#3 正体

 「偶然だね。なにやってんの?」

 アカコが

 いま目の前にいる。

 やはり顔立ちも体形も葵にそっくりだった。


 「はっ・・・・・つ」

 

 どうすれば

 

 恐怖で息ができない。

 俺はどうすればいい?


 手に

 手に力が入らない。


 さっき電車の時間を調べようと持っていたスマホが手からスルリと落ちた。

 「あれ、スマホ落としたよ」

 アカコが膝を落とし、落としたスマホを拾った。


 「はい」

 拾ったスマホを今井の手に置く。

 触れたアカコの手は恐ろしいほどに冷たかった。 


 考えろ。

 アカコと遭遇できた今がチャンスだ。

 なんとか情報を聞き出せないか


 「君は・・・・なんなんだよ」

 「え?」

 「・・・・・・・・・・・・・何者なんだよ、君は!一色さんと俺のデート邪魔して!なにがしたいんだよ!」

 

 感情が高ぶって大きな声が出てしまった。



 「何者か・・・」


 アカコは

 急に悲しそうな顔をした。何か考えるように下を向いた。


 「何者なんだろうね。私」


 顔を上げてそういったアカコは



 涙を流していた。



 今井はそれ以上なにも言えなくなった。


 「またね」

 アカコはそう言って人混みの中に紛れていった。



***


10/12 (月)放課後


 「今井。今日の放課後、例の件で話したいことがある。図書館までこい。」

 昼休みに波多野からそういわれた今井は放課後、図書室へ訪れていた。


 「まず、お前の調査結果を教えてくれ。昨日一色さんとデートだったんだろ?」

 「デートじゃないよ」

 人にデートといわれると否定したくなるのは何なんだろうと今井は思った。


 今井は波多野から頼まれていた調査結果を報告した。アカコが再び自分の前に現れたことも話した。

 波多野は話を聞きながらノートにメモを取っていた。

 

 「アカコがまた・・・・なにもされなかったか?」

 「うん。少し会話してすぐどこかへ行ってしまったよ」

 「そうか」


 波多野はノートを見返して

 「アカコの正体だがな。俺なりの仮説を立てていたんだ」

 と言った。


 「アカコの正体がわかったのか?」

 「さっきまで仮説だった。ただ、今お前の話を聞いて、確信を得た。この説でほぼ間違いないと思う。」

 「すごいじゃないか!早く教えてくれよ」


 「まあ、落ち着け。順を追って説明する。俺は前回アカコが誰なのか突き止めるための3つの条件について説明したな」

 

 「ああ、 

 条件1:一色葵さんと間違るほど顔、身長、声が似ていること。

 条件2:土曜日にデートすることを知っていること。

 条件3:土曜日10時~15時にアリバイがないこと。

 のことだな。」


 「そう。お前も調査中にわかったと思うが、この条件を満たせる人間はほとんどいない。なにより、仮に満たせたとしても動機がない。一色さんとお前のデートの邪魔をどうしてする必要がある?わざわざ電話して土曜日はお前とのデートに付き合って・・・相当の暇人じゃないとできないことだ。」

 

 「まあ、確かに」

 「つまり、アカコは最初からいなかったということなんだ」

 「ん?どういうことなんだ」

 「アカコの正体は、まぎれもなく一色葵本人だったということだ。」


 「いやいやいや、そんなわけないだろ」

 「どうしてそう思う?」

 「一色さんは土曜日に会ってたことの記憶がないと言ってたんだぜ?それに俺がデートをすっぽかしたことを本気で怒ってた。嘘をついてたとは思えない」

 「そう、一色葵が土曜日にお前と会ってないことは本当だ。そしてデートをすっぽかしたことに怒っていたことも彼女の本心だ」


 「・・・・・言ってることが矛盾してないか?」


 「俺はな、一色さんは、解離性同一性障害の可能性が高いと考えてる」

 「解離性同一性障害?」


 「お前にもわかるようにいうと、二重人格だ。」


 「はぁ!?」

 今井は思わず声を荒げた。そんな馬鹿な。そんなSF小説みたいなことあるわけない、

 

 「二重人格なんて本当にあるのかよ。お話の世界だけの話だろ」

 「二重人格は空想のできごとなんかじゃない。精神障害の一種なんだ。『24人のビリー・ミリガン』の例もあるし、日本でも宮崎勤という連続幼女誘拐殺人事件の犯人が多重人格者として正式に精神鑑定を受けている。」

 

 「そんな・・・」

 全身の力が抜けるようだった。一色さんが二重人格?そんなことがあり得るのか?


