第四章【4】 再会

「久しぶりじゃないか、アルカルド」


 親しげに話しかけてみるアリムラックだが、黒髪黒眼の真祖ロードは反応しない。

 瞬きひとつすら返してくれない。


『──────』


 代わりに、膨大までの〝情報〟をアリムラックの脳へと送り込んできた。


「……ッ」


 前置きもなく入力された殺人的なまでの情報量に、一瞬だけアリムラックは呻く。


 しかし、本当に一瞬だけだった。

 常人であれば処理し切れずに発狂死してしまうほどの量の情報を分析し、解析して整理する。


 旧時代の超高性能コンピュータでも一時間以上は処理に時間を要する膨大な情報を、瞬きのうちに受け入れる。


「情報だけを寄越すのはやめないか? 折角の再会なんだ、肉声で会話するのも悪く──」


 再び、絶大なまでの情報量が送り込まれる。

 やはり殺人的なまでに多大な情報が。


「──ないと言いたいんだが。わかったよ、君の声を聴いてみたいというわたしの願望は、今は我慢するとしよう」


 堪らず、会話を試みるのは諦めることにする。


 相手から送り込まれてきたのは、アリムラックが離反してから今日までのあらゆる情報だった。


 念話ですらない。

 一切の感情を排除した、ひたすらに情報の伝達に特化した手段だった。


「せめてわたしが話すのは許容してくれないか? 最近はこの方法ばかりでね。口を動かして言葉を発するのが好きなんだ」

『…………』


第二位真祖セカンド・ロード》はやはり応えない。

 呆れすぎて反応すらできないのかもしれない。


 確かに、我ながら随分と〝堕落〟したものだとアリムラックは思う。


 しかし、しかたがない。


 五〇年前の〝あの日〟から、自分は今のように人間的な無駄を抱えて生きるようになった。

 それをみずからしとした以上、無駄を捨てて生きるようなことはできない。


 真祖ロードである前に、不死者ヴァタールである前に、人間として生きようと決めたのだから、しかたがない。


 だが、それも限界だったのかもしれない。


 そんなふうに生きてきた結果が現在いまだ。


 本来の在り方から逸脱し、同類からも裏切り者と扱われ、それでも自分勝手に生きてきた最後が、今この瞬間だ。


 指一本すら動かせず、完全に拘束された状態でアリムラックが思うことは、しかし『彼は無事だろうか』という懸念だった。


 おそらく大丈夫だろう。

 自分の咄嗟の判断にエンヴァーは完璧に反応してくれた。


 ロック村そのものは壊滅的状態になろうとも、村の住民である流牧民シーファたちにも被害はないはずだ。


「……わたしを〝封印〟するには、どれぐらいかかるかな? もう準備は終わっているんだろう?」

『────』

「あー、また念入りだな。確かに、それなら演算能力も死ぬ。その間に《惑星改造》も終わる」


 なおも言葉でなく情報だけを寄越す相手に、こちらも呆れながら頷く。


第二位真祖セカンド・ロード》がアリムラック・ヴラムスタインという不死者ヴァタールを無力化するために用意した方法は、確実に彼女の頭脳──その超人的な演算能力を〝殺す〟ためのものだった。


 どれだけ損傷しようとも、たとえ脳にダメージを受けることがあっても決して中断させないようにしているタスク。


 惑星改造用の霊血アムリタを起動させないように妨害している計算が、とめられてしまう。


 そうなれば、あとは一瞬の出来事だろう。


《衛星》から一斉に〝杖〟──惑星改造用のナノマシン弾頭──が地中深くにまで撃ち込まれ、同時に自己増殖を開始してすさまじい速度で地上を侵食する。


 五〇年前の再現。

 あのときは一体の吸血機ヴァルコラクスによって実行されようとした計画だが、今回は事前の準備がすべて完了しているようなものなので、地上を飛んで回る必要もない。


 あらゆる物質が、あらゆる生命いのちが、霊血アムリタの生産プラントに成り果てる。


 そこにあるのは、合理だけだ。


 資源が尽き果てた〈惑星〉そのものを資源にリサイクルし、より効率的に発展するための拠点とする。


 生産性のないヒトという種を完全に切り捨て、完成された不死者ヴァタール

ある真祖ロードだけが、新たな人類として在り続ける。


 不死者ヴァタールという存在を設計した最初の人間の計画どおり、いや、それ以上の成果だ。


 霊血アムリタの集合体となった〈惑星〉は、それ自体が〝方舟〟だ。


《太陽光発電衛星》としての機能も完全なものとなり、膨大なエネルギーを利用して外宇宙に進出することも容易となる。


 常に資源を求め続け、増殖し、どこまでも進化する巨大な〝方舟〟。


 ただ旧時代の逸話と違う点があるとすれば、乗り込めるのは真祖ロードだけだということ──。


『…………』


 黒髪黒眼の真祖ロードはなにも言わず、静かにアリムラックを見つめている。


 監視のつもりだろうか。

 そういう意味では、目覚めた時にこの同胞が目の前にいたことも意外ではあった。


 今のアリムラックを肉眼で〝観測〟する必要性はどこにもない。

 周囲の構造物を構成する霊血アムリタが常に少女の状態を測定し、異常があれば即座に通告するはずだ。


 先ほどの会話とも呼べない情報の伝達も、相手がどこにいようとも脳波さえ届けば成立するものだ。

 対面し、互いの姿を見ながら行う必要はなかった。


 しかし、どれだけ意外だろうと実際に《第二位真祖セカンド・ロード》は目の前にいるのだからなにか理由はあるのだろう。


 それがどういった理由なのかはわからないが、折角の再会なのだからもう少し話しかけてみることにする。


「ロック村を強襲した方法、あれは見事だったな。機体が完全に構成される瞬間まで、まるで感知できなかった」

『……』

「あれは、わたし達の索敵を逃れるために吸血機ヴァルコラクスを構成する霊血アムリタを直前まで粒子状バラバラにしていたのだな? たしかに、元が目に見えないほど微細な物質である以上、そこまで徹底的に潜行されれば探知は不可能に近い」


