第14話

『それは……どこから来たのか、という意味でしょうか。それともどういう生命体なのか、という意味でしょうか』

「えっと……まあ、どっちもかな。話してくれるなら、どっちも話して欲しい」


 やけに慎重で意味深な確認の取り方だ。ただ、リードさんがそう訊いてくるということは何か訳があるのだろう。


 僕が応えると、リードさんは悩む間もなく『分かりました』と頷く。


『それではまず、私の話をする前に一つだけ頭に入れておいてほしいことがあります。それはこの世界が現実世界ではなく、仮想世界の中だということ』


「それは……うん。最初に会った時に聞いたし」


 まあ正直、信じられないという疑いの気持ちが二割で、残りの八割は虚無感しかない。


 リードさんが今の今まで嘘を言ってたようには思えないけど、やっぱりそれを信じてしまうのは何か危険な気がしてならない。


 そういった戸惑いもあって、僕はまだこの世界が仮想なんだという現実は受け止められない。


『なら話は早いです。私が言いたいのはまず私達、介様と私はこの世界の者ではなく、現実世界からの来訪者だということです』


 問題はこれだ。ここが仮想世界なのだとしたら、現実世界はどこにあるのか。自分はどうやってここに来て、どうやって現実世界に帰るのか。


 できれば仮想世界からでも現実世界の存在を確認できるのならそうしてみたいけど……できるならリードさんに初めて会った時にやってるだろうし……。


「ひとつ、いいかな」


 僕がそう口を挟むと、彼女は首を縦に振った。


「リードさんの言う、現実世界ってどこにあるの?」


『現実世界は……この世界の外にある、と言い表せば分かるでしょうか』


「……はぁ」


 世界の外……ってことは、宇宙の外? いやスケールでかっ。


 仮にそうなら、一体リードさんはどうやって僕のところに来たか……。きっと僕の想像も及ばない方法で来ているだろうし、考えるだけ無駄な気もする。


『そう、ですね……なら、例えて言うなら……』


 困惑する僕を察してか、リードさんは少しだけ思考した後にポンッと手を打って、再び話し出す。


『介様はゲームの中の登場人物で、私はその登場人物を動かすコントローラーを握る側です。その握る側である私が、何らかの方法でこの介様のいるゲーム世界に入り込んだ……と言えば、多少は理解できますでしょか』


「あー……そう言われると、どうやって入ってきたかが気になるけど……境界線のイメージは付くよ」


 まあゲームの中の登場人物が、自分はゲームの世界の中にいるだろうなんて思ってるわけないだろうし。


 僕は今、リードさん視点だとゲームの登場人物の一人みたいなってるということか。なるほど。


「確認だけど……今のは本当に例え? それともこの世界は実際にゲームの中なの?」


『例えです。この世界はゲームではなく、フルダイブ型シミュレーションワールド「IZアイズ」と呼称されているものです』


「……なにそれ」


 また新しい単語が出てきちゃったよ……。


『仮想世界を構築する装置「Internet インターネットZoneゾーン」の頭文字を取った、人間専用の仮想世界を指す名称です。IZは今もなお、この仮想世界の宇宙を構築している最中です』


 こんな……いきなり膨大な情報が詰まってそうな単語を投げつけられて、僕はフリーズしそうだよ……。


「まあ……とりあえず、ここが仮想世界ということを頭に置いといて、リードさんの話を進めるんだよね」


『分かっていただけたなら幸いです』


「……う、うん……」


 残念ながら最後の単語で今まで聞いた話のほとんどが吹っ飛んだ気がする……。そもそも前の話も完全には理解できてなかったと思うけど。


『無理のない範囲で構いません。もしその事実が割り切れたなら、介様から更なる質問をしていただいても構いません。できるだけ、私から日に日に情報を小出しするようにします』


