第4話

「室長! 聞いてるんですか!?」

私が声を荒げても、ミリュウは手元から視線を外さず、それどころかこちらに待てと言わんばかりに手を掲げて見せた。

「僕との仕事をそんなに嫌がるなんてひどくない?」

「……別に真壁さんのことが嫌いで言ってるわけじゃないですよ」

じと、と虚空に浮かぶドローンをにらむ。真壁さんは苦手だけれど、この中では一番古い仲であり気心も知れているから一緒の仕事が嫌なわけではないのだ。真壁さんのことは苦手だけれど!

「説明したじゃないですか、真壁さんと私は致命的に相性が悪いんです」

「なんで?」

「も~~」

この人はなぜなぜ期のこどもみたいなところがあって、とにかくなんでも疑問でまぜっかえさないと気が済まない。私は抗議をこめて唸る。

「はは、怒らないでよ。別に一度試してみるくらいいいじゃないか。今回の仕事は、それにピッタリだと思うけれど」

「……」

私はいやいや、虚空に映し出された仕事の内容を見る。

内容は、幽霊騒ぎの解決とある。小難しいコードで指定世界のアドレスが指定されており、その下には簡単な説明が付加されていた。二十世紀末くらいの日本にほど近い文化発展度、ということで私と真壁さんが指名された理由もなんとなく分かる。

エヴァレティアはヨーロッパの片田舎のどこぞに存在するけれど、ユヴァル・ヘルツォークは二十一世紀の生まれだけれど、そんなことは関係ない。多重世界の中はどこでもありいつでもある。そういうわけで、仕事をするのならばその世界にある程度素地がある人間のほうがいい、というわけだ。日本によく似た土地ならば、日本をよく知る人間に。一から知っていくよりも、差分を埋めていくほうがてっとり早い。

それは分かっているが、そもそも私はこうして外の仕事を任せられること自体がかなり久し振りだった。ミリュウのいう”引きこもり”は蔑称というより正確な別称であり、私自身も受け入れている。内勤として、開発やら他の構成員のケアや、事務仕事をしているのだからニートではないことだけは主張しておく。

「引きこもりばっかりさせてるわけにもいかないからね」

いつの間にかゲームから視線を外したミリュウが話に戻ってくる。

「なんでですか」

「スープに溶けてしまわないように、だよ。こうして世界のはざまでどこにもいない状態って、どう考えてもまともじゃないと思うけど?」

「……溶けた誰かがいるわけじゃないんでしょ」

「溶けた誰かを我々が認知できるかどうかも分からない。別に俺は、そこののろまと一緒にお前が粒子になってもかまわないけどね」

消えるなら、きちんと引き継ぎをしておけよ、とミリュウはひらひらと手を振って、椅子をくるりと回転させこちらに背を向けた。

「ボスはどうなんですか?」

追い出しにかかるミリュウを無視して、真壁さんが尋ねた。ミリュウの眉がピクリと震える。

「どうって、何が?」

「ボスがいつから、この狭間に落ちてるのか教えてください」

「それを聞いてどうするわけ?」

「参考にします。次回の」

「一年くらい前からかな。その前も別に仕事に出たわけじゃないけどね。……これでいい?」

「ありがとうございます」

真壁さんのなぜなぜ期は私以外も対象らしい。だけれど私の隣にいるときに発症するのは是非やめてほしかった。こちらの心臓がいくつあっても持たない。

小型ドローンは私の頭上で実に美しい正円を三周描き、

「よかったね、マトモさん」

と言った。私が怪訝に思って首を傾げると、

「次の仕事は一年後でいいみたいだよ」

なんて聞えよがしに言う。ミリュウが聞いていたらどうするんだ、というか多分聞かせているのだろう。これじゃあ私がひどく怠惰みたいに思われるおそれがある。

「……外の仕事じゃなかったら、別に私のほうは問題ありませんから」

一応、ミリュウのほうにも聞こえるように少し腹に力を込めて言う。そのせいで、ちょっと怒っているみたいな言い方になった。

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疎の星 塗木恵良 @OtypeAlkali

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