 「驚くのも無理ないさ。なにせ国内ではまだ認知がうすいからな。解離性同一性障害は、自分の中に二つかそれ以上のはっきりと区別できる自分とは別の存在がいることだ。そのもう一つの存在は自己の存在について認識しているし、独自の思考を持っているんだ。」

 

 「でも、自分のなかに普段の自分とは違う別の自分がいるのはよくあることなんじゃないのか」


 「そこが解離性同一性障害とそうでない人の大きな違いだな。例えば仕事では部下をしっかりと導くいい上司の顔、でも、家では奥さんの尻に敷かれてる夫の顔。これは解離性同一性障害ではなく、むしろほとんどの人にある状態だ。

 普段温厚な人が酒に酔って大声で怒鳴ったり、暴力を振るったりしても、一見人格が入れ替わったように見えるが二つの行動の記憶が連続している限りは解離性同一性障害とは言えない。酒で自我が開放されたことでいままで心のうちにため込んでいた自分の心情が爆発的に表れただけだ。

 

 解離性同一性障害とはむしろ、その自分をさらけ出す機会がない人が多いんだ。周囲に気を配りすぎて自分はこうあるべきだという周囲の期待に応えるために偽りの自分を演じ続ける。

 しかしはけ口のない自分の感情はため込んでいくばかりで次第に自分から解離して別人格が誕生してしまうんだ。」

 

 「・・・・・・なるほど」

 わかったようなわからないような。


 「解離性同一性障害は、人間関係のストレスから発症することが多い。さっき、デート中に怒鳴り声におびえていたと言っていたな」

 「うん」

 「もしかしたら一色葵は過去に親からの圧力におびえて生活していたことがあるのかもしれない。解離性同一性障害の人は、幼いころに両親から虐待や性暴力にあっているケースも多くある。」

 

 「まじか・・・・」

 一色さんがそんな辛い過去があったかもしれないとは。


 「解離性同一性障害の人の、もともとの人格のことを『ホスト人格』という。一色さんでいうと、一色葵本人だな。別人格はホスト人格にとって憧れの人だったり、自分はこうあるべきという理想を体現した姿だったりする。

 一色翠生徒会長によると、アカコの容姿は"cleave"という海外の童話に出てくる主人公に似ていた。


 一色葵にとって童話の主人公はみんなから好かれる可愛い女の子に見えたのだろう。一色葵にとって自分を偽らなければいけないとき、本来の自分を隠さなければいけない状態のとき、

 童話の主人公になりきってやりすごしてきたわけだ。

 

 そのうち葵のなかにある童話の主人公に自我が芽生え始めた。別人格の方が権力が上になり、葵の許可なく葵の体を乗っ取り葵の体を自由に操作できるようになった。これがアカコの誕生だ。」


 その上で10/3 (土)、第1のデートを振り返ってみる。

 まず10/1 (木)、今井がバス停で告白する。

 おれは正直バス停で告白ってなんだよと思ったが、今井の告白をアカコは聞いていたんじゃないだろうか。

 さっきもいったが、別人格の方がホスト人格より権力が上の場合、葵が見ている、聞いている情報をアカコも取り入れることができるんだ。


 自分はみんなから好かれる可愛い女の子。きっと異性ウケもいいと考えたアカコは、葵の人格を乗っ取った。

 今井に電話をかけ、日曜日のデートを土曜日に変更してほしいと連絡した。

 そしてアカコと今井は10/3 (土)にデートをした。


 10/4 (日)、何も知らない一色葵はデートは予定通り駅に向かうが、当然今井はいない。これで土曜日、日曜日に起きた第1のデートについてはつじつまが合うだろう?」

 

