第四章【3】 回帰
§§§
〝彼〟のことを考えるときに最初に思い浮かべるのは、見渡す限りの黒い夜空。
いや、実際には違う。
再生を開始した自分の頭脳は、外界の情報を正確に捉えている。
脳以外は消滅したも同然の状態だが、それも問題ない。
数秒もすれば、全身の末端に至るまで肉体が完全修復を終える。
このままでははるか下方にある地上に墜ちるだけだが、その過程にも支障はない。
墜落のダメージなど些細なことだ。
自分がつい数秒前に味わったばかりの〝死〟に比べれば。
だから、ひたすらに考える。
〝死〟について、それをもたらした相手について。
地上に激突するまでの数十秒を使って、超人的な頭脳を利用してその何倍もの感覚の時間を消費して、ただひたすらに〝彼〟について考える。
まず、理解不能だった。
なぜ、あの
なぜ、
なぜ、歴然とした性能差があるはずの自分に対抗することができたのか。
なぜ、
理解不能、分析不能、あらゆる思考が先ほどの結果を〝ありえない〟ものとして否定する。
しかし、いくら否定しても意味がない。
〝死〟は事実であり、現実だった。
肉体が修復を完了して〝死〟がなかったことのようになったところで、理性が否定する思考そのものを否定する。
加速する思考は、やがて自分の外へと解答を求め始める。
気づけば、暗闇のなかに〝彼〟の姿を探していた。
探し出せるはずがない。
零距離で発射された〈
その衝撃に巻き込まれた以上、見える範囲に相手がいると考える方が愚かだろう。
だというのに、黒い夜空のなかに探し求める行為をやめられない。
非合理な行動に説明をつけることができないまま、ただ果てのない闇を覗き続ける。
(ああ──)
墜ちてしまう。
〝彼〟を見つけることもできず、ただ墜ちていく。
問いたい。
知りたい。
なぜ、わたしを殺すことができたのか。
(見つけ出そう──)
必ず〝彼〟に逢って、
どれだけの刻を経ることになろうとも、必ず。
それが、最初の記憶。
ただひとりの人間として生きることを決めた、とある少女の始まりだった。
§§§
名前を呼ばれた気がしたので、少女は目覚めてみることにした。
肉体の再生はとうに完了している。
演算能力を維持する頭脳にも支障はない。
気を失ってはいたが、無意識下でも可能な最低限の計算は続けていた。
外部の情報を感知する機能が低下していただけなので、目覚めてみてようやく自分が今どのような状態にあるかを実感として認識する。
拘束されている。
四肢を固定している枷は、
華奢でしかない自分の力だと、動こうとするだけでも身体の方を痛めてしまいそうだ。
別に壊れたところですぐに再生する肉体であるし、本来であれば拘束されたところで脱出する方法など幾通りもあるのだが、今回は状況が違った。
この枷は、対象の体内にある
体内で活動させるだけならば問題はないが、外部への干渉──たとえば出血と同時に周囲の物質を改造するような能力は行使できない。
そのために
ほかの機能をなにもかも放棄する代わりに、
姿勢は直立。
ただし床に立っているわけではなく、四肢を縛る枷によって宙に浮いている。
枷は小さな手と足を入念に固定しており、指一本すら動かすことができない。
身体のなかで動かすことが可能なのは、たった今開けたばかりの目蓋と眼球、それに口ぐらいのものだった。
念入りだな、と感心するように思う。
状況を理解すると、彼女は周囲を窺った。
そこは、明るくも暗くもない異質な空間だった。
無駄もなく、装飾もなく、あるとすれば完成されているがゆえの機能美だけ。
純全たる《太陽光発電衛星》というシステムを成立させるためだけの構造。
その巨大さに反して無駄なものは介入する余地すらない、究極のエネルギー生成場。
アリムラックの目の前に広がるのは、果てしなく続く〝帯〟の内部だった。
(──戻ってきた)
あるいは、戻ってきてしまった。
戻ってくる気はなかったというのに。
感慨に浸りそうになるものの、それは後回しにするべきようだ。
「思っていたより優しいんだな」
口枷すらされていない自由な口で、声をかける。
目隠しすらされていない自由な目で、枷を制御している張本人を見る。
モノクロの鏡に映り込んだかのように自分によく似た相手が、そこにいた。
黒髪をさらに濡らして染め上げたみたいに艶めく髪色。
なんの感情も籠められていない光のない虹彩。
ただ白く白く、ヒトの形をしているだけの作り物めいた生気のない白い肌。
アリムラック・ヴラムスタインとは似て非なる、対照的なまでの姿。
そんな身体をなにも身に着けることなく曝け出している。
元々、
肉体の管理を体内の
そこに意味を見出さないのであれば、服を着る必然性はない。
本来あるべきままの姿を維持した第二の
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