第二章【8】 白金
§§§
〝帯〟は音もなく、その機能の一部を起動させる。
妨害はあったが、起動さえしてしまえばその工程は極めて迅速だった。
弾体の生成には一秒もかからない。
照準は事前に完了している。
残るは、発射の作業のみ。
すべての工程に膨大な電力が必要だったが、問題にはならない。
太陽という灼熱の恒星が発する光が、〝帯〟という巨大な構造体の動力源だった。
長大なベルト状の構造そのものが太陽光を電力に変換するための大規模な発電システムであり、《太陽光発電衛星》という〝帯〟本来の機能を成立させるものだった。
その本来の役割を最大限に稼働させ、〝帯〟は自身に与えられた機能のひとつを起動する。
それは、理論だけならば旧時代の文明においても存在したものだった。
威力は絶大。
着弾すれば、目標地点をすさまじい運動エネルギーをもって破壊する。
戦略兵器と同等の攻撃範囲と破壊力を持つ、
〝帯〟に搭載された兵装システムそのものに名はなかったが、かつて存在した概念に
〝神の杖〟
あるいは、〝神からの杖〟──と。
§§§
耳を
大気が破裂し、地が割れる。
衝撃波に砕けた地表が吹き飛び、散弾のごとく周辺一帯に散る。
〝帯〟から発射されたのは、一本の棒状の弾体。
およそ全長一〇メートル、直径五〇センチ、重量一〇〇キログラムほどの〝杖〟と呼ぶにはあまりに巨大な質量体。
その一部を変形させた〝帯〟の外面──高度二〇〇〇キロの低軌道から撃ち出された弾体は、大質量と落下速度の相乗によってすさまじい運動エネルギーを発生させた。
発射から着弾まで、一瞬と呼べるほどの時間もなかった。
電磁加速によって投射された弾体の速度は音速を超え、瞬きほどの間も与えずロック村の直上へと落下した。
もたらされたのは、無情なまでの破壊。
着弾の衝撃波は村付近の海水を近海まで押し退け、陸地には亀裂が走り地形すら変動させた。
ヒトの営みなど木っ端のように薙ぎ払われるしかない、まさに天災と同質の破滅。
こうして、五〇年あまりの歴史を持つロック村という場所は、地上から消滅した。
本来であれば、そうなるはずであった。
§§§
それは、奇妙な光景だった。
凄まじい音に反する、あまりにも小さな衝撃。
大地が揺れる。海がさざめく。
この世の終わりとばかりに破滅的な、周囲の光景。
周囲のなにもかもが破壊されていくなかで、自分たちだけが無事を保っている。
ロック村という場所だけが、崩壊する景色のなかで特異点のように護られていた。
衝撃と異変に、村の住民の誰もが頭上を見上げ──そして、目撃した。
空に浮かび、巨大な〝杖〟を身体ひとつで受けとめる、その存在を。
重厚な装甲で全身を
分厚い円盤のごときフォルムは鉄製の丸盾のように無機質であり、それでいて亀甲で作られた楯のように生物的ですらあった。
いまだエネルギーを維持しているはずの〝杖〟を、その〝
足場がないにも関わらず、白金に輝く異形の存在は微動だにすらしなかった。
いかなる機構によるものか、巨大な質量体を受けとめ、空中で静止するだけの浮力を機体は得ているらしい。
それが合図になったかのように、〝杖〟がぐらりと傾いた。
一切の破壊力を奪われた弾体が、重力にしたがって落ちる。
海面に墜落し、その先端で水底を穿ってとまった。
「ベストタイミングだ、エンヴァー。よくやってくれた」
頭上に浮かぶ機体に向けて、アリムラックが労をねぎらう。
『──、──』
呼応するように、白金が鳴いた。
機体の駆動音なのか、それとも本当に少女の声に応えたのかは、わからなかった。
「…………」
「君も、お疲れ様だ。今ので、本当に終わったよ」
視線を下ろして、ラルゴの方を向いて、アリムラックは花のように笑った。
綺麗だった。
「…………」
ラルゴはアリムラックを見つめて、なにか言おうとして、結局はなにも言えなかった。
なにもかもが、急変すぎた。
傷つき、かろうじて繋ぎとめられていただけの意識では、状況を理解することなど不可能だった。
あるいは、壮絶な光景のなかで笑う少女があまりに可憐で見惚れてしまったからかもしれない。
全身の力が虚脱する。
最後は意識を保つための気力すら失って、ラルゴは倒れ伏した。
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