第三章【8】 豹変

 流線形の装甲を纏っていた時に比べれば、針のようですらある細長いフォルム。


 およそ半分以下の全長にまで縮んだ、過剰なまでに軽量化されたボディ。


 必要最低限の霊血のみで構成された、吸血機ヴァルコラクス《バーネイル》の〝本体〟が真祖ロードたちの前に出現する。


 周囲に散った幾兆の数の霊血アムリタは、すでに〝装甲はだ〟としての役割を放棄していた。

 防御のための装備ではなく、攻撃のための機能へと完全に変化している。


 全身を覆っていた装甲すべてを六七二個の兵装に変貌させ、白金色の吸血機ヴァルコラクスが動く。


《超重力防壁装甲》完全停止、《重力波式誘導端末》完全起動。


収束光子砲リーサル〉〈荷電粒子砲エルシトラップ〉〈電磁投射砲ニューグライアー〉、全兵装オールグリーン。


 攻撃開始──


 暴風あらしが、巻き起こった。


 レーザーの雨が、ビームの風が、プラズマと化した弾体が一斉に二体の吸血機ヴァルコラクスへと飛来する。


『『────』』


 回避機動を開始、同時に着弾予測を行い装甲表面の重力バリアを強化する。


 膨大な熱量と衝撃が、二体の〝装甲〟に浴びせられた。


 空中を乱舞する端末砲の動きは、デタラメのようですべてが計算されたものだった。


 躱した。

 防いだ。


 それでもなお尋常ではない量のダメージが両機を蝕む。


吸血ドレイン〉システムを全稼働させエネルギー兵器の熱量を機体に吸収、連続する攻撃すべてを中和することで無効化する。


 だが、間断なく行われる砲撃の数は異常だ。


 緻密に計算されたタイミングと射線で二体の動きを誘導し、収束されたレーザー光と荷電粒子を確実に着弾させる。


 ありえない。

 このエネルギー量はありえない。


《バーネイル》がこちらの攻撃をすべて《超重力防壁装甲》を利用して吸収していたのは把握している。


 だとしても、これらの攻撃を行うことは計算上不可能だ。


 電力の無線供給もなしにこんな攻撃を続けていれば、いずれ機体を維持するためのエネルギーすらなくなって──


 そこまで思考して、二体の真祖ロードは同じ解答に行き着いた。


 今の《バーネイル》は、


 攻撃することだけにすべてのリソースを費やし、それ以外のなにもかもを放棄している。


 白金色の本体を観測すれば、機体表面の〈重力子制御ノーティヴァルグ〉は飛行を維持するための最低限の出力しか発揮されていない。


 この状態では、たった一度攻撃を受けただけでも損傷を免れない。


『《第五位フィフス》、貴様──』

『ハ────』


 呼びかけて、二体の真祖ロードはその〝声〟を聞いた。


 出所を確認するまでもない。

 間違いなく眼前の白金色の機体から発せられたものだ。


 だが、その〝声〟の意味するところがわからない。


 今の情報は何だ。

 何を意味する言葉だ。


 意味を伴わない言葉が存在するということを、《第三位真祖サード・ロード》と《第四位真祖フォース・ロード》はらなかった。


 ただ自身の感情を表すための言葉が存在するということを、彼らは理解していなかった。




『ハ──ハハ、ハハハハハハハハハハハハッ‼』




 哄笑という名の異音ノイズが通信を埋め尽くす。

 理解の及ばないその現象に二体の真祖ロードは戦慄した。


『ハハハハハハッ‼ いいねえ、こうでなきゃな! 戦いは気持ちよくなくっちゃなあ‼』

『貴様──』

『貴様は、なんだ』


 今や得体の知れない存在となった、かつての同胞に問う。


 こんなものは知らない。

 こんなバカげた在り方は識らない。


 知識になく、理解できないのであれば、問わねばならない。


『あん? 分かり切ったことを訊くんじゃねーよ。は《第五位真祖フィフス・ロード》エンヴァー・クスウェル様に決まってるだろうが!』


 つまらないことを尋ねるな、と第五の真祖ロードは自らが操る機体のエネルギーを総動員させる。


 口調すら──いや、寡黙な性格すら豹変させてエンヴァーは《バーネイル》を駆り立てた。


 同時に、空中を飛び回る端末砲を再び一斉に発射させる。


 それは相手を燃やし尽くすよりも自身が燃え尽きるような、苛烈な戦い方だった。


 優先事項が違うのだ。


 今のエンヴァーは、敵を倒すことを最終目的としていない。

 結果として行き着けばいいだけで、そのための手段こそが目的となっている。


 すなわち、今はひたすらにこの戦いを愉しむだけ。


 最後まで絶え間なく相手が攻撃を続けてくれるのであれば、それでもよかった。


 だが、《第三位サード》と《第四位フォース》は一瞬に近い時間とはいえ攻撃を怠った。

 そうすることが合理的な判断として、攻撃の手を完全に緩めた。


 折角、ところで、だ。