 「なるほど。先日アカコと再度対面した 10/11 (日)の第2のデートについてははどうなるんだよ。」


 「それも同じさ。最初は葵のほうの人格で今井とのデートを楽しんでいたが、アカコの方が主張してきたのだろう。

 お前じゃだめだと、

 素のお前が好かれるわけがない、私に代われと。デートのおわりまで葵は耐えたものの、今井と駅で別れた後でアカコに入れ替わり、

 再度今井の前に現れたというわけだ。」

 

 「いや、それだと辻褄があわない。」

 「なぜだ?」


 「一色さんと駅で別れてからアカコが俺の前に現れるまで1分となかった。1分の間でアカコに入れ替われるものか?」

 「アカコが一色葵の体の支配権を持っている以上、不可能ではないと思うが」


 「うーーーん」

 今井はなにか引っかかっていた。


 「で、現状がある程度把握できた上で解決策だが、解離性同一性障害は素人が立ち入っていい領域じゃない。変に刺激して悪化させる可能性もある。専門家に相談して診断を受けるべきだ。というわけで次あった時に一色さんにしっかり話すべきだ」



***


10/12 (月)夜


 「お姉ちゃん、お風呂空いたよ」

 「うん」


 風呂上がりに髪の毛を乾かしている妹に翠は声をかけた。


 「アオ」

 「なに?」

 葵はドライヤーを止めて翠の方を振り返る。



 翠は迷っていた。波多野から聞いたアカコのこと・・こんな状態の妹になんて声をかければいい?



 「なんなの?」

 「んー---・・・あの、なんか困ってることない?」

 「は?」

 「ほら、学校のこととかさ・・・」


 「なに、急に」

 葵は鏡に向き直り、ドライヤーで再度髪の毛を乾かし始めた。

 

 「まあ、特に理由はないんだけどね。なんか困ってることがあったらお姉ちゃんに言ってね」

 「はいはい」



***


 姉に急に「困っていることはないか」と聞かれた。


 なんだ


 なぜ急にあんなやさしくするのか

 

 姉はいつもあたしの数歩先を歩いていた。

 小さい頃、あたしと姉は母に連れられてよくハイキングに行っていた。姉は歩くペースがとても速く、あたしはいつも姉の背中を追っていた。姉になんとかして追いつこうと上ばかり見ていたら、足元の小石につまずいて転んだ。膝をすりむいてズボンに血が滲んだ。「痛い」とあたしが叫んでも、姉は振り返らずにどんどん先へ行ってしまった。

 

 待って

 いやだよ

 待ってお姉ちゃん

 あたしを置いていかないで

 

 泣きながら姉の背中を追うあたしを、母がおんぶして運んでくれた。


 運動も、

 勉強も、

 食べる速さも、

 トランプも、

 オセロも、

 じゃんけんさえも、

 あたしは姉に勝ったことがなかった。


 あたしはなにをやってもお姉ちゃんに勝てない。


 いつも姉と自分を比較していた。


 あたしはお姉ちゃんより劣っているのかもしれない。

 でも、それでもいいと思っていた。

 

 あたしがお姉さんより勝るものがあったから。


 一つだけ

 たった一つだけ____



 小さいころから絵を描くのが大好きだった。


 小学校から帰れば玄関にランドセルをほっぽりだして夢中で絵を描いていた。といっても幼児向けアニメのキャラクターをボールペンで書きなぐっただけの上手もへったくれもない絵だった。

 ご飯もお風呂のそっちのけで絵を描き続けた。

 絵を描くのは本当に楽しかった。


 これならお姉ちゃんに勝てるかもしれないと思った。


 あたしは小学校を卒業し、姉と同じ中学に入った。姉は生徒会に入っており、運動も勉強もできる有名人だった。

 姉の同級生はあたしを見て、

 「翠の妹?かわいい~」

 「葵ちゃんっていうんだー」

 と、もてはやした。


 あたしより数センチ身長の高い先輩達に囲まれるのは少し怖かった。

 自分に興味を持ってくれるのは悪い気はしなかったが、注目されるのは苦手だった。

 姉の所属するテニス部をはじめ、いろんな部活に誘われたが、あたしは美術部に入った。



 成績はあまり良くなかった。

 あたしの成績を見た先生は、

 「一色さんは、もう少しお姉ちゃんを見習わないとねー」

 「そうだぞ、お姉ちゃんに勉強教えてもらえ」


 くそ

 どいつもこいつもお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん


 この学校であたしの名前を知っているものが果たして何人いるだろうか。

 あたしは「一色葵」ではなく、「一色翠の妹」でしかなかった。

 