「まあ、それが、いい、のかな……?」


 説明されてもおそらく僕は、今後理解しないことを選びそうな気がする。理解しようとすることが怖いというか、しんどいというか……。


『では、この世界が仮想世界という前提で、私達が何者なのかを話そうと思うのですが……』


 リードさんはそう切り出して、しかし、途端に押し黙ってしまう。


 話し始める段階でなぜか詰まってる……と不審に思ったけれど、僅かな間を置いてそれが、よろしいですかと訊ねられているのだと察して、僕はすぐさま首を縦に振った。


 そもそもこの動作がリードさんに見えているのか怪しいのだが、リードさんは、そんな心配は不要ですよと暗に主張するようにゆっくりと口を開き出す。


『まず、介様が想定している通り、私はAI、人工知能です。人の姿に見えるのは、可視化できるようにしたデフォルトデザインだからであって、決してロボットや人造人間などではありません』


「……まあ、とりあえず……人工知能って認識でいいの?」


 今の僕には些か手厳しい説明だったけど、なんとか理解できる範疇ではありそうだ。


『はい、それで構いません。私に基本的な姿形すがたかたちはないです。介様のスマートデバイスにもこの世界で作られたAIがいますよね?』


「え、あ……あれと一緒なの?」


『そこまで劣っているものではないですが、系統は同じです』


「……と、言うと?」


『私達AIは色んなところに入り込むことが可能です。例えば携帯電話は言わずもがな、電車や自動車等のあらゆる車体、その他IoT家電製品等のネットワークに繋がってる物、なんなら人の中にも入れます。勿論、人の中に入る場合は本人の承認が必要ですが。それが私達、現実世界にいるAIです』


 ひ……人の中? 人の中って言った!?


「え!? 人の中、て、どうやって入るの?」


『現実世界の人の脳内にはマイクロチップデバイスというもの凄く小さなチップが入っています。介様が使ってる携帯電話がマイクロサイズに縮小され、脳内に埋め込まれるというイメージを持っていただければ、分かりやすいかと』


 そう言われると、本当に携帯を小さく折りたたんでそのまま脳みそに押し込まれるというとんでもなくグロテスクな想像をしてしまうんだが……。


 でもマイクロチップについてはネット記事でチラッと単語や写真を見た記憶がある。実物は指先に乗るくらいの小さなものだったはず。


 そんな小さなものの中にも入り込めると思うと……いや、すごいな! 現実世界の技術!


「ていうか現実世界にも人はいるんだね」


『もちろん。介様も、元はと言えば現実世界の人間ですから』


「あー……うん。ごめん。そこら辺のことはまだ……」


 リードさんと同じ世界の住人……と言われても、まだ信じきれない。心の問題で。


 それに僕が現実世界の住人だというなら、僕がそっちにいた時の記憶は本当にどうしたんだろ……。


「とりあえず、リードさんがAIだっていうのは分かったよ。でも、あの……仮想世界のことはまだ、認める覚悟ができてないというか……」


『構いません。こちらとしても、介様が気になさらない限りはこの世界について深く話すつもりもありません。ただ私がこの世界の住人でないということを多少なりとも頭に入れていただけると、今後話していく上では円滑なコミュニケーションを図れると思うので』


「あ、うん。まあ……なんとかしてみます」


 リードさんにとってこの世界は仮想世界なんだろうけど、僕にとってこの世界は現実そのものだ。


 今さらになってこの世界の住人じゃないと言われても、そう簡単に受け止められない。


 それに、分かったよと口にはしたけど、まだリードさん自身のことについても疑問は残る。


 まるで僕と同じ人間のように話すリードさんだけど、本当にAIがこんなにも人間のような立ち居振る舞いをできる存在なのか。


 まあそれを訊き出したら、ほんとにキリがないと思うし……それにこれは、疑問というより……好奇心だな。


 ともあれ、リードさんがいるならいつでも訊き出せるわけだ。今日はもうお腹一杯。


「失礼します」


 昼食はまだいいかなー……とトートバッグを見ていたら、突如コツコツと病室のドアをつつく音がした。


「あ、はい」


 ドア越しに男性の優しい声が掛かってきて、僕が慌てて応答すると、ドアが静かに開き出す。


 その間から紺色の警官帽を被った一人の男性が顔を出した。僕はその人が孝子さんの言っていた警察の人だと分かって、すぐさま椅子から立ち上がる。

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