第三章【5】 吸血機

 ラルゴの家でアリムラックが解説する最中、一言も発することがなかったエンヴァー・クスウェルだったが、その視線だけは常に彼を捉えて離さなかった。


 唯一の例外は、外に出ると言ったアリムラックに対してぐずるように抵抗してみせたときのみ。

 結局は三角座りの体勢を維持したような状態のまま、アリムラックの命令を受けたイースによって外へと運び出された。


〝子どもらしい子ども〟というのが、エンヴァー・クスウェルという名の不死者ヴァタールについてラルゴが受けた印象だった。


 内向的で受動的、内気で他人に対して自分から働きかけるということをしない。


 人見知りしやすいという意味では、〝子どもらしくない子ども〟であるアリムラックよりも見た目どおりに幼い印象だった。


 不死者ヴァタールである以上、外見の年齢と実際の年齢が完全に一致することはないのだろうが。


 そう考えながら、金髪金眼の真祖ロードを抱えたイースの方に視線を移す。


 エンヴァー・クスウェルと同様に、さっきはまるで発言しなかった灰色の髪のメイドは主人の命令を粛々と実行することに集中していた。

 ラルゴと同じように、今は純白のローブで全身を覆って日光を凌ぎながら同行してくる。


 彼女は、どうなのか。

 やはり、千年近い時間を生きた不死者ヴァタールなのか。


 疑問は湧くものの、それを唐突に尋ねるのはデリカシーに欠ける行為に思えた。

 先ほどイコが〝女性の年齢を訊く〟ということについて言及したからだろうか。


「逆に訊くが、お前は実際いくつなんだよ」


 前に向き直って、アリムラックに対して尋ねる。


 女性に対するデリカシーはあったが、見た目が子どもな銀髪紅眼の少女に年齢を訊くことに対して、ラルゴのなかに抵抗は一切なかった。


 ロック村で暮らす子どもに『いくつになったのか』と尋ねるのと、まるで同じ感覚だった。


「……どうやら君は、わたしを子ども扱いしたいようだね」


 見透かされたらしく、アリムラックは不満そうにラルゴに振り返る。


「実際、おれから見れば子どもだからしかたねえ。何年生きたかどうかの記憶はないが、おれより年上ってことはないだろ?」

「…………釈然としないなあ」


 この少女には珍しく、内面の感情だけが口を衝いたような話し方だった。

 よほど子ども扱いが不服であるらしい。


「だったら、いくつか言ってみろよ。淑女を気取るなら、それぐらい平気だろ」

「……………………大体、君と同じぐらいの活動時間だよ」


 それだけ言って、プイッと彼女は完全に前だけを向いてしまった。

 アリムラックが告白に要したのと同じぐらいの時間、ラルゴは呆気に取られた。


「……………………五〇ッ⁉ おい待て、お前そのナリで五〇歳なのかよッ⁉」

「思っていたより最低の人間だな、君はッ⁉ 他人の年齢を大声で叫ぶのが非常識ということぐらい、わたしだって知っているぞッ⁉」


 思わずまた振り返って、アリムラックは猛抗議を始めた。


 そう言われては、ラルゴもバツの悪い顔をするしかない。

 確かに、今のは自分の方が常識に欠けていた。


「……いやいやいや、不死者ヴァタールの年齢に常識も非常識もあるかよ」

「あるとも。あるに決まっている。……ないのかな?」

「いや、おれに訊くな」


 訊かれたところで、真っ当な回答を返せるはずがない。


 機嫌を損なった様子で顔を見せないようにラルゴの前を歩こうとするアリムラックだったが、そこで問題が発生した。


 単純に、彼女の体力が尽きたのだ。


「…………ぜぇ…………ぜぇ」

「……歩けない距離なら、最初からそう言えよ」

「……いや……大丈夫……問題はないよ……あと、もう少しで着く」

「無理だろ。お前が倒れる方が絶対に先だ」


 言いながら、もう一度チラリと自分の背後を見る。


 ふたりの不死者ヴァタールが、なぜか意味深な視線をラルゴの方へと向けていた。


 意味深なだけで、なにか言ってくるわけではない。

 けれど、なぜか咎められているような気分にさせられる。


 いや、誤魔化しているだけでラルゴにも意味はわかっていた。

 ただ少し、気後れしてしまったというだけで。


「……はあ」


 しかたがないと溜め息を吐いて、彼はそっと小さな少女の身体を抱き上げた。


「え、な、ちょっと、なんだね急に⁉」

「うるせーな。危ないから暴れんな。こっちの方が効率的だろ」

「いや、その、それはその通りなのだが……いいのかい?」

「目の前でぜえぜえ言われる方が迷惑だ」

「う……しかたないな」


 そこからさらに歩いて、四人の不死者ヴァタールはロック村からかなり離れた浜辺へとたどり着いた。


 やはり、記憶にある景観とは一変してしまっていた。


 尋常ではない衝撃によって抉り飛ばされた、〝杖〟による破壊の爪痕が残されている。


 比較的無事だった沿岸のルートを使ってここまで来たものの、これ以上は先に進めそうにない。


 行きどまりという言葉が相応しい、まさに終着点だった。


 そこに、〈吸血機〉とやらがあるという話だったのだが──


「……ッ」


 得体の知れない感覚に、ラルゴは全身を総毛立たせた。


 

