第三章【2】 真祖



          §§§



 甘くかぐわしい香りが、部屋のなかに満ち始めた。


 イース・セルビトールが淹れた紅茶の香りだった。

 メイド姿の彼女は、その容姿に相応しい手慣れた所作で茶器を扱い、その場にいる人数分の飲み物を用意した。


 柔らかい飴色の液体は、初見であるはずなのに見覚えがあった。


 湯気の立ちのぼるティーカップの中身を口にする気にはなれないまま、ラルゴはアリムラックに向かって言った。


「…………説明しろ」

「もちろん、説明するとも。なにから話せばいいかな?」

「……その前に。いつの間に仲良くなったんだ、お前ら」


 微妙に要点から外れた質問をしてしまった。


 しなくてもいい質問だったが、疑問として頭のなかにあったのでつい訊いてしまっていた。


 仲睦まじく紅茶を飲んでいた少女たちが、ラルゴの疑問に答えた。


「あたしとアリムラックちゃんのこと? えへへ、ラルゴが寝てる間に仲良くなっちゃったー」

「うむ、彼女には村で滞在するのに良くしてもらっている。助かっているよ」

「……ちゃん、って。アリムラックちゃんって」


 距離感がおかしい。

 いや、イコのコミュニケーション能力が高い方だとは知っていたが、それにしてもふたりのやり取りはすでに馴れ馴れしい。


おれは、どのぐらい眠っていたんだ?」

「えーっと、まだ二日も経ってないよねー?」


 ラルゴの疑問に、イコは銀髪紅眼の少女に同意を求めるように尋ねる。


「そうだね。正確には、君が倒れてから二五時間三七分四九秒が経過したところだ。ちなみに、現在時刻は午前十一時三分五秒だよ」

「いや、具体的すぎてわからん」


 無駄に詳細な経過時間を教えられて、頭に数字が入ってこなかった。


 とりあえず、一日が過ぎたあとだということだけは理解できた。


 だからこそ、たった一日で友人のように仲良くなっているふたりの少女が意外であった。


「お前もさあ、怪しいヤツを甲斐甲斐しく世話するのはちょっとぐらい躊躇しろよ」

「えー、だってアリムラックちゃん可愛いじゃんー。お世話してたら後ろからハグするのも許してくれるんだよー? 役得だってー」

「ガチで躊躇してくれ、頼むから」


 喋りながら、この少女の相手をしていては話が先に進まないと気づく。


「最初にひとつ、確認させてくれ」


 そう言って、ラルゴは部屋にいる者たちを見渡した。


「アリムラック・ヴラムスタイン、イース・セルビトール、エンヴァー・クスウェル」


 銀髪紅眼の少女、灰色の髪のメイド、金髪金眼の子どもの名をそれぞれ口にする。


「お前ら全員、不死者ヴァタールって認識でいいんだな?」

「ああ、その認識で間違いないよ。正確には、わたしとエンヴァーが真祖ロードで、イースは君と同じ亜祖レプリカだけどね」


 アリムラックが三人を代表して説明する。


「ちなみに、あたしは普通の人間でーす」

「ああ、うん、知ってる。……ちょっとだけ黙っててくれるか、イコ」


 自然な流れで挙手して宣言する村娘に、ラルゴは堪らず頼み込む。


 別にシリアスに徹したいわけではないのだが、横槍を入れられ過ぎて気が緩むのは避けたいところだった。


 口にチャックをする仕草をしたイコに満足して、ラルゴは不死者ヴァタールたちに向き直る。


亜祖レプリカ……そっちはおれが知ってる不死者ヴァタールと完全に同じなのか」

「君のなかの知識では、不死者ヴァタールはどういう存在になっているのかな?」

「……『死なない、致命傷を受けても回復する、不死身ではあるが不老ではない、太陽の光に弱い』……こんなところか?」

「端的にすぎる気もするが、亜祖レプリカの特徴としては間違っていないね。『太陽の光に弱い』というところだけ、『紫外線などの有害な物質に対して肉体が過剰に反応する』と言い換えるべきかな」


 補足して、アリムラックはさらに続けた。


亜祖レプリカ──『性能として真祖ロードに次ぐ不死者ヴァタール』という意味の言葉だ。わたしたち真祖ロードが誕生した後に生まれた呼称だから、君が知らないのも無理はない」

「なら……真祖ロードってのはなんだ?」

「ふむ。君は、不死者ヴァタールがなぜ死なないのか理解しているかい?」

「……いいや? 悪いが、気づいた時にはこんな身体だったからな。それに、今までおれ以外の不死者ヴァタールと会うこともなかった。自分が不死身だとはわかっても理屈までは知らねーよ」


 率直に自身の事情を告げるラルゴ。

 それに、「ふむふむ」とアリムラックは頷いて、


「そこから、か。まあしかし、を説明すればほかの説明を省けるから効率的かな」


 言って、脈絡も前置きもなく、唐突に自分の手首から赤い血を流し出した。

 ごく僅かとはいえ少女の小さな身体に対しては多すぎるだろう量の血が、床を濡らす。


「な──」

「ちょっと! アリムラックちゃん、なにしてるの⁉」


 黙っているように努力していたイコが、思わぬ事態に声をあげる。

 安心させるように、不死者ヴァタールである少女は手首を掲げてみせた。


「大丈夫、もう完治したよ。驚かせたのならすまなかったね、イコ」

「……ビックリしたあ。ラルゴでもそんなことしないよー」


 なにも言わなかったが、ラルゴもまたイコと同じ心境だった。

 急な流血を見せられて落ち着いていられるほど冷淡な人間ではない。

 それが幼い外見の少女なら、なおのことだった。


「見たまえ。が、不死者ヴァタールが不死たる所以ゆえんだよ」


 心中穏やかでないふたりを前に、アリムラックが告げる。


 言われて、直前に彼女の血が付着した床に視線を落とす。


 は、もはやただの血液ではなくなっていた。


 ラルゴが知る、不死者ヴァタールの血が凝固して赤黒い塊になった状態でもない。


 白く、ひたすら透き通るように白い結晶のごとく、は性質を変化させていた。


 付着したはずの床にはすでに一滴の赤色も残っていない。

 ただ白く輝く物質が、目の前にあった。


「〈霊血アムリタ〉──ナノサイズの超極小機械だ。今の状態だと塊のように見えるが、実際は幾兆のナノマシンの集合体だよ」

「これが……身体のなかに入ってるっていうのか。おれのなかにも、お前のなかにも」


 結晶の美しさに目を奪われるように、ラルゴは呟いた。


「完成度の差はあるが、本質は同じものだね。主に血液中に存在して、肉体が損傷した際には速やかに再生させる。脳や心臓、いかなる重要器官が機能停止するようなダメージを負ったところで関係ない。稼働した霊血アムリタは、人間の肉体を損傷前の状態まで完全修復する」


 そして完成形の霊血アムリタを体内に保有する不死者ヴァタールこそが真祖ロードである、と。


 そんなふうに、アリムラックは自身について語った。

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