 誰かが言った。


 「あいつ、姉に両親のいいもの全部とられてんじゃないの」

 「姉ができたときの残りカスがあいつって?」

 「それはやばすぎw」

 

 あたしはトイレに駆け込んだ。


 扉をバタンと占めて便座に座り、スカートに顔を埋める。


 くっそ、くっそ、くっそ、

 お前に何がわかる、


 お前に、

 お前にお前にお前にお前にお前にお前にお前にお前にお前にお前に


 悔しくて悔しくて、声に出さず泣いた。

 

 その日、家に帰ると姉はいつものように、ソファに寝っころがっていた。

 姉のおしりにはあたしが大切にしていたイラストレーターさんの画集があった。


 「ちょっと!」

 姉をソファの上からひっくり返した。「いたっ」姉がごろんと床に転げ落ちる。

 イラスト集は、表紙の真ん中あたりから折れ曲がり、直してもくっきりとあとが残ってしまっていた。

 「ごめんごめん。でもソファに置いてんの悪くない?」


 は?

 お前のせいだろ

 あたしの成績が悪いもの

 あたしの自信がないもの

 同級生からバカにされるのも

 学校で名前で呼んでもらえないのも

 

 全部

 全部全部全部

 全部全部全部全部全部全部全部

 お前の・・・・っ


 「せいだろうが!!!!」

 声に出して言っていたとは自分でも気づかなかった。

 姉が目を大きく見開いてあたしを見ていた。

 一度言ってしまったことは取り返せない。

 そうだ言ってやればいい

 思ってること全部


 「お前がっ・・お姉ちゃんンっ、、、がっっいなければ・・・・もっとうまくいってた!!」

 自分がこんなに大きい声が出せるのだと初めて気づいた。

 目から大粒の波がこぼれた。

 ひくひくとのどがなり、うなく喋れない。


 涙に滲んで、目の前にいる翠の表情が見えない。

 涙が頬を伝い、口に入る。

 ぐちゃぐちゃの顔で叫び続ける。

 「いなくっッ、、なれ!!あだしのっ前から!!!消えろ!!!!っいいいっ、、いなぐなれよ!!!!!」


 姉が鼻をすする音が聞こえた。「どうしたの?」と母がリビングに入ってくる声が聞こえて、はっと我に返った。

 「お姉ちゃん・・・」

 姉の顔を見ようと、涙を裾で乱暴に拭うと、姉は急にそっぽを向いて自分の部屋に籠ってしまった。


 「なにかあったの?」

 両親が心配して聞いてきたが、あたしはなにも答えず、部屋に籠った。


 しばらく部屋で一人で考えごとをしていると、母の叫び声が聞こえてきた。


 「翠・・・!!翠!!」

 「どうした?!」

 母は高い声を枯らしながら叫んでいた。異常を察した父がすぐに駆け付ける。


 「救急車・・・っ早く救急車呼んで!!翠が!!」

 声のする風呂場に向かうと



 血


 血が

 湯舟が血で真っっ赤に染まっていた。



 母が必死に掬い上げた左手首から血が絶え間なくどくどくと流れていた。

 「翠っ!!!みどり!!!」

 ぬるくなった湯舟にぷかぷかと浮いている姉はぐったりとして肌は青白く血色がない。唇は紫色になっていた。



 姉はすぐに救急車で運ばれた。


 カミソリで手首を切った。

 お風呂で体温が上がった状態で切ったことと、湯舟にだったことで出血が止まらなかったことが原因でとても危険な状態だった。


 あとでわかったことだが、姉は中学校でいじめにあっていた。能力がありすぎると同性からねたまれていたらしい。

 学校で自分が受け入れられないことに合わせて、自分の妹からも拒絶されたことが引き金となって自殺に踏み込んだのではないかと言われた。


 いじめが原因とはいえ、自殺の決意をさせてしまったのは葵の「消えろ」という一言であったことは間違いない。


 父はあたしを怒鳴りつけた。


 お前はお姉ちゃんになんと言ったんだ。

 同じことをお父さんにも言ってみろ。


 父は何度も何度もそういった。

