第三章【6】 強襲



          §§§



 製造開始──────────製造完了。


 機体の生成には、一秒ほどの時間も必要としない。


 すでに存在する幾兆の数の極小機械を、霊血アムリタを集結させて目的に応じた用途に形作るだけ。


 互いに結合し、ナノサイズの強度で結びついた霊血アムリタは、今この瞬間に完成したにも関わらず何百年も前からそうであったかのような自然さを保っていた。


 元より、そうであるもの。

 一にして全であり、全にして一である物質。


 ゆえに、機体が形成された経過はその完成度にはなんの影響もない。


 だが内包するエネルギー量については別の問題だ。

 完成した直後の機体には、まだ動力と呼べるほどのエネルギーすら宿っていない。


 その問題も、次の瞬間には解決する。


〝帯〟が生成した無尽蔵ともいえる電力──太陽光を利用して生み出された膨大なエネルギーが、完成したばかりの機体に供給される。


 すべての機能が、すべての武装が、万全の状態で起動する。


 そうして、完成直後の機体は即座に〝帯〟から解き放たれた。


 低軌道から一気に、最短のルートで地上へと降下を開始する。


 大気圏突入に伴い空力加熱が生じて数千度の高温に晒されるも、霊血アムリタで構成された機体はその熱量すら動力へと変換して突入速度をさらに上げた。


 そして、何事もなく成層圏へと進入したその吸血機ヴァルコラクスは、〝一〟の状態から〝二〟の状態へと機体を速やかに分離させた。


 一にして、全。

 ならば、一体から二体に変わることなど大した変化ではない。


 先ほどまでの状態は、単純に『地上に降下するのであれば一体である方が効率的だから』という理由によるものに過ぎなかった。


 ここから先は、目的が変わる。

 ならば、その目的に応じた形態に機体を変化させることもまた、当然のこと。


 二体の吸血機ヴァルコラクスは、その形状を瞬時に〝戦闘〟に特化した状態へと転じさせる。


 超高速飛行、超高速戦闘を可能とする、ひたすらに〝闘争〟に特化した形態へと。


 幅広の外観は旧時代の戦闘機ファイターを思わせるが、その出力は比ぶべくもないほどに隔たっていた。

 全方位に展開可能な推力も、内包する兵装の威力も、すべてが別次元の領域にある。


 この瞬間、二体の吸血機ヴァルコラクスは間違いなく『〈惑星〉の歴史上もっとも強力な兵器』へとみずから変化したのだった。


 変形した二機は、その性能を存分に発揮して目的地へと急行する。


 かつての同胞を、今は裏切り者となった者たちを、排除するために。



          §§§



 エンヴァー・クスウェルが、吸血機ヴァルコラクス《バーネイル》へと乗り込む。


〝乗り込む〟という表現が正しいのかどうかは、ラルゴにはわからなかった。


 なぜなら金髪金眼の真祖ロードは、〝放り投げられる〟という形で中空に浮かぶ機体に飛び込んだからだった。


 小さな身体が、放物線を描きながら白金色の吸血機ヴァルコラクスの直上を舞う。


 イース・セルビトールの投擲は精確だった。

 命令された通りに、エンヴァーを《バーネイル》目掛けて投げてみせた。


 命令されたからって子どもを投げるんじゃねえよ──思わずそう言いかけるも、次の瞬間に起こったの光景に、ラルゴは発声することすら忘れた。


 まず、エンヴァーの身体が白金色の機体のなかへと音もなく消えた。


 目で追っていて、なお理解しがたい光景だった。


 白金色に輝く装甲の表面に触れた瞬間、小さな身体は初めからそうであったかのように機体と一体化していた。


 正確には、ナノマシンで構成された機体が搭乗者を乗り込ませるため、その構造を瞬時に変化させただけのことだった。

 装甲の一部を瞬間的に展開しパイロットを収容、コクピット・ブロックを形成して完全起動状態へと移行する。


 傍目で見ていただけのラルゴには、まるで理解できないプロセスだった。


