第30話

「その……連絡はいつぐらいに掛けたんですか?」


「それがさっきなのよ。四限目の途中なんだけど……」


「その電話は、家の電話ですか?」


「そうそう。自宅の電話に掛けたの」


 あ、やっぱり。


「じゃあ多分、その時間は家に誰もいないです……」


「そう、よね……でも、もう一つの保護者の方の番号にも掛けてみたんだけど……繋がらなくてね」


「あ……そういう、ことですか」


 ちゃんとそっちにも掛けてて、孝子さんの電話にも繋がらないとなると……掛けた時間はおそらく病院で働いてる最中ってところだろうか。


 まあ、もしくは……考えたくない事態に巻き込まれてる可能性も視野に入れとかないと。


「そうなの。で、今日はお兄さんの方は登校してるって聞いたから、愛田さんが登校してない理由を聞けるかなって思って。昨日はあちらから連絡もらっていたから良かったんだけど」


 そこで言い切られてしまい、肝心の孝子さんがなんて伝えていたのかを聞けなかった。


 大日先生はその続きを何も言わず、眼だけで「愛田さんはどうしてる?」と訊いてくる。


『介様、分かりました。昨日、孝子様はこの方に妹さんの容態が悪いことを伝えています』


 おぉ……さすが、リードさん! そこにいてくれて助かった!


「あの、妹は……まだ、体を壊してて……今も部屋で寝込んでます」


「あ、そうなのね! それは昨日から?」


「はい。多分、寒暖差が原因だと思います」


 嘘だと分かってて話すのは正直苦手だが、今は嘘を貫かないと。最悪、大日先生が酷い目に合う可能性がある。


 今は引いて欲しい。これ以上の深堀りは止めてほしい……。


「そっかそっか。じゃあ、妹さんには体を大事にと伝えといてください」


「あ、はい。分かりました」


「うん。ごめんね、わざわざ来てもらって。ありがとう」


「はい、ありがとうございます」


 互いに頭を下げ、大日先生は静かに職員室の中へと消えていった。


 しかし、綺麗な人だった。異性と話すのは別段苦手というわけではないけど、美人と話すのはちょっとしんどいかもしれない。


「……ありがとう、リードさん。透視の力があって助かったよ」


『本来こういった用途ではないのですけど』


「すみません」


 とりあえずこの場をしのげたが、来週からはどうしたものか……。


 今度は不良化して高校に来なくなったとでも言うか? その場合、帰ってきたお母さんとお父さんが泣くことになりそうだけど。特にお父さん。


『しかし、孝子様に電話がつながらないとなると……』


「相手に……襲われたのかも」


『まあ、それもあくまで可能性の話として留めておいた方がいいでしょう。四限目の途中と言ってましたし、孝子様も午前は家にいると口にしてはいましたが、本当は正午になる数時間前にはすでに働きに出たという事も考えられます』


