第三章【4】 道中
§§§
荒野に面したロック村の入り口に近いラルゴの家から、その変化は一望できた。
漁村を中心として、数え切れぬほどの亀裂が内陸に向かって広がっていた。
大地が割れ、底すら窺えない深さの裂け目がいくつも形成されている。
切り立った断崖は目に見えて険しく、文字どおり絶壁のようだった。
地形が完全に変動してしまっている。
昔からヒトが歩くには厳しい土地ではあったが、ここまでの険しい構造ではなかった。
これから大陸に向かって移動する際には、かなり苦労を強いられるだろう。
だが、それもロック村が無事だからこそできる懸念だった。
壊滅的な光景の、そもそもの中心はこの村だったのだ。
村の平穏が保たれているのは、ひとえに
固まってしまったままのイコを彼女の家までどうにか送り届けて、次の目的地とやらに向かおうとした矢先のこと。
「〝彼ら〟はね、要は〝終わりたい人間〟というヤツなんだそうだ」
そう、アリムラックは語り始めた。
ゆっくりと歩く少女に歩調を合わせつつ、新調された漆黒のコートで日差しを防ぎながら村の外へと移動していたラルゴは、彼女の言葉に不意を衝かれた。
「……お前をさらおうとした連中のことか」
「うむ。元はみな
「……長生きなこった」
〝終わりたい人間〟だと彼女は言った。
終わり、最後、完結──死、そのもの。
詩的な表現でさえあったが、言ってしまえば〝死にたい人間〟ということだ。
死を求める
酷い矛盾のように思えた。
実際に試す機会などなかったが、自死という行為について考えたことはラルゴにもあった。
考えた時点で
正常かつ健全な生き方をできている人間に、自死という行為は病的だ。
深く長く考えれば考えるほどに、〝死〟そのものに人間を招き寄せる。
深く、長く、考えるほどに。
それは、
「お前をさらえば、連中は終われるって考えてるのか?」
「結果的にそうなる以上、間違いではない。〝彼ら〟を使役しているのは、わたしたちの同胞だからね」
「……なに?」
「わたしと同じ
なんでもないことのように言いながら、アリムラックは目的の場所までの移動を続ける。
だから、ラルゴもまた告げられた事実について、特に激しく反応するわけでもなく歩き続けた。
平静に、語調を抑えて話し始める。
「……同じ
「わたしとエンヴァーが〝計画〟の邪魔になっているからさ。本当ならばとうの昔に完了しているはずの〝計画〟が、わたしたちの妨害工作で著しく遷延している。なら、原因であるわたし達を排除しようとするのは当然だろう?」
そんなふうに言われて、どう答えればいいというのか。
咄嗟に気の利いた言葉を思い浮かべることもできず、ラルゴは視線を泳がせるしかなかった。
結局、別の疑問を口にして誤魔化すようにする。
「〝計画〟って言ったな。大層な表現だが、それはなんなんだ?」
根本的な質問でさえある疑問に、アリムラックは「ふむ」と考え込むようにする。
「それを説明すると大抵の人間は懐疑的になってしまうのだが、君は大丈夫かい?」
「さあな。聞いてから考える」
「そうか。では説明させてもらおう」
言って、銀髪紅眼の少女ははるか頭上にある〝帯〟を片手で示した。
「この〈惑星〉のすべてを素材として、アレと同じ
簡潔な説明に、ラルゴは少女の白い指先に誘われるように〝帯〟を見上げた。
空色のベルト型の構造物は、前日の攻撃が嘘のように沈黙を保っている。
あのときの変化すらなかったことのように、この五〇年ものあいだ維持してきた形状のままだ。
村を襲った〝杖〟の記憶がなければ、今でも実害のある物体とは思わなかったに違いない。
五〇年前に突如として出現したときこそ、人々はなにが起きるのかと恐れた。
だがなにも起きることなく数十年が経過したために、今の異常な状態こそが正常になっていた。
それほどまでに、あの〝帯〟はただ〝在る〟だけの光景として日常に溶け込んでいた。
「…………それが実行されると、生き物はどうなる?」
「すべて死滅する。人間も動植物も、
淡々とした口調だった。
その結末に対して、思うことはなにもないようですらある話し方だ。
違うな、とラルゴは直感した。
この少女はあえて無感情に喋っている。
明確な理由までは不明だが、それは罪悪感に似た気持ちに由来しているように感じられた。
だからアリムラックの話し方には言及せず、あくまで話す内容についてラルゴは尋ねた。
「お前と……エンヴァーか。お前らは、なんでその〝計画〟の邪魔をしてるんだ?」
妨害工作、とアリムラックは言った。
聞いた印象では、《惑星改造》という途方もない内容は
ならば、今この場にいるふたりの
「わたしが〝計画〟の邪魔をする理由はシンプルだよ。そうする必要性を感じられないからだ」
言って、アリムラックはラルゴの少し先を行く。
「わたしにそのつもりはなかったのだけれど、結果的にほかの
「あ? そいつらが、このあいだのヤツらの仲間じゃないのか?」
「まさか。少なくはない人数だが、全体から見れば〝彼ら〟はあくまで少数派だよ。
「──ッ」
言われた瞬間、ラルゴの脳裏を
円卓だった。
暗い闇のなかに置かれた、巨大な円卓。
何十人もの人間が円形のテーブルを囲み、何事かを話し合っている。
だが、議席は五つだけ。
その会議で着席することを許されるのは、五人だけ。
そのうちのひとつ、今もなお空席となった椅子に、自分は──
「そうなのか。意外だな」
努めて冷静に、ラルゴはアリムラックの説明に頷いた。
頭に浮かんだ見覚えのないイメージに対して、思うこともなにひとつない。
発想の飛躍でそういうものを脳が作り出すこともあるだろう、とあくまで白昼夢を見たかのように捨て置いた。
「イースとも、そこで出会った。わたしの従者には、わたし自身が指名して彼女にはなってもらったのさ」
ラルゴの異変には気づかぬ様子で、アリムラックは経緯を話す。
「ちなみに、エンヴァーに関しては……なんだったかな。わたしが出奔するときにとめようとしてきたので返り討ちにしたのだけれど、気づいたら一緒に付いて来ていたんだったか」
「……?」
要領を得なくなってきたので、ラルゴは最初の話題に内容を戻すことにした。
「〝彼ら〟……連中は、〝終わりたい〟っていう願望のためだけに使われてるわけか。わからなくもねえが、結局は手前勝手な理由だな」
「そう言う君は、自分が誕生からどれほど生きているか自覚しているのかい?」
「そんなこと知るかよ。
率直に吐き捨てるように言って、ラルゴはチラリと背後を見る。
イース・セルビトールに抱えられた金髪金眼の
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