 ここには、


 見渡す限り、変わり果てた景観があるだけだった。


 ヒビ割れた地面、削れた崖。

 形が変わってしまった浜辺を包み込むように、波が静かに寄せている。


 空だけは、地上の変化など関係ないとばかりに清々しい青空だった。

 いっそ殺風景ですらあるほどの、自然のみの光景が広がっている。


 だが同時に、確実にがこの場にはいる。


 見えないはずであるのに、彼の鋭敏な感覚は不明な存在を捉えていた。

 存在しない、けれど存在する、あまりにも巨大なモノを。


「……迷彩か」

「正解だ。君のその感覚は、やはり常人の範疇ではないね。一体どうやっているんだい?」

「さあな。日々の鍛錬の賜物じゃねーか?」


 適当な返事をしつつ、さらに感覚を張り巡らせるも実体をつかむことができない。


 存在感だけは訴えかけてくるにも関わらず、不可視の影はどこにいるのかまるで把握させない。


「さて、あまり時間がない。君が《バーネイル》を捕捉できるまで見届けたいところだが、今は我慢しよう。〈光学迷彩トレーツ〉解除だ、エンヴァー」

「……りょーかい」


 アリムラックの指示に従って、金髪金眼の真祖ロードは自分の半身ともいえる存在に思念を送った。


 それは、脳波を用いた一切のタイムラグすら介入する余地のない命令だった。


 真祖ロードが持つ超人的なまでの情報処理能力と、霊血アムリタが有する尋常ではないほどの反応速度が生み出す、ゼロという数字に限りなく近い一瞬の出来事。


 周囲の色相をリアルタイムで測定して、その〝装甲はだ〟をナノコーティングすることで環境に溶け込んでいた機能が解除される。


 気づけば、白金色の機体が彼らの前にあった。


 全長およそ二〇メートルの〝機体にくたい〟を幾重もの分厚い〝装甲はだ〟でよろった、機械仕掛けの存在。


 仮に〝兵器〟であるのなら、それはあまりに美麗に過ぎた。


 機能美などという次元ではない。

 全体を覆う流線形の装甲は、その表面が並外れて艶やかであるために人工の物体に見えなかった。


 無駄なく玲瓏れいろうで、生物的ですらあるフォルム。


 無駄のない外観でありながら、白金色の機体は充分な浮力を発生させて中空で完全に静止していた。


 初めて見たときは〝盾〟という印象だったが、至近の距離で眺めればそんなイメージは吹き飛んだ。


 そんなありふれた比喩は、このマシーンを表現するにはあまりに陳腐だった。


 無機質であり、生物的。無駄がないにも関わらず、あらゆる機能を内包している。


 そんな矛盾が、〈吸血機ヴァルコラクス〉と呼ばれるマシーンの全貌だった。


「────」


 機械の相貌に、ラルゴはしばし言葉を失った。

 白金色の装甲を凝視して、身体を硬直させる。


「……ゥ」


 言いようのない違和感に吐き気を覚えて、彼は口元を押さえた。


 

 


 なぜそのようなことを思ったのは不明だが、自分はこんな機械など知らない。

 初めて見た。


 そう必死に自分に言い聞かせて、ラルゴは平静を取り戻そうとする。


「これが吸血機ヴァルコラクスだ。……見るのは初めて、だね?」

