第15話

「愛田介さん、いらっしゃいますか?」


「あ、僕が愛田介です」


「あ、こんにちは。愛田介さん……お一人、なのかな? 保護者の方は?」


「あ、たか……親は今、病院内で仕事をしている最中で……」


「あぁ、そうなんですね」


 面持ちからして四十代前半くらいだろうか。話し方も丁寧で温厚な印象。


 だが昨夜、この背格好くらいの人に僕は襲われた。この人の髪色や瞳の色はどちらも黒だから別人なのだろうけど。


 それでも相手が警察の人だと、そんなこと関係なく肩肘が張ってしまう。その方は扉を全開まで開けると、堂々とした姿勢で病室に入ってきた。


『彼は別に乗っ取られってはいないようですね。話は一旦、中断にしましょう』


 そう言って、リードさんは僕の視界からスッと消える。こういう時、リードさんは頭のどこにいるんだろうか……。


「じゃあ、保護者の方がいなくても大丈夫かな? 確か、もう十八歳だとは聞いてるんだけど」


「あ、はい。十八です」


「そうですか。未成年だと、やむを得ない場合を除いて保護者同伴をさせないといけないんだけど……まあ、十八はもう成年だし……大丈夫かな」


 あー……これは襲われたとか関係なく、警察の人の言葉一つ一つになぜだか得体のしれない圧を感じてしまう。


 少しでも変なことを口にしたら牢獄にぶち込まれそうな……背後に巨大な権力を感じる。……めっちゃ失礼なこと考えてるな、僕……。


「事情聴取の件は、聞いてるかな?」


「はい。親から聞いてます」


「分かりました。とりあえず、受け応えに問題はなさそうで……何よりです。あと……」


 そこで言葉を切ると、警察の人はふと背後に目をやる。その視線の先を追ってみると、もう一人の男性警察官がおそるおそる入ってきた。


「愛田さんは……彼の顔に、見覚えありますよね?」


「……はい。あります」


 その人を見た途端、電気のような痺れと怖気がへそを起点に一瞬で全身に駆け巡った。


「愛田さんは、この人に何をされました?」


「……け、拳銃を……向けられました」


「それは、間違いないですね?」


「……は、はい……」


 この人……この人だ。帰り道、倒れた楓を抱えてたらいきなり現れて……拳銃を向けてきたあの警官の人。


 間違いない。眼も鼻も口も、髪の長さ……あの時に見たまんまだ。でも……瞳と髪の色が違う。真っ黒だ。


「だそうだけど。かま、憶えてるか?」


「……すみません、かわさん。まったく憶えてないです」


「そうか。謝るのは俺にじゃないけどな」


「すみません……」


 反省の色を見せる釜井さんを見て、川田さんはどこか呆れたように眉尻を落とし、後頭部をポリポリとかく。


 しかし、何度その顔を見ても、昨夜のあの警官の特徴と一致している。瞳と髪の色以外は全て同じだ。


「本当に、ないんだな?」


「あ、でも……薄っすらとだけ、この子のような顔の青年の記憶があります」


「あるのかよ」


 その釜井さんの発言は、僕にとって衝撃的なものだった。


「その子に殴り掛かっていた記憶も……ほんの僅かですけど」


 確かに殴りかかられたけど、それは最後の最後に相手が手中に隠していた黒い立方体を使う前のこと。むしろ最初に殴りかかっていったのはこっちの方だ。


『相手に支配されていたからか、記憶も曖昧なのでしょう』


 いや、結局あなた出てくるんですか……。気を張ってたから良かったものの、危うく叫んじゃうとこだったよ。


「……ど、どういうこと?」


 手で口を隠し、警官二人にはまるで驚いてるような素振りに見せて、僕はリードさんにしか聞こえないように小声で問う。


『あの釜井という方は、体はもちろん、意識や記憶すらも、あの時アイ・コピーに全て支配されていました。しかし、僅かに記憶があることから、もしかすれば完全に支配されていたわけではない……か、もしくは私達がアイ・コピーからあの方を救い出したことで支配されていた脳機能が解放され、今現在は回復の兆しを見せているとも考えられます』


 にわかには信じがたいものだし現実味に欠ける話だが、リードさんが言うならそうなのだろう。


 僕にはその事実を知るすべはないし、故に、これ以上は深く考えないようにした。


『とは言っても、あくまで仮説にすぎませんが』


「なにその、知らんけどみたいなオチ……」


 リードさんが言うなら、とか思うんじゃなかったよ。


「そういうことで……この度は、部下が本当に申し訳ございません」


 リードさんとこそこそやってたら、気付けば僕は警官二人に深々と頭を下げられていた。


「うちの者が迷惑をかけてしまい、なりふり構わず君を殴ったこと、本当に申し訳ない」


「……申し訳ございませんでした!」


「あ、いや……」


 なんでだろう。なんか……スッキリしない。むしろ訳も分からず怒りが沸いてくる。


 謝ってもらってるのに、こんなにも粛々しゅくしゅくと頭まで深く下げてもらってるのに……全然心がスッキリしない。


『もう分かってるとは思いますが、彼らはアイ・コピーに支配されていません。警戒する必要はないです』


 そう言われても、あの……まず、赤の他人を前にして緊張してるというか……人見知りっていうのがあってですねぇ……。


「ほんと、あの……大丈夫です。この通り、体は無事ですから。お医者様にも目立った外傷はないと言われたましたし……擦り傷を負った程度で済んでますから」


 なんでスッキリしないのか、なんとなくだがその正体が掴めた。謝られる相手が違うんだ。だって、この人達は何も悪くない。


 謝らないといけないのは……リードさんの言う、アイ・コピーって奴だ。


「ほんと、申し訳ない……」


 釜井さんは再度深々と頭を下げてみせ、今度は喉を絞めつけたような声で謝罪を口にした。


「そういえば、小耳に挟んだのですが……妹さんがこの院内にいるのだとか……」


 予想もしていなかった質問が飛んできて、僕は思わず自分の中で蓋をしていた感情がはち切れそうになる。


 けれどそれは、警官の人に言うべきことではないと即座に考え直し、ぐっと堪えた。


「その時は、妹さんもご一緒だったんでしょうか?」


「……はい。夕飯の買い物帰りで、その場にいました。今はベッドで寝てると、親から……」


 伏し目がちにそう話しながら、僕は内心今にも溢れそうな思いを抑えつけていた。少しでも気をゆるめたら、理性というブレーキが効かなくなりそうだ。


「そうですか……。釜井は、心当たりとかないのか?」


「いえ。自分が憶えてるのは彼と、他に運ばれた二、三名ほどだけです……」


「本当か? それ。どうせ妹さんも一緒に殴ったりしたんじゃないのか?」


「いや、その……顔を見ないことには……なんとも」


 殴っ……ては、いなかったかな。戦闘がひと段落した後、楓に傷がなかったのは確認したし。


「うーん……とりあえず、愛田さんの妹さんにも頭を下げることになるだろうな、これは」


「……すみません。本当に……」


「まったく……一般人を殴った挙句、その記憶もないとか……。酒癖か? 酒癖が悪いのか、釜井」


 呆れたため息を吐くや、川田さんは辟易しながらも再度問いただす。


「それが本当に憶えてなくて……」


「はぁ……。しかも携えていた拳銃も紛失したって……その記憶もないのか?」


「すみません……」


「……ただじゃ済まないな、これは」


 え……あの時使ってた銃、くしてるんだ。


 そういえば最後にアイ・コピーと殴り合いになった時、リードさんの攻撃を止めるために落としてた。その時、どっかに行ったのかな……。

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