第三章【7】 攻防



          §§§



 二体の吸血機ヴァルコラクスが音もなく、超高速で飛行する。


 無音にして縦横無尽の動きだった。


 音と風を置き去りにして激烈な風圧を後方に撒き散らしながら前進する機体の速度は、まさしく〝殺人的〟の一言に尽きた。


 通常の有人機に可能な機動ではない。

 無人機であろうとも、霊血で機体を構成されていなければ空中分解を覚悟で実行しなければならない機動である。


 二体の吸血機がそのような動きを可能とする理由は、ひとつだけ。


 それを操るのが、不死者ヴァタールの完成形〈真祖ロード〉であるが故だ。


 そもそも吸血機ヴァルコラクスというマシーンを操縦するには、超人的なまでに高度な情報処理能力が必要となる。


 不死者ヴァタール体内の霊血と同調するという操作システム上、確かに理論上は亜祖レプリカにも吸血機ヴァルコラクスを操縦しようとすることは可能ではある。


 しかし吸血機ヴァルコラクスというシステムに接続した瞬間、その膨大な情報量を処理し切れずに亜祖レプリカの脳細胞は破壊される。


 不死身の再生能力を持つ人間であろうとも、吸血機ヴァルコラクスというテクノロジーの結晶を単身で制御することは不可能なのだ。


 だが、真祖ロードにとって〝死〟は〝死〟ですらない。

 単なる肉体の状態に過ぎない。


 完全に肉体が死亡するよりも早くあらゆる損傷が再生するのだから、〝死〟はないに等しい。


 真祖ロードにとって、吸血機ヴァルコラクスを操作することは自らに可能な機能のひとつなのだ。


 行使するのに意志も覚悟も必要とすらしない。

 ただ当然のように、当然の能力として機能させるだけ。


 その一環として、二体の真祖ロードは今までの戦局を冷静に分析する。


荷電粒子砲エルシトラップ〉二八三発、〈電磁投射砲ニューグライアー〉一九五発。


 それが、二体の吸血機ヴァルコラクスが立て続けに発射した砲撃の数であり、《バーネイル》が耐え抜いた攻撃の回数だった。


 依然として目標は健在。超高速で機動しながら砲撃を行っていた二機は、標的を〝目視〟すると同時に攻撃を中断した。


 一〇〇キロの彼方にある標的を超感度の光学センサーで直接視認。

 《衛星》から送られた座標とも一致。

 光学的な処理も施されていない、間違いなく標的の姿そのものである。


 砲撃の中断は、反撃に備えてのことだった。


 エネルギー量の問題から攻撃手段が限られているだろう敵機とはいえ、この距離まで接近したのなら何らかの方法で迎撃してくる可能性は充分にある。


 だが、白金色の吸血機ヴァルコラクスは少しも動く気配がない。


第一位真祖ファースト・ロード》の防衛に専念しているのか。


 だとすれば愚かな選択である。

 なんの妨害もないのであれば、こちらはひたすらに距離を詰めるだけだ。


 機体を直進最速形態に移行、同時に〈収束光子砲リーサル〉の装填を開始。


 高出力のレーザー光を発射する〈収束光子砲リーサル〉は、吸血機ヴァルコラクスが使用できる兵装の中でも最速にして最大の威力を持つ兵器である。


 光の性質上、直射照準が前提となるものの発射と同時に標的に命中し、着弾地点を絶大なまでの熱量でピンポイントに破壊する。


 高性能な光学センサーを搭載する吸血鬼が使用すれば、それはどれほど遠方にある標的であろうと直接〝目視〟して射抜くことが可能な必殺の兵器となる。


 二機で標的を至近距離で包囲、別方向からの同時攻撃により確実に──


『ああ、いけない。悪手だ、それは』


〝声〟が聞こえた。


 脳波を用いて発せられた、無音の〝声〟。


 コンマ秒以下の時間の中で刻まれる、膨大な情報処理の世界における発言。


 真祖ロードだけが可能とする、思念伝達による距離を無視した通信である。