 あたしが何も言わずに黙っていると大声でどなったり、机をダンダンとたたいて罵声を浴びせた。

 そばにあったボールペンを投げられたりもした。


 なにを言われたかはほとんど覚えていない。いや、覚えないようにしてたのだ。

 怒られている間、家の机の木目の形を追っていた。こうしておけば目の前のこの辛すぎる状況から目を背けられると思った。


 その日から父はあたしに対する当たりが強くなった。

 あたしの話を無視するようになった。

 あたしが父の言うことを聞かないと、腕につかみかかってきては大声で怒鳴り散らしてくるようになった。 


 反対に姉には過保護になった。まるであたしに見せつけるように感じられた。


 あたしは我慢できなくなり母に相談した。すると母は

 「この家では、お父さんが一家の長だからね。この家にいる以上はお父さんの言うことに従うしかないよ」



 そんな

 お母さんまで

 お父さんの味方なの



 家に帰るのが億劫になった。

 学校が終わっても、ファミレスで時間をつぶすようになった。

 この家にあたしの居場所はないように感じられた。

 


 あたしが家に帰るのが遅いと、また父が怒鳴った。


 そんな時だった

 あたしの頭に彼女が誕生したのは


 (・・大丈夫・・・・?)

 「・・だれ?」


 (そんなに泣かないで・・・)

 「だけなの?」


 (君はひとりじゃないよ。私が君の身代わりになってあげるよ)

 「どういうこと?」


 (今度父親に怒られるときは私が入れ替わるよ。私は、君自身なんだから。私を信じて・・・私に体を預けて・・・)


 

 「いっった・・・っ」

 まただ。

 最近よく頭痛になる。

 「頭・・・・痛いっ痛いよお・・」

 頭を抱えてベットに横たわる。

 意識が遠くなる。


 頭痛が起こると数時間程度の記憶が曖昧になる。次に目が覚めた時にはあたしは違う場所にいて、

 なんでそこに行ったのか思い出せない。


 なんだか最近変だな。

 





***


10/13 (火)


 今井凛久は教室で斜め前の席の葵を見ていた。

 

 一色葵が二重人格・・・・

 昨日の放課後、波多野とそう結論付けたがいまだに信じられない。


 しかし波多野の言う通り、解決するためにも葵にはちゃんと話さなくては。

 でもどうやって話せばいいのか。

 

 君、二重人格なんじゃない? 

 なんていうのか。

 こんなこと、とても葵に言えない。


 休み時間に話しかけようとしたが、鈴木茉莉と話していたりなかなかタイミングがつかめない。

 

 次の休み時間になったら。

 

 今度こそ、昼休みになったら。

 

 放課後になったら、放課後に葵を呼び出して話そう。

 

  

 

 

***


10/13 (火)放課後

 


 部活の掛け声と吹奏楽部の楽器の音が響く放課後


 学校の校舎裏の薄暗い場所に一人の少女が現れた。

  


 墨を頭のてっぺんからひっくり返したような漆黒の髪。

 ブレザーの下に青のカーディガン。胸元には紺色のリボン。

 

 その少女は前髪を触りながらどこかそわそわとしている。

 まるで気になる男子に呼び出され、告白でもされるのではとドキドキしているような。



 少女のもとに近づく黒い影。


 影は少女の華奢な肩をトンと叩いた。

 少女は笑顔で振り向く

 「今井く・・・」

 


***


 今井凛久は結局、放課後になっても葵に二重人格の件を話せずにいた。


 みんながいなくなった教室に一人、波多野と話した内容について考えていた。

 

 波多野の理論はほとんど辻褄があっている。

 ただ、なんだこの違和感は。


 きっと、アカコ、葵の二人と対面した自分しかわからないことだ。

 二回目のデートで葵と別れたあと、わずか一分足らずでアカコが現れた。

 

葵とアカコは本当に同一人物か?


