私の前に気が強い天使が舞い降りた。

 気の強そうな美少女が、私を睨みつけておられます。


「あなたには絶対に屈しないわ。よろしくて? ダーク・ネクスト」


 ヒーローやヒロインが悪役に放つような言葉を、堂々と発する見目麗しい少女に睨みつけられるのって、ですね。

 私、この快感を味わってしまえば、もうには戻れません。


「ふふふ、別に構いません。屈して頂かなくてもね。ただ、あなたが解放される条件だけはお忘れなく」

「わかっているわよ!!!」


 悔しそうに、嫌悪を含んだ顔で私から視線をそらす姿すら美しい。


 あぁ〜なんという幸福なのでしょうか? 

 私の人生に、このような幸福が訪れる日が来ようとは思いもしませんでした。


「マリア・シリウスさん、あなたが私の《マギガンレディー》として契約する条件は《マギガングランプリ》での優勝です」

「わかっているわよ! クイーンの座に着けばいいのでしょ!」


 ビシッと音がしそうなほど綺麗なポーズを見せるご令嬢。

 なんと美しいのでしょうか? 

 私はカイザー王太子に感謝の言葉しか浮かんで来ません。


「あなたも約束しなさい! それまでは私には一切手を出さないと」

「ええ、構いませんよ。ただ、世間がどう思うのかはわかりませんよ」


 私は小さな声で呟いてしまう。


「何?!」

「いえ、なんでもありません」


 金髪の巻き髪ロールに、真っ赤なドレスを着た美しいご令嬢。

 マリア・シリウス嬢は、悔しそうに奥歯を噛み締めました。


「あなたは私と結婚をしたわけではありません。もちろん、婚約したわけでもないのです。ただ、私はあなたの依頼を受けた。そう、依頼を受けただけの取引相手に過ぎません」


 ですが、私以外にマリア嬢の依頼を受けることなどありえない。

 そんな命知らずは王国にはいないのですから。


 なんと、なんという幸福なのか! 

 全ては、彼女が自分でやらかしてくれたおかげです。


 アッパレ!!!


「ふん。それではマギガンと訓練施設を見せてもらうわ」

「ええ、構いませんよ」


 私は敷地内に設置された訓練所へとマリア嬢を案内する。

 我が屋敷は、無駄に広い。

 真心アンドロイドマギガンレディーのルビナ。

 毒舌メイドのウル。

 それに孤児たちと合わせて十名ほどで共同生活をしている。


「なっ! こんな施設! 王国が管理する施設でも見たことないわ!」


 そうでしょうそうでしょう。

 課金アイテムの素晴らしさは異常です!


 最新機器から、自分が使いやすいカスタムトレーニング施設は、これでもかと盛り込んだ自慢の訓練場ですからね。

 全ては設計から、建築、デザインまで手がけたものです。

 一切の妥協を許さない状況で、職人まで厳選して作り上げました。


「こちらは射撃場。奥には訓練用のジム機器。有酸酸素運動が行えるランニング場もあります」


 全ては課金と遺産のおかげです。

 一生遊んで暮らすこともできるお金を残してくれたネクスト男爵と、ネクスト夫人には感謝しかありません。


 私にとって、両親からの愛といえる物を形に残した結果です。


「ふん。しょっ、所詮は男爵家の屋敷ですわ。たっ、たいしたことありませんわよ。多分」


 強がるマリア嬢が可愛いのです。


「……そうですか」


 別に反論する気もありません。


「えっ、シリウス家をバカにしているの?! 嘘ではありませんわ。ただ、今の私は使えないというだけで」


 次第に言葉が小さくなっていくマリア嬢。


 それも仕方ないことです。

 公爵家の長女として生を受けた。

 カイザー王太子の婚約者として華々しい道を歩んできた方です。


 美しい容姿に教育を受けてきた所作。

 淑女として、マギガンの訓練だけをしてきた手。

 十六歳というのに、引き締まった体にツルペタなボディー。


「ご事情は聞いております。カイザー様との婚約破棄によるシリウス家との断絶。お辛かったでしょう」


 そう、彼女は私との戦闘に敗北したことで、カイザー王太子様から、婚約を破棄をされてしまいました。


 次の日には、アンナ嬢との婚約を発表しました。


 私が両親の死に直面している間に、そんな情報が出回っていました。


 それに伴い、これまでマギガンに全てを賭けてきたマリア嬢の人生は挫折を迎え。役令嬢のレッテルを貼られたというわけです。


 最後には、カイザー王太子の命令で全魔導銃技師や《マギガンサポーター〉から総スカンを喰らうことになりました。


「ふん、あなたに何がわかるの! 私はあなたのような人間に同情される立場ではありませんの!」


 行き場を失った彼女はシリウス家から、マギガンに関する全てを奪われ、好きでもない相手との婚約を迫られた。

 我慢できなかった彼女は家を飛び出し、この国一番の嫌われ者であるダーク・ネクストのところへやってきたというわけです。


 カイザー王太子に忌み嫌われながらも、此度のマリア嬢はまだ諦めていないのでしょう。


「もしも、《マギガングランプリ》で優勝できなければ、私を好きにして構いません。優勝した暁には、それ相応の見返りをお約束します。コーチとしての指導をお願いしますわ」


 雨が降りしきる日、美しき悪役令嬢が地面に手をついて私に頭を下げたのです。


 どうせなら、踏みつけながら命令して欲しかったです。

 まぁ、それはおいておきましょう。


「《マギガングランプリ》に優勝できなければ、私のお嫁さんになっていただけるということでしょうか?」


 私の言葉に肩を振るわせるマリア嬢。


 相当に嫌なことが伝わってきます。


 ふふ、ダーク君の見た目はお世辞にもイケメンではありません。


 両親が他界して男爵を継いだだけ。

 見た目はガリガリに痩せ細り、目元は窪んでまるでゾンビの様な容姿。

 世間ではゾンビ男爵、またの名を死神ダークと言われているそうです。


 カイザー王太子とは因縁があるのですが、唯一勝利した私を頼るしかなかったのでしょうね。

 それにダーク君の見た目と嫌われ度合い的に、嫁いでくれる女性はいないでしょう。


 恋愛できる女性もメイドのウルと、アンドロイドのルビナだけなのです。二人はまだまだ私のことを汚物を見るような目で見てきますがね。


 ちなみに私としては、マリア嬢は推しだったりします。

 ですからこそ、彼女の倒し方を心得ており、倒すことができた。


「あなたが出した条件を飲みますわ! ですから、私にマギガンを! 提供してくださいませ」

「いいですよ。そうですね。あなたが優勝したなら、一緒にお嫁さんを探してくだされば許しましょう」


 私は泥だらけの地面に這いつくばるマリア嬢に手を差し出した。


 それは契約を結ぶためのハンドシェイク。


 だが、マリア嬢は私の手を見て払いのけて立ち上がった。


「契約は成立ですわね! 衣食住お世話にもなりますわ! お金は……、マギガンの勝利報酬から支払いますわ」


 恥ずかしそうにギュッとスカートの裾を握るマリア嬢を屋敷へ招き入れた。

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