きを完全に封じることができたはずなのだ。


 彼がここまでたどり着き、アリムラックを助け出すことができたのは、防衛システムに〝殺意〟という付け入る隙があったからに他ならない。


 あらためて、ラルゴは《第二位真祖セカンド・ロード》を──アルカルドという名をアリムラックから与えられた不死者ヴァタールを見た。


 黒髪黒眼の子どもは、アリムラックを見ていた。

 ラルゴの存在などまるで眼中にない、眼中に置きたくもないといったふうに、アリムラックのことを見ている。


 ラルゴという存在が視界に入るとすれば、それはアリムラック・ヴラムスタインという真祖ロードを介してのことでしかない。


 そして、アリムラックを抱えたままのラルゴに対する感情が〝嫉妬〟であると考えるのは、果たして早計だろうか──。


「なあ、どうしたんだい?」

「……いや」


 不思議そうに尋ねてくるアリムラックに、ラルゴは口籠もる。


 かつての自分ならば、おそらく気づいたとしても捨て置いたはずの問題だった。

 この状況で優先すべきことではないし、所詮しょせんは個人の感情など看過すべきものでもない。


 だが、今のラルゴならば。


覇王レイレクス》としての記憶を取り戻しながらも、ロック村で過ごした五〇年におよぶ自分を憶えているラルゴならば、余計なお節介というものをしてみても構わないのではないか。


 そう自分のなかで結論を出して、彼はアリムラックに尋ねた。


「前からなんとなく思ってたんだが、真祖ロードってのは他人の考えてることがわかるのか?」

「え、なんだね急に? それはまあ、できなくもないと言うか……」

「ああ、やっぱりか。妙に察しがいいときがあると思ってた」

「いや、覗き見をする趣味はもちろんないよ? 不死者ヴァタールの脳内にある霊血アムリタを介したリーディングでしかないし、その気にならなければ相手の思考は読めないとも。……いやまあ、たまに君の考えていることが気になって覗いてみたことはあるけれど……」

「気まずくなってんじゃねーよ。だったら、真祖ロードが考えてることはほかの真祖ロードにはわかるのか?」

「それは……無論、可能だとも。と言うより、そもそもわたし達はコミュニケーションに言葉を用いる必要がないから、それが普通だとも言える。当然、相手に隠したいことがあって障壁を張られると読み取れなくなるけれど」

「ああ、なるほど」


 またも納得して、いまだにこちらを窺うだけの《第二位真祖セカンド・ロード》に視線をやるラルゴ。


 だから、誰も気づけなかったわけだ。

 当人が隠し通すつもりだったのだから、それが当然だったのだ。


 そんな隠し事に気づいてしまった罪悪感に少し胸を痛めながら、ぼんやりとラルゴは言う。




「だったら、あいつがお前を好きだってことにお前自身が気づかなかったのも無理はないな」




 なんでもないことのように、ラルゴは言った。

 別におかしなことではない、と当然の事実のように他人の恋心を暴露する。


「え──」

『────』


 言われて同胞を見るアリムラックと、漆黒の目を見開くようにする《第二位真祖セカンド・ロード》。


 そう、ハッキリとのだ。


 それまでの無表情が嘘であったかのように、驚きに瞠るように表情が変わった。

 信じられないもの、認めたくないものを見るように、漆黒の瞳にラルゴの姿を反射させる。


 そして、すぐにアリムラックの方を見た。

 自分のことを見ている銀髪紅眼の少女の姿を見つめ返し、今のラルゴの発言が間違いなく相手に伝わったことを理解する。


『──、っ──』


 今度こそ、変化は劇的だった。


 生気のなかった白い肌が紅潮する。

 無感情だった黒く光のない虹彩が、羞恥に震える。


 人形のようだった様子を著しく失って、《第二位真祖セカンド・ロード》はただの子どものように動揺していた。


 実際に、ただの子どもだった。


 今ラルゴの目の前にいるのは、同世代の相手に恋心を抱いているだけの子どもに過ぎなかった。


「え、いや、まさか。アルカルドが、わたしのことを……?」

おれが言うことじゃないだろうが、お前も罪なヤツだな。相手をその気にさせて少しも気づいてなかったっていうのは、そこそこに非道ひどいんじゃないか?」

「え、本当に? 本当にアルカルドは──」

「今の反応を見て違うと思うなら、マジのバカだからそれ以上は言ってやるな」

『ッ──』


 黒髪黒眼の真祖ロードの視線が、ラルゴを射抜いた。


 強烈な敵愾心、を隠そうともせずに、純黒の全身鎧を睨む。


(ああ、それでいい)


 憎しみにも近い感情を向けられ、ラルゴは内心で頷く。


 世界のためだとか、〝計画〟を遂行するためだとか、胡乱な理由で戦うよりずっといい。


 非常にわかりやすくていいではないか。


 という非常に個人的な理由で動けるのなら、その方がいい。


「来いよ。おれが憎いっていうなら、おれがアリムラックといるのが赦せないっていうなら、力尽くで奪ってみせろ」

『──、──』


 挑発に乗るように、《第二位真祖セカンド・ロード》は自身の演算能力を全力で稼働させる。


 瞬時に、その周囲にあった霊血アムリタが反応した。


 姿なき機体、純白の吸血機ヴァルコラクスが、その身体を一瞬のうちに再構成して出現する。


 直後、白い機体からラルゴたちを守るように、純黒の機体が〝帯〟の外壁を突き破り現れた。


『待たせすぎだ。おれ様を放置して面白い話してんじゃねーよ』

「……別に面白くはないだろ」


 その場に響くエンヴァーの言葉に呟きながら、ラルゴはアリムラックを抱えたまま《カーミルラ》へと歩み寄る。


 全身のダメージはいまだ完全に回復してはいないが、問題なく歩ける程度のコンディションには戻っていた。


 いずれにせよ、同じことだった。


 たとえ進むのが辛かろうと辛くなかろうと、吸血機ヴァルコラクスまでたどり着ければ同じこと。


 問題は、そこから先だ。


《カーミルラ》に乗り込む直前に、ラルゴは一度だけ少女に尋ねた。


「いいな、アリムラック?」

「君こそ……君の方こそ、いいのかい?」


 亜祖レプリカ真祖ロード。その違いがある以上、ここから先の結果はまったく異なる。


 すでに傷ついている男に、吸血機ヴァルコラクスを駆れるだけの余力が残っているかは疑問だった。


 乗り込んだ瞬間、かつてのように記憶を失うほどのダメージを負っても不思議ではない。

 いや、確率としてはそうなる方が明確に高いだろう。


 まだ相手のことを気遣おうとするアリムラックに、ラルゴは呆れながら言い返した。


おれのことはいいんだよ。お前の方こそ、あいつと戦うことに問題はないのか」

「わたしは……」


 訊かれて、アリムラックはほんの僅かに思考した。


 一瞬だが、真祖ロードであるアリムラックにとっては無数の思考を行うことができる時間だ。


 それでも、ハッキリとした回答を導き出すことはできなかった。

 もっと曖昧で、感情的な結論しか今の彼女には考えられなかった。


「わたしは、もっとアルカルドと話さないといけない。そのために、今は戦うよ」

「そうか」


 アリムラックの答えに満足して、ラルゴは純黒の吸血機ヴァルコラクスへと搭乗した。


 昏い色の装甲が展開し、闇色の機体のなかにふたりを呑み込むように収容する。


 相応しき操縦者たちを乗せた《カーミルラ》は、眼前に佇む純白の敵機を睨むように機首をもたげた。


 その刹那。

 あらゆる静寂を消し去るように、熾烈な攻防が開始された。

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