『どういう意味だ、《第一位ファースト》』


〝声〟に対して、二体の真祖ロードの内の一方が応答する。


『その呼び方はやめてくれ。君たちに付けたように、わたしにはわたしの名前がある』

『そんなもの、ただの記号だ』


 もう一方の真祖ロードもまた、かつての同胞の〝声〟に対して冷淡に指摘する。


 なんという無駄な情報の伝達だろう。


 無駄な事柄に対する、肯定と否定の応酬。

 交わす必要すらないリソースの浪費。


『その言い方だとわたしが付けた名前も使っていないな。まあいい、なら君たちの流儀に倣って忠告させてもらおう。──《第三位サード》《第四位フォース》、敗北したくないのであれば今すぐ攻撃を再開することだ』


 絶句する。

 理解ができない。

 この同胞は、なにを言っているのか。


『《第二位セカンド》は正しかった。貴様は本当に壊れたのだな、《第一位ファースト》』

『壊れた、か。あの合理主義者が言いそうなことだ。生憎とこれが今のわたしの〝正常〟だ』

『ならば、今度こそ破壊してくれる』


 宣告して、通信を遮断しようとする二体の真祖ロード

 実際には一秒も経過していない時間の中で行われた情報の応酬だが、リソースとして無駄なものは無駄だ。


『ふむ。意味はないと思っていたが、実際に聞き入れてもらえないと虚しさが募るな。貴重な経験をさせてもらった』


 懲りもせずに一方的に情報を送ってくる。

 だが、もはや耳を傾ける必要性すらない。

 二体の真祖ロードは少女の〝声〟を聞き流そうとして、


『では、こちらもお返しをするとしよう。──敗北を経験してみるといい』


 同時に、白金色の吸血機ヴァルコラクスが動いた。


 バカな、と慮外の展開に二体の真祖ロードは失望にも似た感覚をシミュレートする。


 吸血機ヴァルコラクス《バーネイル》は、《第一位ファースト》の防衛という役割を棄て反撃に打って出たのだ。


 この状況で攻撃手段があるのか。

 いや、あったとしても関係がない。


 二体の吸血機ヴァルコラクス、そのいずれかが突破すればそれだけで《第一位ファースト》の命運は尽きるのだ。


 いかなる戦術計算を行ったとしても、今この場で単騎突撃してくるメリットなどあるはずがない。


『《第五位フィフス》の相手は自分がする』

『では自分が《第一位ファースト》を排除する』


 一瞬より短い通信で役割分担を完了し、迎撃行為に移る。


 すでに〈収束光子砲リーサル〉の有効射程範囲内だが、《バーネイル》の《超重力防御装甲》の性能が想定以上である故に無駄な消費はしない。


 そもそも敵機の破壊が勝利条件でないのだから、重力バリアを攻略する必要もない。


 分厚い円盤のごときフォルムの吸血機ヴァルコラクスは、その巨体を少しも感じさせない速度で飛来する。


 しかし本来、吸血機ヴァルコラクスにそれほどの質量は必要でない。


 確かに大質量の霊血で構成された装甲強度と重力バリアの出力は感嘆に値するところがあるが、防御性能に特出しすぎている。


 


 無線電力供給を受けることができないゆえの工夫なのだろうが、同胞を裏切り対立してまですることでは到底ありえない。


 やはり《第五位真祖フィフス・ロード》もまた壊れている。

 真祖ロード本来の在り方からは考えられない瑕疵バグだった。


 さらに敵機接近、攻撃に備えてこちらも重力バリアの調整を──


 白金色の機体が、


『『──‼』』


 驚愕は同時、それに対する行動もまた同時。


 中空に四散した装甲のすべてを仔細に観測する。


 それらひとつひとつが形状を変え、一個一個が破壊力を伴う兵装に変化したことを瞬時に知覚する。


 その中心に、細く矮躯のような姿となった白金色の機体があった。

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