 度しがたい欲求不満であった。

 あんな中途半端な状態で緩められては困る。

 自分はまだまだ満足していなかったのだから。


 満足していないのであれば──満足できるように、自身を組み替えるだけのこと。


 受動的な状態から能動的な状態へ。

 な嗜好からな嗜好へ。


 そうすれば、おのずと愉悦が生じる。


《快楽主義》。


 それが、エンヴァー・クスウェルという不死者ヴァタールを端的に表す言葉だった。


 しかし対峙する二体の真祖ロードたちにとって、それは認識の埒外にある理解しがたい思考だった。


 到底、理解できようはずもない。

 合理的な判断こそを価値基準とする彼らに、ここまで極端に偏った嗜好を理解しろという方が無理である。


 だからこそ、彼らは問うのではなく、ただ単純に異端となった同胞を討つべきだった。


 理解できないことを理解しようとする。

 戦場において、これほど場違いな行為も存在しまい。


 レーザーの雨が二体の吸血機ヴァルコラクスの〝装甲はだ〟をく。


 灼熱する機体をさらに虐め尽くそうと、ビームの奔流が嵐のごとく攻め立てる。


 それぞれが〈収束光子砲リーサル〉および〈荷電粒子砲エルシトラップ〉として機能する端末砲は、全方位から二機を蹂躙する。


 エネルギー弾の暴風を回避しようとすれば、杭のごとく発射された超高速の弾体が機体をその場に縫い留めるかのように襲い来る。


 すでに空中で〈電磁投射砲ニューグライアー〉の砲弾としての形成を終えている端末は、本体である《バーネイル》に装填されると同時に発射され、強烈な一撃と化した。


 重力バリアの出力に集中しなければ凌げる数と威力の攻撃ではなかった。


 反撃すら許さぬ猛攻に、二体の吸血機ヴァルコラクスは徐々にアリムラックがいる浜辺からもさらに遠ざかる。


 しかし標的との距離は問題ではない。

 防戦を強いられている状況もまた極論、問題ではない。


 最大の問題は、エンヴァー・クスウェルという名を持つ瑕疵バグの権化。

 これを排除しない限り、二体の真祖ロードは状況を制することが叶わない。


 ならば、と《第三位真祖サード・ロード》の頭脳は自身が果たすべき役割を即答する。


 計画を妨害する演算の中心は《第一位真祖ファースト・ロード》。


 しかし今この瞬間、正しき真祖ロードとして排除すべきは《第五位真祖フィフス・ロード》に他ならない。


『反撃する。支援を要請する、《第四位フォース》』

『──承知した』


 戦闘中の通信ゆえか、僅かなタイムラグのあとに《第三位真祖サード・ロード》の声に同胞は応じた。


重力子制御ノーティヴァルグ〉出力上昇。


 回避せずとも《バーネイル》の猛攻に耐えうるだけの重力バリアを発生させ、《第三位サード》の操る吸血機ヴァルコラクスが機動する。


『させるかよッ!』


 逆襲を予知したエンヴァーが即座に〈電磁投射砲ニューグライアー〉を撃ち放つも、同じく予測した《第四位フォース》の機体が弾体を受けとめる。


 その間隙かんげきを縫って、《バーネイル》の至近距離まで急接近する。


収束光子砲リーサル〉装填完了。

 最低限の装甲すら脱ぎ捨てた敵機に、この一撃を防ぐ手段はない。


 高出力のレーザー弾が発射され、華奢ですらある機体の表面に迫る、瞬間、


《バーネイル》は、本体に残されていたほぼすべての動力を周囲の端末砲へと吐き出した。


 同時に〈吸血ドレイン〉システム全稼働。


 装甲を蝕むレーザー光を完全解析し、機体全体への分散と熱量の中和を全力で実行する。


 赤熱し、溶解の寸前まで追い込まれた装甲は、しかし崩壊直前の状態で難を逃れた。


 その神業じみた一度きりの奇跡を目の当たりにして、《第三位サード》は驚愕する。


 のだ。


 白金色の吸血機ヴァルコラクスは、自身を破壊するはずだった強力なエネルギー弾を機体の動力へと瞬時に変換したのだ。


 こちらの攻撃に対抗策として、考慮しなかった方法ではない。


 だがあまりに成功率の低い選択であったがために、実際に行われることなどないと捨て置いた手段だった。


 そこまで捨て身の方策を取る理由など、真祖ロードであるならないはずだったからだ。


第三位サード》が操る機体の周囲に浮かぶ、すべての端末砲が口をこちらに向けていた。


 発射されるエネルギー量に関して憂慮する必要すらない。


 直前に本体から供給された膨大な動力は、敵機を完全破壊するに充分な威力を持っていた。


 回避行動と重力バリアの出力上昇を同時に行うも、決して間に合わないこともまた、計算できてしまっていた。


 そして次の瞬間、を、《第三位サード》は目撃した。


『な──』


 衝撃に揺らぐ機体を制動しながら、言葉を失う《第三位サード》。


 なにが起こったのかのは瞭然だった。


