第四章【8】 円卓



          §§§



 千年のときを経てもなお、地上に残るものがある。


〈惑星〉を形成する五つの大陸が磨り減り、その大半がかつての形を失った現代においてもなお残る、稀有なものがある。


 場所は、〈惑星〉の北側。

 ほかの四つの大陸とは、広大な海洋によって遠くへだてられた陸地。


 機械文明の衰退した現代では、もはやたどり着くことすら困難な秘境だ。


 そもそもが火山活動の活発な地域という特徴から土壌も肥沃ひよくとはいえず、が住むには適切でないとされた大陸だ。


 北極圏に近いために特定の季節では極夜が発生するほどであり、太陽の光が差し込まない極寒の時期が続く過酷な環境だった。


 だからこそ、今この時代においても彼らはそこにいた。


 千年のときを経てもなお、不死者ヴァタールの〝国〟はそこにあった。



          §§§



 闇のなかから、無数の息遣いが聞こえてくる。


 そのどれもが、粛々と自分の存在を押し殺すように抑制されていた。


 当然である。

 この場において、許可なく発言する権利を持つ者を数えるには片手の指で事足りる。


 断りもなく声を発せば、それだけで処罰の対象にすらなりえた。


 厳格にして絶対。

 そうしたルールを千年にも及んで徹底して敷き続けてきたからこそ、不死者ヴァタールの〝国〟は現代においても存続しているのだ。


 暗闇のなかに設置された巨大な〝円卓〟。

 その一角に備えられた豪奢な椅子に鎮座して、《女王》は厳かに口を開いた。


「報告があった。わらわが後見している《第五位真祖フィフス・ロード》からの報告だ」


 やや間を置いて、自分の言葉が周囲に浸透したのを確かめる。

 みずからが場を掌握しているという事実に満足しながら、《女王》は続けた。


「どうやら、このままでは五〇年前のように〈惑星〉が滅びてもおかしくはないらしい」


 語る内容について動揺している様子はなく、周囲の反応を楽しみにするようですらあった。


 事実、《女王》が期待していたとおりの反応があった。


 抑制されていた無数の息遣いが、様々な感情を見せ始める。

 ざわめきが起きるようなことはなかったが、その多くが内面を隠し切れずに僅かに乱れた。


 不審、動転、静観、もしかすれば安堵も混じっていたかもしれない。


 それらの感情の波を読み取りながら、やはり落ち着いた語調で《女王》は告げる。


「そして、《覇王レイレクス》が蘇ったそうだ」


 今度は、息遣いの範疇には収まらなかった。


 ハッキリと息を呑む者、呻き声を出しかけ殺す者、堪らず顔を床へと伏せる者。


 反応は多彩だったが、そのいずれもが〝畏怖〟によるものという点は共通していた。

 誰もが、この場にはいない男の存在に明確に恐怖していた。


 円卓に座す、四人の〈指導者〉たちを除いて。


「なるほど。それならば、我々がすべきことはありませんね」


 冷静に状況判断を下し、《元帥》が非常に穏やかな口調で話す。


「おいおい! 軍の最高責任者さまがそんなことでいいのかよッ⁉」


 揶揄からかうようにしながら、《法王》が同胞へと豪快に語りかける。


「そう言われましても、実際に我々ができることはありません。五〇年前と同じです」

「ま、それはそうだろうがな。……今回もヤツひとりに背負わせることになるか」


 それぞれの立場から発言する《元帥》と《法王》。

 そのやり取りを視界の端に捉えながら、


「…………」


 一言も言葉を紡ぐことがないまま、《女帝》は沈黙を貫く。


「貴様たちの言うとおりだ。あの男が完全に復活したというのなら、なにも問題はない」


 余裕さえある話し方で、《女王》はその場を締めるべく語り始めた。


「かつてそうだったように、我々を救ってみせるだろうよ、あの男は」


 ただひとつ、五〇年以上ものあいだ空白を保つ席に視線をやって、淡々と彼女は告げた。

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