 そして、エンヴァーが《バーネイル》に搭乗した瞬間、その〝攻撃〟は飛来した。


 ──広大な浜辺の中の一角を狙い撃つ、の一撃。


 少しのズレもなく標的を照準した、超遠距離からの砲撃だった。

 水平線の向こう側、視認すら不可能な距離から放たれた一撃である。


 それは、荷電した粒子を加速器によって発射する、〈荷電粒子砲エルシトラップ〉と呼ばれる兵器だった。


 有り体にいえば一種のビーム兵器である。


 荷電粒子を直進させるのに莫大な電力こそ必要となるも、亜光速で撃ち出された粒子は絶大なまでの熱量によって標的を消滅させる。


 僅かに質量を持たせることで、発射された荷電粒子の弾道は微かに放物線を描いていた。

 通常であれば直進する粒子が、質量を有することで重力の影響を受けた結果だ。


 超高速で飛行する機体から放たれた一撃でありながら、その照準は精確に標的を捉えていた。


 質量調整による弾道の誘導も問題ない。

 精密に、正確に、水平線越しの間接射撃を成功させる。


 有効射程限界の距離から撃ち放たれた超高熱の荷電粒子が、アリムラック・ヴラムスタインを狙い撃つ──。


 白金色の吸血機が、空を走った。


 防衛対象の被照準より一瞬早く、機動開始。


重力子制御ノーティヴァルグ〉によって重量を軽減させた機体を駆り立て、敵機と少女を結ぶ〝線〟に自身を滑り込ませる。


 無音の機動。


 浮かぶ《バーネイル》の真下にあった砂礫が衝撃波によって一瞬遅れて舞い上がり──直後に発生した膨大な熱に、溶けた。


「ぐっ……⁉」


 閃光に白む視界に、ラルゴは呻き声をあげる。


 それでも、目も眩むような光量に視界を覆うことはせずに、彼は前を向く。


 銀髪紅眼の少女を護るように、白金色の機体が彼女の前に佇んでいた。


 いや、実際に護ってみせたのだ。


《バーネイル》の後方、アリムラックを抱えたままのラルゴが立つ場所が無事であるのと対照的に、機体の前方は無残な光景となっていた。


 あらゆるものが溶け、吹き飛び、惨状を晒している。


 これが、吸血機ヴァルコラクスによる攻撃。

 これが、吸血機ヴァルコラクスによる防御。


 どちらも規格外の動きだった。


 砲撃そのものを感知することは、ラルゴにすら不可能だった。

 空中を飛んだ《バーネイル》の機動、その残像をかろうじて目で追うのがやっとだった。


 当然ながら、敵の攻撃は一度では終わらなかった。

 新たに発射された荷電粒子の奔流が、浜辺を容赦なくく。


 飛来した砲撃を、《バーネイル》は装甲を展開することで受け切っている。


 まるで〝花〟が咲くようですらある光景だった。


 厚みのある無機質な機体の表層が自在に変形する。

 超硬質の装甲は、その硬度をまるで感じさせないほどスムーズに変化し続けた。


 前面からの攻撃を防御することに集中して、白金色の機体は能力を全開させる。


「さらに被照準感知。〈電磁投射砲ニューグライアー〉──来るぞ」

『りょーかい』


 アリムラックが告げ、エンヴァーが応える。

 《バーネイル》の構造がさらに滑らかに変化する。


 直後に飛来したのは、一本の〝杭〟。


 少なくとも、ラルゴの目にはそのように見えた。


 膨大なエネルギーを利用して発生させた電磁力によって超高速で発射され、標的を破壊するためだけに突進する〝杭〟。

 無論、直撃すれば人間の身体など貫通するよりも先に消滅させる威力を秘めた〝杭〟。


 荷電粒子の弾道とは異なる方角から迫った弾体を、《バーネイル》は正面から受けとめた。


 ギイィィィィンという聞いたこともない金属の衝突音が鳴り響き、白金色の機体が僅かにされる。


 運動エネルギーを失うまでひたすらに突貫するだけの〝杭〟は、被弾箇所に尋常ではない負荷をもたらし防御リソースを削ろうとする。


「続けて被照準。〈荷電粒子砲エルシトラップ〉〈電磁投射砲ニューグライアー〉──同時だ」