 今井はノートを取り出し、いままでの推理についてまとめてみた。


 条件1:一色葵さんと間違るほど顔、身長、声が似ていること。

 条件2:土曜日にデートすることを知っていること。

 条件3:土曜日10時~15時にアリバイがないこと。


 波多野はこの条件を満たせる人物はいないと言ったが、別に葵に顔が似ている必要はないのでは?

 葵に似ている人物を別で用意して、本人は会話のすり合わせを行うために遠隔で指示していたとしたら?

 

 となると、

 条件1:一色葵さんと間違るほど顔、身長、声が似ていること。


 は満たせている必要はない。


 そして、

 条件2:土曜日にデートすることを知っていること。

 条件3:土曜日10時~15時にアリバイがないこと。

 を満たせる人物が一人いたではないか。


 鈴木茉莉だ。


 それだけじゃない。茉莉が以前、今井に言った一言

 「きっとね、いろいろ考えすぎちゃう子だから。なんでも自分のせいにしちゃう。自分が頑張って人のために尽くしちゃうんだよ」

 あれは葵のことを心配してのことだと思ったが、今井とのデートを切り上げさせるために言ったのでは?

 現に今井はその一言を思い出し、デートを早めに切り上げている。

 

 茉莉は今井と葵が恋人の関係になることに反対的な意見だった。

 

 友人のツテかなんかで、葵にそっくりの人物を雇い、今井とデートさせた。

 後日、学校で今井に葵とのデートを切り上げさせるような意味ありげな一言を残した。

 

 動機も充分。辻褄も合う。

 黒幕は鈴木茉莉だ。 


 さっそく彼女に突き詰めてみよう。


 今井はすぐに茉莉が所属する吹奏楽部に言った。今日は教室で自主練中とのことだった。

 吹奏楽部員から教わった教室に行くと茉莉が一人でサックスの練習をしていた。


 「鈴木さん、ちょっといい?」

 「今井君?」

 彼女は驚いたように目を見開いた。この反応、ますます怪しい。


 「どうしてここに?」

 「全部わかったよ」

 「ん?なにが?」

 「とぼけないで。君が俺と一色さんとのデートを邪魔した犯人だったんだね」

 「はあ?」

 「葵さんに似た人を雇って、その人と俺をデートさせた。俺に意味深な一言を植え付けて一色さんとの仲を進展させないようにした。そうでしょ?」


 「ちょっ、ちょっとまって?さっきから何の話?」 

 いつまでもとぼける気か。


 「てか、そのアオは?会えなかったの?」

 「話をそらさないでよ」

 「だからその話、まじで意味わかんないんだってば。アオと会う約束してたんじゃないの?またすっぽかす気?」


 何を言ってる。

 ひょっとして、俺はとんでもない勘違いをしていたのか?

 そう今井は思った。


 「・・・・・なんの話?」


 「さっき部活いく途中でアオとすれ違ってさ、なんかご機嫌だからなんかあるのか聞いたら、今井君に呼び出されたって言ってたよ。」

 「俺は一色さんを呼び出したりなんかしてない」

 「え?でもアオはそう言ってたよ」


 そんな。念のため、携帯を取り出して確認してみようとすると、

 「あれ?この携帯、俺のじゃない」


 機種は同じだが

 画面のキズが違う。まるで新品そのものだ。


 昨日まで携帯はあったはずだ。葵とのデートで使ったから覚えてる。


 最後に携帯を使ったのは・・・

 帰るときに電車の時間を調べようと取り出してアカコが現れて驚いて落とした。



 それをアカコが拾った。

 


 「おい、今井!」

 波多野が青ざめた顔で教室に入ってきた。


 「いま、学校に不審な女がいたって噂になっててな。なんでもうちの制服を着てるらしいんだが、見たことない顔で、先生に止められたとたん、走り出したらしい。その人、一色葵に似た、少し赤みがかかった髪の女だったそうだ。」

