第5話
「お父さんと、お母さん……いきなり行方不明になって……それで孝子さんにお世話になることになった。そのことでお兄ちゃんには、どこかで罪悪感があったのかもしんないけど……でもお兄ちゃんは何も悪くないし」
両親は二年前、突如として行方不明になった。今もその原因は分かっていない。なんで連絡がつかないのか未だ分からない。
行方不明者届を出して二年以上経つけど、まだ警察の人からはなんの報告も来ていない。
「でも……中学までずっと、僕の体は悪かったし……そのことでお母さんとお父さんに負担になってたのは……事実だから」
二人が行方不明になって、親代わりになってくれた伯母の孝子さんにはお世話になっている。
お金のことはもちろん、今持ってる携帯も、高校の制服とか授業料諸々、生活費も、ほとんど孝子さんの財布からだ。
「それに……もう、決めたこと……決まったことだから」
感情が溢れ出さないよう歯を食いしばりながらそう口にして、しかし楓はそんな僕を見向きもせず淡々と落としたエコバックを拾い上げ、静かにこちらに背を向ける。
「だとしても……言って欲しかった。就職することにしたって。何も言わないから……きっと勉強頑張って、大学に行くんだろうなって。せめて……一言くらい、欲しかった……」
「……」
言い返す気にはなれなかった。本当は言わなきゃいけなかったんだと、内省を試みる。
同時に、もう決まった進路を変えることはできないと、自分の中で静かにその現実を受け止める。例え、大切な家族の言葉があったとしても。
「……あ、ね、ねぇ……お、おに、お兄ちゃん! ねぇ、これ見て! これ!」
すると突然、楓が携帯画面をこちらに向けながら
「え、な、なに!?」
そのあまりの勢いに腰が引けそうになったけど、楓が向けてくる着信画面に「お母さん」という白い文字が目に飛び込んできて、僕は一転して前のめりになる。
「え……お、え!? 待って。これ……本当に、お母さんからの電話?」
「うん……うん! だって電話番号一切変わってないもん! 私の番号も変えてないし、絶対そう!」
「ほ、ほんとか! ちょっ一回、出」
『ダメです! その電話は危険です!』
つと、さっきまで僕の視界にいなかったあの深緑色の彼女が現れ出る。
「ん……びっくりしたぁ……」
「ねぇ、ビックリだよね! ちょっ、ちょっと一回出てみる!」
「え、あ……うん」
いや、ごめん楓。今のは違う意味のビックリなんだよ……。
『電話に出るのを止めてください! 今すぐ!』
「え……な、なんで……」
「もしもし、お母さん! お母さんなの!? もしもし!」
『説明は後です! とにかく早く止めてください! 妹さんが乗っ取られてしまいます!』
「え……乗っ取られる? 何を言って……」
どういうこと? 携帯がってこと?
「か、楓! ちょっと待って!」
よく分かんないけど、彼女のこの必死さ……只事ではなさそうだ。
「一旦、電話切った方がいい。もしかしたら間違い電話……」
「……」
「……おい……楓?」
「……」
呼び掛けるも、楓が僕に応答する様子はない。電話に夢中なのかピクリとも動く気配を見せない。
「楓? なぁ……ちょっ、聞いてるか? 楓?」
おそるおそる楓の正面に回り込むと……
「お……お兄、ちゃ……」
「お、おい! 楓? どうした楓!?」
顔を覗き込むと、先ほどのテンションの上がりようとは裏腹に、楓が
その小さな肩に触れた途端、楓は耳に添えていた携帯を手からこぼし、力なく膝を落とした。
「楓! おい楓! しっかり!」
僕はこちらに倒れてきた楓の体をすかさず受け止め、抱き寄せる。何度見ても、その両眼は目前にいる僕すら映せていない。
あわあわと開いてる小さな口元は何か言いたげにしているが、口呼吸ほどの掠れた声量しか出ていない。明らかに異常だ。
『妹さんの体を地面に横たわせて、首元に手のひらを当ててください。容態を確認します』
「あ、はい……!」
彼女に言われて、僕は肩に掛けていた制鞄と握っていたエコバックを地面に下ろし、制鞄の上に楓の頭を乗せる。
そっと楓の首元を触れると、ひんやりと冷たいがちゃんと体温はある。
『……大丈夫です。息はしています。ですが……もう、手遅れです』
「て、手遅れ? どういうこと?」
『妹さんは……妹さんの頭の中には……敵の、反人間存続派のAIが入りこみました』
「……え? は、反人間……AI? なにそれ」
『あなたを狙っている者の正体です。そのAIが今、さきほどの電話を通じて、妹さんの体の中に入ったのです。私が介様の中に入ったのと同じように』
「……え?」
反人間……AI? なんで……どういうこと? だって、さっきの電話の相手は……お母さん、だったよね? 確かに着信画面にはお母さんって……。
「と、とにかく……どうにかできないの!?」
『大丈夫です、方法はあります。まず、介様の携帯電話を出してください』
「あ、分かった!」
言われて僕は右のポケットから携帯を取り出すや、警察や救急車に電話することを思いつく。
きっと彼女はその連絡を促しているのだろう。そう思って僕は、電話アプリを開こうとした。
「え、これ……」
すると、まるで僕が携帯電話に触れるタイミングを計ったかのように、今度は僕の方に着信が来た。
「お父、さん……?」
その画面には確かに「お父さん」と白い文字が映し出されている。しかし、彼女はそれでも僕に警告する。
『ダメです、介様。その電話も応答してはいけません。敵の罠です。すぐに切ってください』
「いや、でも……多分、僕と楓のお父さんからで……」
『残念ながら、その電話は敵AIに乗っ取られしまったご両親からだと思われます』
「え? いや……なんで、そんなこと分かるの?」
『それは、私が〈
「……え?」
透視の力? なんだそれ……。さっきから情報量が多すぎて頭がパンクしそうなんですけど……。
『とにかく、その電話は切ってください。私の指示に従って携帯電話を操作していただければ、妹さんは助けられます。私を信じてください』
本当に……僕は彼女を信じていいのか? こんな現実味のないことばかり並べられて……両親の電話にも出るなって……。
「まだ回収に来るには少し早かったか」
すると、突如どこからともなく大人びた低い声が聞こえてきた。僅かに視線を上げると、立派な黒のブーツと、紺色のズボンの裾がちらりとこちらを覗いている。
僕はおそるおそる、そのズボンのしわを一つ一つ認めるようにゆっくりと顔を上げていくと、そこには明るい水色のシャツの上に紺色のジャケットを身にまとった立派な警察章付きの帽子を被る男性警察官の姿があった。
「あ……け、警察の方ですか!? あ、あの、妹が……妹が倒れて……」
ちょうど良かった! 警察の人が来てくれたなら安心だ!
「あー……その子、君の妹さん?」
「あ、はい! あの、救急車って……」
「いや、大丈夫だよ。その子は私が預かるから」
「……へ?」
あれ……な、なんで、僕、今……警察の人に……拳銃を……向けられてる、の?
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