「だね……。あとは……仕事してて電話に気付けなかったとか、あるかもだし」


 正直、もうこれ以上周りが危険におかされることは考えたくない。


 できれば孝子さんだけでも無事でいてほしい。なんなら朝から酒を飲んでしまって何も手にできない状況でいてほしい。


 いろいろと空回る思考を一度取り止めて、僕は来た道を戻ろうと足先を返す。たった短時間の要件だったのに、なかなかに考えることが多かった。


 拳を放ったり弾丸を避けることに比べれば大したことではないが、今からこの学校を飛び出していける勇気も覚悟もない僕は、ただただ孝子さんの無事を祈るしかない。


 ふと瓢太を待たせてることを思い出した僕は、少し足早に階段を上がっていく。


 洗った手をハンカチで拭う女子達を見かけると、僕は二階に着くやトイレ前にある水道に立ち寄る。


 手汗の滲んだ両手を洗い流してふりふり振ってから、ポケットのハンカチを取り出して水滴を拭った。そしてまた、思い出したかのように足早になる。


「ごめん、瓢太」


「ほぅ、ほほかったはん」


 窓側にある僕の席で瓢太はひょうひょうとしていて、僕が近付いていっても箸を止めずにいた。


「いや、口に物入れながら話されても……」


 やんわり指摘してみると、瓢太はすぐさまグッと飲み込んでみせる。


「早かったじゃん。てっきり叱られにいったのかと思ってたけど」


「なんでそう思う」


「いや、職員室に呼ばれるとか、大体そうじゃん」


「……まあ、言ってることは分からなくもないけど」


 僕は自分の席へ座すると、机に置いていた弁当箱を開けて箸を手に取った。


「いただきます」


「そういえば、介に聞きたいことあったんだよ」


「ん?」


 箸でつまんだ卵焼きを口に入れる直前に訊かれて、僕はこくりと首を捻る。


「一昨日! 来たんだろ? 例の非通知電話! どうだった!?」


「あ……あー……」


 そういえばそんな投げやりな約束されてたなぁ……。僕は悩ましげに一度卵焼きをもぐもぐしゃくしてからどうしたものかと逡巡する。


 本当のことを言っても信じてもらえないことは目に見えている。なにより僕自身もまだ信じ切れてない。


 ここでリードさんに話してもらうという手もあるけど、それだと急な僕の体の変化に、瓢太だけでなくクラスのみんなにも知られて大騒動になるかもしれない。


 考えがまとまらないまま卵焼きを飲み込んでしまったおかげで、僕は渋々口を割ることになった。


「うーん、なんか……耳がキーンってして……それだけで終わったよ」


「え……絶対嘘だ。もっとなんかあったやろ!」


 まあこれくらいで納得はしてくれないよな……。確かにあったには、あったんだけど……。


『介様。友人の彼に話しても別に構いません。信じてもらえるかは介様の説明力次第ですが』


 いいんですか、リードさん……。でも、問題はそこだよなぁ……。絶対話長くなるだろうしなぁ……。


「おい、黙ってないで話してくれよ」


「いや、ほんとにその……本当になんでもないただの迷惑電話だったんだよ」


「じゃあなんで今黙ってたんだよ。絶対なんかあっただろ、他にも」


 うーん……めんどくさい。


「まあ……なんか、どこの言語かも分からない音声が流れてきた、かなぁ……」


 嘘は言ってない。リードさんが僕の頭に入ってくる前に意味不明な音声が流れてきたのは確かだ。


 あー……ダメだ。今度はその時の音声について気になってきたけど……訊き出すのも面倒くさいって思えてきた。


『あの時は、介様の体の中に入る許可申請を送っていました。詳細な申請方法は話しませんが、閉められた扉の鍵を開けるようなことをしていたのは確かです』


 おー……なんか訊かずとも答えてくれた。透視の力って……思考を読んでるって、こういうことなんですね。すげぇ……恥ずかしい……。


「え? それって、もしかして……宇宙の音!?」


「なんだよ宇宙の音って。もしかして宇宙人からのメッセージって言いたいの?」


「あ、そうそう! さすが介だな!」


「なにが」


 褒められてるのかどうかも疑わしい……。


「いや、もしかしたら宇宙からの電話かもーってSNSに書いてたからさ。俺、そのこと言いたかった」


「あーね。確かネット記事にもそんなんあったけど……でもそれはまだ確定してるってわけじゃなさそうだし」


 なんて言ってはみてるけど、宇宙からの音声と断言していいのかもしれない。なんならリードさんは別世界から来た存在だというのは確かだ。


 彼女が言うこの世界が仮想世界というのは仮に確定事項だとして、この仮想世界の外から来たと言うのなら、もう宇宙からのーという仮説は実質合ってると思う。


「でも、そうだったらめっちゃロマンある話だよなぁ……」


「……そう、だな」


 ロマン、か。まあ、僕にとってはそれ以上に絶望感が凄まじかったけど……。


 ふと、なんとなく当時の話題性の熱に当てられてた自分を思い返して、しゅうしんで胸がはち切れそうになった。


「あー、俺にも掛かってこないかなぁー」


「掛かってきても、特になにもないよ」


「いや、もしかしたら俺には何か来るかもしれんやん。勇者になれるかもしれないし!」


「それ根も葉もないうちの学校の噂だし……」


 まあ結果、僕は勇者じゃなくて被験者だったけど。

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