『りょーかい』


 少女たちの声に、焦燥はない。


 ただ平淡に、冷静に、立て続く攻撃に対応している。


 超高速かつ超威力の砲撃が、再び彼女たちを襲う。


 しかし、《バーネイル》はそのいずれをも完全に防ぎ切っていた。


 超硬度の機体は損傷している様子すらない。

 ただただ飛来する攻撃に対応した形状へと自身の構造を瞬時かつ自在に変形させ、その威力を可能な限り減衰させる。


 その表層に宿る不可視の力場が、ラルゴには見えた気がした。


 その原理など理解しようがないが、見えざる〝力〟が白金色の装甲を覆っていることだけは感じ取れた。


《超重力防壁装甲》。


 吸血機ヴァルコラクス《バーネイル》の特性そのものといえる、完全防御を可能とする機能だった。


 外部からの衝撃やエネルギー、その種類を問わずあらゆる攻撃をトリガーとして起動する防御兵装である。

 そのものを吸収して発動する、一種の重力バリアだ。


 起動すれば、理論上その障壁を突破することは不可能。


 敵が攻撃すればするほどに《バーネイル》の装甲表面に展開される力場はより強固なものとなり、絶対的なまでの防御性能を機体に付与する。


 この状態の吸血機ヴァルコラクス《バーネイル》は、《完全防御形態》とまで称される堅牢さを誇った。


「………………ッ──」


 目の前で繰り広げられる光景に、ラルゴは言葉を失っていた。

 文字通り、出る幕がなかった。

 この状況でなにをしろというのか。なにもできようはずが──


「そうでもないよ」


 眼前の戦闘に集中しながら、アリムラックもまた呟く。


「はあ?」

「すまない。事前に説明できればよかったのだけれど何分ギリギリという状況だったのでね。──〈電磁投射砲ニューグライアー〉さらに三発接近」


 三本の杭状の弾体が《バーネイル》を襲う。

 衝撃に僅かに圧されながらも、やはり白金色の機体は少しも傷つかない。


「先ほどから見ていたからわかると思うのだけれど、《バーネイル》の戦闘演算にはわたしも全力で協力しなければ対処し切れないんだ」


 いやわからん──そう思うラルゴだったが、実際に言える状況でないことぐらいはわかった。


「つまり、今のわたしは無防備もいいところ。たとえば横から襲われてしまえば、か弱くさらわれるしかないんだよ」

「──ああ、そういうことか」


 理解した。

 最初からそう言えばいいのに、この少女はどこか回りくどい。


「とはいえ巻き込むような形になって恐縮だが、君には協力してもらいたい。イースには間近で警護してもらわなければならないし今動けるのは」

「いや、やるよ。おい、こいつを頼む」

「承知しました」


 言って、ラルゴは抱えたままだった少女の身体を傍らに立つメイドへと預けた。

 顔色ひとつ変えぬまま、イースは粛々と主の身柄を引き受ける。


 そして、そのままラルゴは少女たちに背を向けて歩きだした。


 それに、アリムラックは思わずそんな余裕もないのに振り返る。


「どういう心境の変化だい⁉」

「うるせーな。やるって言ってんだから文句はねえだろ。つーか、正直このままここに居座って巻き添えを喰らう方が恐い」

「……そうか。うん、それでは、お願いしようかな」


 こちらを巻き込んでおいて、実際に協力しようとすると戸惑うな。

 言葉にはしないまま、ラルゴは浜辺を後にする。

 その背中を見送りながら、アリムラックはぽつりと呟いた。


「イース……彼は、大丈夫だろうか……?」


 主人らしからぬ不安げな言葉に、従者は、


「大丈夫でございます、アリムラック様」


 後ろを振り返ることもなく、イース・セルビトールは少女の不安に応えた。


「あの御方ひとならば、大丈夫でございます」


 無表情な従者らしからぬ確固とした語調で、灰色の髪の不死者ヴァタールは断言した。

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