第39話
僕は小さな立方体の感触があることを一度認めてから黒い筒をジャージのポケットにしまう。
するとリードさんが続けざま斜に視線を外して、支配されてる人達全員が動いていないことを視認した。
こうなれば、相手はもう目の前のアイ・コピーただ一人。けれど拳銃を奪えてないのはかなりの痛手と言える。今の相手はこれまでよりも遥かに危険で未知数だ……。
ひりついた空気で額に汗が滲む。残暑と日光、そして不思議と一風も吹かないこの場所で、大樹もざわめくことなく不気味な静寂だけが流れていた。
どちらかが動けば決着がつくと、そう予感させる。故にリードさんも相手も一向に動く気配を見せない。お互いがお互いのことを読み合っているのかもしれない。
僕はその過程を知ることができないから、このままの体勢で動き出すのを待つしかない。
おそらく後手に回った方が勝つ。それだけはこれまでの戦いの中で、確信はないけど経験則が言っていた。
「……せーので行きます」
「うん……」
ふと、リードさんが小声で合図を送ってきた。このままでは埒が明かないと思ったのだろう。睨み合いは一分近く続いたが、その時もついに終息を迎える。
「せーのっ」
リードさんの掛け声の後に、僕も同時に土を踏みしめる。急速に進む僕たちを前に、しかし、相手はしわ一つ歪んでいない。
焦りの一端も窺えやしないが、体格も力の差も、スピードもこちらが上のはず。
目でこちらの動きは追えてるようだが、僕たちが右側に入り込んでからようやくその腕を動かし始めた。
けれどこちらはもう手を伸ばし始めている。後出しで対応できる速度ではないはず。まずは右手にあるその拳銃を……
「おっ、と」
完全に掴んだと思った。けれど、相手は片足を軸に時計回りに回転して、こちらの手から逃れた。
その余裕そうな声音からして、おそらくこっちの動きは読まれてた。
半分脅しで言ってるのかと思ってたけど、どうやら他のAIの力を模倣できるというのは嘘じゃないらしい。
リードさんが伸ばした手は拳銃ではなく空気を握りしめ、そのまま数メートルほど足を滑らせる。
やっぱり動き出しが良くても止まるのが難しい。素早く止まれていたら、今まさしくバランスを崩している相手に立て続けにアタックできていた……。
そんな内省の最中、一つの銃声音が大きく轟く。今までとは比べ物にならない、鼓膜ごと脳天を貫きそうな破裂音。
放たれた銃弾は、しかしリードさんが辛うじて躱し、右の横腹を掠めていった。
相手は崩れた体勢そのままで撃ってきたようで、再度相手を見やればおっとっとと跳ねながらも片足でバランスを取っている。
「行きます」
「うん!」
チャンスは今、相手がバランスを立て直す前に詰めれば……!
「せーのっ」
再び走り出し、相手の間合いへと近付く。
視界に入るのはコピーと、その後ろにいる女の子。相手が拳銃を手放さない限り、僕以外の命も危険に晒される。なんとしてでも奪取したい。
だが、そう甘くはいかない。相手はようやく両足をがっちり地面に付けると、銃口をこちらに向けてくる。
「右」
「はい!」
リードさんの合図で体を大きく横へ逸らすと、僕の左側を銃声音が掠めていった。
「もう一度右」
だが、相手は易々と暇を与えてはくれない。今度は音だけでなく、銃弾も僕の左半身を掠めていく。
今度は本当にギリギリだ。危うく服を焦がすところだったかもしれない。
そんな安堵も束の間、リードさんは何も言わず上半身だけ左に反らした。
「あっぶ……」
思わず声が漏れる。今のはかなり鋭い一弾だ。そんな呑気に関心していたら、リードさんは今度、僅かに後ろへと飛び上がる。
おそらく足元を狙われたのだろう。ピュンッという銃弾の
「シールドは弾丸でも罅すら入らない。だいぶ頑丈だな」
さすがにここまで踊らされるとは思わなかった。今までは相手が銃を持っていても、なんだかんだリードさんが躱して相手が距離を測ってこない限りは間合いに入っていけた。
でも今回は僕たちの行動を読んで近付けさせず、確実な一弾も狙っている。その場からあまり動かずに、だ。
最初に銃を奪うことができなかったことから、相手の脅威は今までと全く異なるものなのだと、今になってようやく体が理解した。
前はこっちから仕掛ければ確実に一撃は加えられたが、今の相手はこちらの攻撃を読んで躱し、僕たちを翻弄しつつある。
「リードさん……もっと早く、相手の間合いに入り込めないかな……」
「コマンド能力を使えば可能です。しかし、また介様の妹さんの体に多大なダメージを与えてしまう可能性があります。それでも構わないというのであれば……」
「話し合っているところ悪いが、今度はこちらから行かせてもらう!」
そう言い放つと、相手は銃弾を放ちながら地面を蹴って僕たちの方へ近付いてくる。
「介様、退かず躱し続けます」
「え!?」
まさかの決断に驚きを隠せなかった。距離を取りながら隙を突くのかと思えば、想定外の構え。これじゃあ相手の良い的にしかならないんじゃ……。
最初はそんな不安に駆られていたけど、相手の銃撃は僕の頭部、腹部、脚部に向かって一発ずつ放たれるも、それをリードさんは小さなステップを踏んで全て躱す。
すると、相手の銃撃はその計三発だけに留まると、僅かに表情を歪ませながら拳銃をスカートのポケットにしまう。
だが相手はその詰めてくる速度を緩めることなくこちらの間合いに入り込むと、走ってきた勢いも載せて、その左拳を僕の右胸めがて放ってくる。
けれど、リードさんがその攻撃を難なく片手で受け止めてみせた。
「どういうつもりですか。一転して、馬鹿正直に打撃とは……」
「まだこの体で肉弾戦闘はしてないと思ってね。試し打ちさ」
受け止めた感じ、威力はそこまででもない。人の体とは言え二つ年下の女の子、楓の体だ。あの警官の体よりかは遅く、力もない。隙を突ければ、その耳に……
しかし、そんな甘い思惑は通らない。
相手は瞬時に
だが相手は外した蹴りをそのまま回転力に応用して勢いをつけ、今度は空中に漂う僕の右半身に鋭利なつま先を突き立てきた。
「くぁっ……!」
危うく右腕でガードはできたものの、上腕二頭筋とそこの骨に深く刺さり、耐えかねる激痛が走った。
空中でバランスを崩したものの、リードさんは足を捻るようなこともなく無事に着地する。
「飛んでいても瞬時にガードできる……さすがリード」
「大丈夫ですか? 介様」
「……多分……」
さすがに今のは骨まで響いた。折れてないとは思うけど、存外痛みが治まらない。
しかし、今の体運びのしなやかさはまるでリードさんみたいだった。それにあの柔軟性……。地面に手を付けてつま先を伸ばしてくるなんて予想外だ。
楓は陸上部だし、それなりに筋肉と柔軟性はある体。対して僕はまともな運動をしてこなかった鈍い肉体。
楓の体はできるだけ傷つけたくない。でも……このまま守りに徹していたら、僕の体がもたない……。
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