第二章【2】 自己紹介
§§§
「……………………あー……」
なんとか状況を理解しようと、ラルゴは努力した。
人形だと思い込んでいたのが実は本物の少女で、自分を護衛として雇いたいと言い出した張本人だと主張している。
そこまでは、どうにか理解できたような気がした。
錯覚かもしれなかったが、とにかく頭のなかに情報として入った気はした。
「………………なるほどなー」
そういうことかー、とどこか呑気な心地で思う。
理解した気分を装えば実際に状況を理解できるのでは、と期待してのことだった。
当然のように、あまり効果はなかった。
「うむ、そういうことだ。理解を得られたようで、わたしは嬉しいよ」
自己紹介を終えて満足げな少女が、にこやかに話しかけてくる。
なにかを期待するような
本当に、宝石のように美しい瞳だった。
いや、綺麗だという意味では、少女はなにもかもが美しかった。
絹のように滑らかに伸びる銀髪は髪のようではなく、白磁のように艶めく肌は肌のようではない。
〝人形だから〟という理由で許されていた矛盾が、今は前提から崩れ去っている。
生きていないモノだからこそ、許される美しさだったのだ。
最初に見たときにラルゴが人形だと疑わなかったのも、少女があまりにも容姿端麗だったからだ。
まさか本物の人間だとは夢にも思えないほどに、可憐だったからだ。
それが今は活き活きと動き、言葉を紡いでさえいる。
ひどく現実味のない、奇妙な感覚だった。
「…………ふむ」
「…………なんだよ?」
相手が黙ったままなので、よせばいいのにこちらから話しかけてしまった。
ラルゴからの質問に、銀髪の少女は紅い瞳を嬉しそうに輝かせて、
「なに、大したことではないのだがね。わたしの自己紹介が終わったのだから、次は君の名前を教えて欲しいと思ってね」
「……
「無論、
会話が成立している。
こちらから話せば、相手も反応を返してくれる。
どちらかと言えば、話す内容よりも偉そうですらある少女の話し方が気になってしまうのだが、それについてはひとまず後回しにすべきだろう。
「まあ……間違ってはいねえな」
「うむ、安心したよ。ヒトの感覚は難解でね。まだ理解できていない部分が多いから、心配になることも多いんだよ」
いや、やはり内容も気になってしまう。
だが追及するとさらに理解できない情報が出てきそうで、ラルゴは躊躇した。とりあえず、少女の言葉に頷くだけにしておく。
頷いて、少女が引き続き期待の目で自分を見ていることに気がついて、『ああ』と思う。
「悪い、自己紹介だったな。ラルゴだ。あんたらみたいに姓はない、ただのラルゴだ」
名乗る男に、白いドレスの少女は「ふむ」と何事かを納得したように首肯する。
「やはり、その〝認識〟で間違いないか。承知した。これから末永くよろしく頼む、ら…………」
「よろしく頼むら?」
唐突に壊れたスピーカーのように固まってしまった少女に、思わずオウム返しに相手の言葉を復唱するラルゴ。
対して、アリムラックと名乗った少女は直前までの饒舌さが嘘みたいに舌足らずな話し方で、
「ら…………らる…………ラルゥ…………ごぅ」
と、どうにか男の名前を口にした。
「ちょっと待て! そんなに言いにくいか、
大声で問いただすラルゴに、銀髪の少女は自身も戸惑うように反応する。
「……いや、そんなことはない。わたしの問題だ。おかしいな、頭のなかでは問題なく反芻できるのに、実際に口に出そうとすると発声が上手くできない」
やはり緊張しているらしい、と自分の状態を分析してアリムラックは話す。
「緊張って……ああ、箱入り娘のお嬢さんが
彼女がイース・セルビトールの主人というなら、相応の立場にあると考えるのが自然だった。
というより、外見からして高貴な存在だというのがわかる。
人間離れした容姿に、高級品だろう純白のドレス。
文明が滅びたあとの現代では珍しいほどの気位の高さに、少女は溢れていた。
ラルゴの疑問に、アリムラックは頷きながら、
「箱に入れられた覚えはないが、舞い上がってしまったという意味では確かに間違っていない。〝推し〟にようやく会えて、先ほどから感情を上手くコントロールできていないようだ」
「……………………〝推し〟?」
なんの話だ。
いや、誰のことだ。
耳を疑うほど突拍子もない単語の出現に、ラルゴは動揺する。
状況から該当する人物はひとりしか思い浮かばなかったが、全力で候補から除外したかった。
しかし、少女はなにを不思議そうに聞き返すのか、といったふうに、
「決まっている、君のことだよ。なにを隠そう、わたしは君の〝大ファン〟というヤツなのさ!」
そう喜色満面に、花のように綺麗な笑顔を浮かべてみせたのだった。
元が人形と見紛うほどに美しい容姿だから、それこそ見惚れてしまう可愛らしさだった。
「…………えーっとだな」
言いたいことも訊きたいことも一度に大量に発生したが、とりあえずひとつだけ確認しようとラルゴは考えた。
「大ファンって……
「そう言っている」
「……なんで?」
「君の話を色々と聞いて〝推し〟にすべき人物だと判断した。君の武勇伝の数々は素晴らしいものだった。尊敬に値する。ということで、大ファンを自称することにしたのさ!」
なにが『ということで』なのだろう。
ありえないはずの頭痛を感じて、彼は眉間を軽く撫でた。
どう伝わったのか知らないが、用心棒としての自分の噂が過大に広まった弊害に違いない。
そもそも〝武勇伝〟と言われるほどの活動はしていないし、まず間違いなく誇張が入っている。
自衛のための噂としては正しいかもしれないが、それに惹かれる人間がいるということは考慮していなかった。
いや、荒唐無稽に突き抜けた話に憧れるのは個人の自由ではある。
この場合の問題は、
「……
「う……やめてくれ、わたしにだって恥ずかしさぐらいはある。さっきまでの状態が褒められたものでない自覚はしている」
「…………いやいやいや」
アレはそういうレベルの問題じゃないだろう。
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