 被弾の直前、横から飛来した機体に体当たりをされて、自分は必殺の攻撃から逃れることができたのだ。


 嵐のごとく苛烈なエネルギー弾の奔流に晒され、《第四位真祖フォース・ロード》が操る機体は完全に崩壊しようとしていた。


吸血ドレイン〉システムの演算も間に合わない。


 装甲を蝕む熱量を無効化できず、霊血アムリタそのものが破壊されて崩れ行く。


 あらゆる機能を完全に停止させ、同胞を抱えたままの機体は眼下に広がる海へとなす術なく墜ちて行った。


『《第四位フォース》──』


 すがるように発せられた声に、応答はない。


 それほどのダメージを負ったということだ。


 事実上〝死〟の概念を持たない真祖ロードとはいえ、再生に支障を来たす状態まで追い込まれれば復活まで時間を要する。


 死ぬことはなくとも、無力化されることはありえてしまう。


 自分を庇って、そうなった。


 そこに情があったわけではない。


 あの真祖ロード真祖ロードで、そうすることが最善の選択と判断してそうしただけのことだ。


 その行為に、その犠牲に、思うことなどなにもないはずだというのに──


『ボウッとしてんじゃねーよコノヤロウ!』

『……!』


 僅かに生じた思考の空白を突くかのように、エンヴァーは残る《第三位サード》を容赦なく追撃する。


もはやエネルギー残量に余裕などないが、尽きる前に相手を墜とせば済む話だと加減せずにすべての端末砲を発射させる。


 機体全体に重力バリアを纏わせることで凌ぐ《第三位サード》だが、集中する攻撃に対してほんの僅かに演算が間に合わない。


 装甲表面に蓄積する熱量を中和できず、確実に負荷を募らせる。


 これが、《第一位真祖ファースト・ロード》が言っていた敗北なのか。


 だというなら、なぜ敗ける。

 なぜ自分たちは敗北する。

 どこで何を間違ったというのか。


 否、否、否否否否、今はただ、


『負ける──』


 が何であるのかは、理解できない。

 今は理解する必要性すら感じられない。

 今はただ、芽生えた衝動のままに機体をはしらせる。


『負ける、ものかッ──‼』


 えた。

 迸るものに任せるまま、演算を暴走させ爆発させる。


『ハ──』


 口角を吊り上げるように、エンヴァーもまた感情を演算した。

 嬉しい、楽しい、気持ちがいい。

 脳内麻薬を過剰分泌させるにも等しい激しさで、あらゆる感情をシミュレートする。


『そうだ、そうだ、そう来なくっちゃ面白くねーもんなあ!』

『黙れッ!』


 神経を逆撫でされる感覚に、もはや冷静さも失って《第三位サード》は怒声をあげた。


 機体の出力をすべて前面に展開。

 同時に生成できるだけの砲身と前方への推力を発生させ、突貫した。


 今度こそ、直撃させる。


 一撃で通らないのであれば、ありったけのエネルギー弾を同時着弾させて敵機を破壊する。


 放出する熱量を零距離から、少しも減衰させずに喰らわせる。


 喰らわせた上で飽和させてくれる。

 《第四位フォース》にしたことと、同じ末路をたどるがいい。


 互いの間合いへと一瞬で飛び込んで、二体の吸血機ヴァルコラクスは搭載した全兵装を稼働させる。


 だが、結末は両者の予期せぬ形で訪れた。


『『──⁉』』


 異変にふたりの真祖ロードはともに驚愕するも、既に入力された命令は制止も叶わず実行される。


《バーネイル》が発射したすべての砲撃が、《第三位真祖サード・ロード》の乗る機体を捉えていた。


 一方的な蹂躙だった。

 着弾したエネルギーを中和することもできない。

 すべての攻撃が容赦なく機体を破壊した。


 不可思議な決着の原因は、《第三位サード》を襲った不調だった。


 激突の直前、機体に供給されていた無尽蔵のエネルギーが断ち切られたのだ。


 その結果、重力バリアの出力を低下せざるを得なくなった機体は《バーネイル》との衝突に打ち負けた。


 生成した大量の砲門は、撃ち放つためのエネルギーを失って発射することすらできなかった。


 その理由に、なぜだ、とは言葉にして疑問に思うまでもない。


『──ああ、そうか』


 失意の底で、《第三位真祖サード・ロード》は得心する。


 今の自分が、激情に駆られ己を見失った今の自分の状態こそが、嫌悪していた彼女たちと同じなのだと。


 そんな自分が真祖ロードとして戦う資格はない、と判断されたのだ。


 けれど、その事実に対して後悔と呼べるものはあまりない。


 今この瞬間、自分の中にあるもっとも強い感情は、


『勝ちた、かったな──』


 届かなかった勝利に手を伸ばすかのように呟いて、第三の真祖ロードははるか眼下の海へと墜ちた。

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