第四章【10】 恋慕
「アルカルド……」
同胞の姿に、アリムラックは反射的に相手の名を呼ぶ。
アルカルド──アルカルド・クオドフスク。
それが、アリムラック・ヴラムスタインという存在となった《
だが、ほかの
名前などそもそも個体を識別するための記号であり、ほぼ同一の性能を生まれ持った
………………果たして、本当にそうだろうか?
抱えられたままのアリムラックを見る黒髪黒眼の
それは、かつて《
あるいは、比較だ。
地上で《
《
「……ああ、そういうことか」
その理由が自分が抱えている少女であることに気づくのに、あまり時間は必要ではなかった。
目の前の
〝帯〟に侵入し、この場所にたどり着くまでにラルゴを迎撃した防衛システム。
その過剰なまでの殺傷能力にも、得心がいった。
その行為の不毛さは、
なのに、黒髪黒眼の
彼の行く手を阻むだけなら、もっと効果的な方法はあったはずだというのに。
たとえば、破壊不可能なほどに強固な障壁を一枚形成するだけで、ラルゴの動きを完全に封じることができたはずなのだ。
彼がここまでたどり着き、アリムラックを助け出すことができたのは、防衛システムに〝殺意〟という付け入る隙があったからに他ならない。
あらためて、ラルゴは《
黒髪黒眼の子どもは、アリムラックを見ていた。
ラルゴの存在などまるで眼中にない、眼中に置きたくもないといったふうに、アリムラックのことを見ている。
ラルゴという存在が視界に入るとすれば、それはアリムラック・ヴラムスタインという
そして、アリムラックを抱えたままのラルゴに対する感情が〝嫉妬〟であると考えるのは、果たして早計だろうか──。
「なあ、どうしたんだい?」
「……いや」
不思議そうに尋ねてくるアリムラックに、ラルゴは口籠もる。
かつての自分ならば、おそらく気づいたとしても捨て置いたはずの問題だった。
この状況で優先すべきことではないし、
だが、今のラルゴならば。
《
そう自分のなかで結論を出して、彼はアリムラックに尋ねた。
「前からなんとなく思ってたんだが、
「え、なんだね急に? それはまあ、できなくもないと言うか……」
「ああ、やっぱりか。妙に察しがいいときがあると思ってた」
「いや、覗き見をする趣味はもちろんないよ?
「気まずくなってんじゃねーよ。だったら、
「それは……無論、可能だとも。と言うより、そもそもわたし達はコミュニケーションに言葉を用いる必要がないから、それが普通だとも言える。当然、相手に隠したいことがあって障壁を張られると読み取れなくなるけれど」
「ああ、なるほど」
またも納得して、いまだにこちらを窺うだけの《
だから、誰も気づけなかったわけだ。
当人が隠し通すつもりだったのだから、それが当然だったのだ。
そんな隠し事に気づいてしまった罪悪感に少し胸を痛めながら、ぼんやりとラルゴは言う。
「だったら、あいつがお前を好きだってことにお前自身が気づかなかったのも無理はないな」
なんでもないことのように、ラルゴは言った。
別におかしなことではない、と当然の事実のように他人の恋心を暴露する。
「え──」
『────』
言われて同胞を見るアリムラックと、漆黒の目を見開くようにする《
そう、ハッキリと見開いたのだ。
それまでの無表情が嘘であったかのように、驚きに瞠るように表情が変わった。
信じられないもの、認めたくないものを見るように、漆黒の瞳にラルゴの姿を反射させる。
そして、すぐにアリムラックの方を見た。
自分のことを見ている銀髪紅眼の少女の姿を見つめ返し、今のラルゴの発言が間違いなく相手に伝わったことを理解する。
『──、っ──』
今度こそ、変化は劇的だった。
生気のなかった白い肌が紅潮する。
無感情だった黒く光のない虹彩が、羞恥に震える。
人形のようだった様子を著しく失って、《
実際に、ただの子どもだった。
今ラルゴの目の前にいるのは、同世代の相手に恋心を抱いているだけの子どもに過ぎなかった。
「え、いや、まさか。アルカルドが、わたしのことを……?」
「
「え、本当に? 本当にアルカルドは──」
「今の反応を見て違うと思うなら、マジのバカだからそれ以上は言ってやるな」
『ッ──』
黒髪黒眼の
強烈な敵愾心、恋敵に対する怒りを隠そうともせずに、純黒の全身鎧を睨む。
(ああ、それでいい)
憎しみにも近い感情を向けられ、ラルゴは内心で頷く。
世界のためだとか、〝計画〟を遂行するためだとか、胡乱な理由で戦うよりずっといい。
非常にわかりやすくていいではないか。
好きな相手のために戦うという非常に個人的な理由で動けるのなら、その方がいい。
「来いよ。
『──、──』
挑発に乗るように、《
瞬時に、その周囲にあった
姿なき機体、純白の
直後、白い機体からラルゴたちを守るように、純黒の機体が〝帯〟の外壁を突き破り現れた。
『待たせすぎだ。おれ様を放置して面白い話してんじゃねーよ』
「……別に面白くはないだろ」
その場に響くエンヴァーの言葉に呟きながら、ラルゴはアリムラックを抱えたまま《カーミルラ》へと歩み寄る。
全身のダメージはいまだ完全に回復してはいないが、問題なく歩ける程度のコンディションには戻っていた。
いずれにせよ、同じことだった。
たとえ進むのが辛かろうと辛くなかろうと、
問題は、そこから先だ。
《カーミルラ》に乗り込む直前に、ラルゴは一度だけ少女に尋ねた。
「いいな、アリムラック?」
「君こそ……君の方こそ、いいのかい?」
すでに傷ついている男に、
乗り込んだ瞬間、かつてのように記憶を失うほどのダメージを負っても不思議ではない。
いや、確率としてはそうなる方が明確に高いだろう。
まだ相手のことを気遣おうとするアリムラックに、ラルゴは呆れながら言い返した。
「
「わたしは……」
訊かれて、アリムラックはほんの僅かに思考した。
一瞬だが、
それでも、ハッキリとした回答を導き出すことはできなかった。
もっと曖昧で、感情的な結論しか今の彼女には考えられなかった。
「わたしは、もっとアルカルドと話さないといけない。そのために、今は戦うよ」
「そうか」
アリムラックの答えに満足して、ラルゴは純黒の
昏い色の装甲が展開し、闇色の機体のなかにふたりを呑み込むように収容する。
相応しき操縦者たちを乗せた《カーミルラ》は、眼前に佇む純白の敵機を睨むように機首をもたげた。
その刹那。
あらゆる静寂を消し去るように、熾烈な攻防が開始された。
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