第三章【10】 漆黒
「ハ──」
自分から見ても気づけば手にしていた二振りの武器に、ラルゴは渇いた笑いを漏らす。
意図したつもりはなかった。
ただ今の戦況、周囲の状況から『欲しい』と思った武器を頭のなかでイメージしただけのことだった。
たったそれだけのことで、思い浮かべたものとまったく同じ形をした
ラルゴの思念を読み取った
「勝手に出て来てんじゃねーよ!」
愉快ですらある気持ちで叫んで、彼は新たな武器を振るった。
手に持った感覚すら、ラルゴがイメージした重さと同じだった。
サイズからすれば軽すぎるほどの、けれど打撃武器としては充分な威力を発揮する質量感。
まるで生まれたときから使い続けてきたかのように、手に馴染む。
自分という人間が使うためだけに作られたかのように、漆黒の
そこからの戦場は、余人には理解のおよばないものだった。
どれだけの攻防があり、どれだけのダメージが互いに発生したのか。
それでも、当事者である
ただの一度も、ただの少しも、誰ひとりとしてラルゴという人間に一撃すら与えられていないという厳然たる事実が、あった。
眼前まで迫り、あと僅かに進むだけで脳髄を貫くはずだった鋭利な先端を、ラルゴは
視認すらできない必殺の一撃を勘と予測だけで防いで、続く攻撃に対応する。
立ちどまることはない。
常に疾走するか細かく跳躍を繰り返すことで移動し続け、見えざる狙撃手からの銃撃を回避する。
ニードル弾の雨を躱すと同時に振るわれた
衝撃に砂埃が一瞬掻き消え、その先にあった岩山がなにかにぶつかられたように砕け散る。
何人の敵をそうやって殴打して、そのうちの何人を制圧できたのか。
ゼロ人だ──戦闘の最中にある思考で、ラルゴは冷静に判断する。
何度殴り飛ばして地面に叩きつけようとも、周囲にある敵の数が減る気配はまるでない。
どれだけ痛烈な一撃を加えたところで、結局のところラルゴの繰り出す攻撃は敵の
ただ吹き飛ばし、地面に激突させて僅かに時間を稼いでいるだけだ。
それでもなお、勢いを失うことなく攻め続けてくる
損傷を顧みることなく戦い続ける亡者の群れのようですらあった。
誰ひとりとして声をあげることもせず、ただ淡々と敵を排除するために動く死者の群体。
「──ああ、そうか。痛みも恐怖もないんだったな」
そこで、ようやく思い出す。
この戦場に臨む前、《バーネイル》が待機していた浜辺への移動の最中に、アリムラックから説明されていたのだった。
この
今の〝彼ら〟からは、苦痛を苦痛と感じる機能すら排除されていた。
肉体が感じる痛みは単なる『痛い』という信号であり、それに対してなにかを思うことはない。
精神状態としては極めて
そうであるように〝彼ら〟自身が望み、〝彼ら〟を使役する立場にある
恐怖を抱くこともない、ただ外部からの命令に従うだけの、操り人形のような在り方だ。
「いいだろう──忘れたというのなら、思い出させてくれる」
我知らず、そう宣言する。
今まで口にしたことのない台詞であるはずなのに、妙に馴染み深い言葉だった。
肉体という機構のなかで、ラルゴという人間を構成する歯車が組み替わる。
ひとつの戦闘機械として自分が完成していく感覚がある。
そうなることが正常であるかのように、彼はみずからの変化を受け入れた。
頭の片隅にあった戦うことへの喜悦が消える。
ただでさえ最適化しつつあった思惟が加速して一切の無駄を削ぎ落としていく。
ツイ、と片腕に握った
ほんの僅かな、一瞬の動作だった。
先端を直上まで持ち上げた次の瞬間、全身全霊の全力で
物理法則すら無視するかのような、激烈な衝撃が発生した。
地表が切り裂かれ、ラルゴを中心に無数の亀裂が地割れのごとく走る。