「……ああ」


 腕のなかに抱えたままのアリムラックに問われて、肯定するラルゴ。

 内面の動揺を隠し通せたかはわからない。


「個体名は《バーネイル》。真祖ロードエンヴァー・クスウェルの設計による専用機だ。この機体の性能を百パーセント発揮させるのは、エンヴァーにしかできない。素材は無論、霊血アムリタ。動力源は主に圧電効果の利用で、普段は本人の〝趣味〟で深海に潜航させて大水圧から電力を得ている」

「……どんな趣味だ」


 理解しがたい趣味もあったものだ。

 こんな機械を海に沈めて、なにが楽しいというのか。

 白金色の機体の表面を見詰めながら、そんなことを考える。


「……こいつは、どんなことができるんだ?」

「およそ、できないことはない。飛行は〈重力子制御ノーティヴァルグ〉という反重力を生み出すシステムで、機体重量の軽減と進行方向に対する力場を発生させることで行う。機体を構成しているのは霊血アムリタだから必要に応じてあらゆる機関を生成することもできるし、自己修復によるメンテナンスフリーも実現している。強度自体が地上のあらゆる物質を上回る抵抗力を誇り、仮に破壊されても再生可能。操作システムは搭乗者体内の霊血と同調することによる思念操作で、全天候型の超高感度センサーを併用することで外部の情報を高精度に感知できる。あと〈吸血ドレイン〉システムというのもあって──」

「あー、もういい。わかった」


 言葉で説明されても理解できないということがわかった。


 興が乗った様子で吸血機ヴァルコラクスについて語るアリムラックを遮るのに罪悪感がないわけでもなかったが、自分の頭がパンクして機能不全に陥るのを阻止する方が最優先だった。


 遮られたことに気分を悪くしたふうでもなく、アリムラックは概要をまとめる。


「と言っても、それらは開発時点のカタログスペック上の話というだけでね。本来は《発電衛星》からの無線電力供給を前提にしている設計なのに、今のわたしとエンヴァーにはその権限がないものだからエネルギーの工面が大変だよ」


 いやはや恥ずかしい限りだ、とどこか機嫌よさそうにアリムラックは話す。


 その感情の理由はさすがにラルゴでも察することはできなかったが、大変だという状況を少女が楽しむようにしているらしいことはなんとなくだが理解できた。


 まあ悪いことではないのだろう。

 苦労を楽しめる余裕があるのは結構なことだ。


 それでも、次の瞬間に彼女が言い放った内容には、動揺せざるを得なかったが。


「実はこれから襲撃がある、と言ったら君は怒るかな?」

「はあ。別に怒りは…………はあッ⁉」


 言われて、ラルゴは思い切り困惑の声をあげる。

 信じられないものを見るように相手を見た。


「うん。本音を言うと、君が目覚めてくれてホッとしていたんだ。間に合わないかもと心配していたのでね」


 何気なく話しながら、アリムラックはこれから起きることを端的に告げた。


「わたしたちの同類が、直接攻めてくるぞ」

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