 霊血アムリタに供給さえるエネルギーは必要最小限のものとなり、熱源を捕捉することもできない。


 兵器としては不充分なほどの出力まで落ちるが、機体を構成すると同時に《衛星》からの無線電力供給を行えば解決する。


 しかし、それでも問題は残る。


 この方法では、吸血機ヴァルコラクスを操縦する不死者ヴァタールの存在まで隠蔽することはできない。


 仮にコクピット・ブロックを維持しようとするなら、その箇所の熱源だけでも真祖ロードの探知に捉えられてしまう。


「あれは、無人機か?」

『────』


 アリムラックの問いに、相手は即座に情報を寄越してきた。

 ロック村を壊滅させた純白の吸血機ヴァルコラクス、そのスペック情報がすべて開示される。


「……ッ」


 情報量ではなく、その情報が示す機体の完成度に、アリムラックは絶句した。


 個体名は存在せず。

対吸血機用急襲機アンチ・ヴァルコラクス》というのが、その機体を示すに相当する唯一の呼称。


 パイロットという不確定要素を排除し、完全自律型の無人機とすることで吸血機ヴァルコラクスが有する機体性能を最大まで発揮することを主眼として設計された。


《太陽光発電衛星》からの潤沢な電力供給を存分に利用するための機能を持ち、戦闘時には機体周囲に〝リング〟型のエネルギー増幅システムを形成して従来の吸血機ヴァルコラクスすら上回る超出力で稼働できる。


 その規格外の出力によって使用可能となるエネルギー兵器の威力、重力バリアの防御力、推進システムの速度、なにもかもが今までの吸血機ヴァルコラクスを凌駕している。


「随分と入念だな。ここまでの機体を用意する必要が、あったのか?」


 確認に、今度はなんの情報も返ってこない。

 答える意味がない質問には反応する気もないのか。


 実際、愚問ではあった。


 現実に《第三位サード》と《第四位フォース》が操る機体がアリムラックたちに敗れ、《第二位セカンド》の用意した機体が作戦を成功させたのだから。


 しかし、それでも言いたいことがなくなるわけではない。


「……浪漫ロマンがないなあ」


 ポツリと口から出た感想に、黒髪黒眼の真祖ロードが僅かに表情を変える。


 本当に些細な変化だった。

 小首をかしげる、それも数ミリ動かす程度だった。

 〝表情〟を変えたといえるかは、微妙なラインの変化だった。


 けれど、それは確実に《第二位真祖セカンド・ロード》がアリムラックに対して見せた〝反応〟だった。


「ああいや、別に君の造った機体に文句を言いたいわけではないよ? ただ少し、合理的に過ぎる気がしてね」


 相手の反応に、アリムラックはスラスラと話し始める。


 誰も『そんな話をしろ』とは言っていないのだが、自分が話したくなった以上は勝手に喋るだけだ。


「自律型の無人機体。うん、わたしだって嫌いなわけじゃない。ただ個人的には吸血機ヴァルコラクスというのは不死者ヴァタールが乗ってこそ意味があると考えていてね。まあ自分が最初に負かされたときの相手が亜祖レプリカだったから、というのがあるのかもしれないが」

『……』


 最初に数ミリの反応があっただけで、黒髪黒眼の真祖ロードは今度は少しも動くことなくアリムラックの言葉を聞いている。


 楽しそうに、自分以外の誰かについて話している《第一位真祖ファースト・ロード》のことを見ている。


「あー……結局、なにが言いたいかというと……『次に戦うときはわたしが造った機体が勝つ』ということだよ」


 マジマジと見られていることに気づいて、気恥ずかしそうにアリムラックは最後にそう言った。


 それに、《第二位真祖セカンド・ロード》はやはり反応しない。


 ただ一度だけ、先ほどまでの少女の様子を記録した映像を相手の脳内に送る。


「う……」


 それだけで、銀髪紅眼の真祖ロードもまた相手の意図を読み取る。

 言葉ではなかったが、その行為の意味することは明確に理解できた。


「『人間らしくなった』か。わたしも、そう思うよ。そうなれるように生きてきたから、嬉しくすらある」

『……』


 はにかむように微笑むアリムラックに対して、もうなにも言うべきことはなかった。


 計画を遂行する。

 速やかに〈惑星〉の改造に着手し、完了させる。


 それ以外にすべきことは、もうなにもない。


 その場から立ち去ろうとする同胞の姿に、アリムラックは最後に一言だけ声をかけた。


「君も、人間らしく生きてみる気はないのかい?」


 当然ながら、なんの返答もありはしなかった。

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