粉々になった岩や石がぶつかり合い、即席の散弾と化して周囲を襲った。
足下から地面が崩れ去ったと錯覚するほどの、圧倒的な衝撃だった。
視界が大きく揺さぶられ、同時に大量発生した飛礫と砂塵に
だが問題ない。
地上で敵をロストしたとしても、上空の〝帯〟からの観測には少しの支障もない。
現に戦闘開始から今まで、《衛星》はただの一度も見失うことなくラルゴを監視していた。
この瞬間ですら、超高性能の光学センサーは捕捉した敵の座標を地上の部隊に送り続けていた。
局所的な地響きがやまぬなか、位置情報とともに命令を受けた
ラルゴもまた、敵の動きがすべて視えていた。
周囲に舞う砂塵の流れ、飛び散った瓦礫の反射、戦場一帯に広がった衝撃そのものを利用して敵の数と位置を今度こそ完全に把握する。
極限まで研ぎ澄まされた男の感覚は、野生動物が行う
すべての敵の位置が、距離、方向、今この瞬間にどのような動作をしようとしているかも含めて手に取るように理解できる。
目前まで迫った相手が突撃してくる様も、背後の岩陰に立つ相手が撃ってこようとしている様子も、なにもかもわかる。
ならば、あとは肉体を駆り立てるだけだった。
眼前の、けれど見えないままの敵をこちらに突き出した鋭利な刀身ごと打ち払う。
残った片腕に持つ
バキ、という音と、ゴシャ、という音が同時に前と後ろで鳴った。
空になった腕に新たな
気づけば純黒の
戦闘行為を滞りなく続行できるのであれば、気にする必要もなかった。
残り三回。
冷静に、この戦いに決着をつけるために必要な回数を算出する。
条件はすでに整っている。
敵の配置にも問題はない。
砂塵を掻き分け飛来した針の弾幕を躱す。
跳んだ先に向けて二本の
着地とともに片方の
強烈な衝撃がまたも発生し、土色の散弾が周囲に飛び散る。
一度目に刻まれた亀裂と二度目に刻まれた亀裂が、複雑に交差し合う。
──残り、二回。
ザワリ、と周囲の空気が変化するのをラルゴは砂塵ごしに感じ取った。
バレたか。
想定より早い。
とはいえ、この
目的を悟らせないようにしているならまだしも、これだけ派手に動けばすぐに感づかれるのは道理である。
納得しながら移動を続け、次のポイントまで急行する。
邪魔をするように突撃と弾幕が肉薄してくるものの、そのすべてを蹴散らして目的の場所に到達する。
そして、
三度目の衝撃。
ピシリ、とどこか遠くで地形の軋む音がする。
──残り、一回。
戦場に蔓延するように広がる土煙は、
あらゆる機能、あらゆる武装の制限が取り払われ、ただ敵を抹殺することだけを目的に作り変えられる。
〈
姿を現した純白の全身鎧の、そのすべてが異形のごとく人型を逸脱しようとしていた。
腕や肩、前面に対して展開できる箇所に余さず銃身が形成されている。
装着者への負担も無視した、それは〝必殺〟を手段にして目的とした形態だった。
無線電力供給もフル稼働。
実弾ではなくエネルギー弾の掃射をもって標的を捉え、その目的を阻まねばならない。
収束されたレーザー光が一斉に発射され、純黒の全身鎧を──
「遅い」
呟いて、ラルゴは最後の一撃を繰り出した。
もう防御行動をする必要もない。
両腕を空に掲げ、二本の
──残り、ゼロ。
もはや、それは衝撃などではなかった。
散々に痛めつけられた大地が、憤怒するように根底から崩れ出す。
数え切れぬほどの亀裂が地面に、周囲に聳え立つ岩山にすら及んでいく。
形成された無数の銃身から光線が放たれるよりも早く。
間に合わなかったことを悟った
崩壊し、
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