 「赤い髪・・・まさか・・・・」 


 今井は頭から血の気が引くのを感じた。


 今井に呼び出されたと言っていた、葵

 呼び出した記憶のない、今井。

 そして携帯がない。

 学校に現れたアカコらしき人物



 指がガタガタと震えている。


 最悪


 考えられる最悪のケースを想像してしまった。

 

 とにかく葵と連絡を取る方法はないか。

 「鈴木さん、一色さんに電話かけれる?」

 「う、うん」

 茉莉はスマホで葵に電話を掛けた。

 

 しばらく通知音だけが鳴り続ける。


 ガチャリ


 という音がして、通知音がやんだ。

 今井は茉莉からスマホをひったくった。


 「ちょっと!」

 茉莉がなにか言っているのを無視して


 「一色さん!?いまどこ?」

 だが、返事がない


 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「一色さん!!」

 「・・・・・今井君?」


 声が聞こえた

 ・・・・が、



 「お前、アカコだな」

 今井は葵とアカコの声を聴き分けられるようになっていた。


 「なにその名前、だっっさ」

 「一色さんはどこだ?」

 「携帯なくなってるのにいまさら気づくなんて。それに今時スマホにロックかけてないとか」


 「一色さんはどこだ!!」

 「校舎裏に呼び出したよ。間に合うといいね」



 「アカコォ!!!!!」


 ぶつっと電話が切れた。



***


 生まれたときから、自分の存在に疑問を持っていた。


 自分が存在しているという自覚はあったが、自分の名前はないし、自分の姿は自分ではない誰かのものだった。


 だから好きな人に「君は何者なんだ」と言われたときは

 少し悲しかった。



 自分が何者かなんて、私が一番知りたいよ


 

 男の子に初めて告白されたときはとても嬉しかった。

 こんな私を好きになってくれる人がいるなんて。

 

 頑張って、彼に好かれるようにしなければ。

 だから葵はダメだ。


 彼に好かれるためにはもっと女の子らしくおしとやかにしなければ。

 

 お前みたいな派手な服装に濃いメイクじゃだめだ。

 それにお前は自分のことをべらべらしゃべりすぎだ。


 私が彼に好かれるようにふるまってやる。

 男の子との初めてのデートはとても緊張した。

 好かれようと気にしすぎて自分のことはあまり話せなかったけど、自分の話より相手の話を聞く方が大事だろう。 


 でも、10/11 (日)の二回目のデートの時、葵が出てきて驚いた。

 あんなに力ずくで押し込めたのに。


 なにより驚いたのは、今井凛久とそれに楽しそうに話していたことだ。



 ふざけんな。



 せっかく私が好かれるような女の子としてふるまってやったのに


 本当のお前が受け入れられるわけない。


 本当の自分なんか隠して、相手や周りに合わせて無難に取り繕っていればいいんだ。



 葵を消さなくては。



 でないと私の存在意義がなくなる。

 

 そのためにどうすればいいか。

 今井凛久のふりをしてやつをおびき出そう。


 だが電話をかけた時、姉の方が出る可能性があるな。

 いや、今井の携帯から電話がかかってくれば葵の方が出るだろう。

 姉と今井に接点はなかったはずだ。


 そのために今井の携帯からかけよう。

 今井が携帯を落としたときに同じ機種の携帯にすり替えておいた。

 

 電話を掛けると

 「今井君?」


 やはり葵の方が出た

 できるだけ今井に寄せた声でこう言った。

 「放課後、校舎裏に来てくれない?」



 そして今、約束の校舎裏に来ている。

 

 雑草が足に絡みついてくる薄暗い空間に

 胸元には紺色のリボンをつけた漆黒の髪をした女が立っていた。

 

 まるで告白されるのを待つように。

 

 私はその華奢な肩をトンとたたいた。


 「今井く・・・」

 振り返った笑顔は私の顔をみた瞬間、驚きと、絶望に満ち溢れていた。



 なんだその顔は

 そんな醜い顔をするな


 私と同じ顔で

 

 そういうとこだ

 お前のそういうところが心の底から大嫌いだった。



 あんたにはもう消えてもらう。




 一色葵はこの世に二人もいらない。












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