#03【漫画飯】初のお料理動画! でも何か忘れているような……?【狐蛇那姉妹】

 の生霊とVTuber活動を始めて、三週間程が経過した平日の昼下がり。


 オレは台所の前に一人、立っていた。食卓には、撮影用とミツキが映ったスマホ、それからスイカを始めとした食材や料理器具が並んでいる。


「マナねぇが作った『す~ぱ~スイカゼリー』を食べてみたいっす〜! どーもコンにちは! 家の次女、ミツキっす!」

「長女のマナです。はい、て事で今回は、ミツキの希望を叶える為に、漫画飯を作っていこうと思います。何気に初のお料理動画ですね」

「やっとマナねぇの、料理の腕前を視聴者さんにお見せできる日が来たっすよ~! もっと早い段階で、見せるべきだったすけどね!」


 いやまぁ正直、手元だけとは言え、『VTuberが実写ってどうなんだ?』って想いがあったからなぁ……。だがしかし、菜々花からお料理VTuberもいると聞き、オススメの動画でプレゼンされた結果、“アリ”だと思い直し、今に至る。なお、諸々の事情から、マナの動きは後付けする予定だ。


「なんか、妹にかなりハードルを上げられてる気がするけど……視聴者の皆さん、あまり期待しないでくださいね」

「視聴者の皆さん、めっちゃ期待しててくださいっす!」

「いや、だからハードル上げないでくれって!」


 悪気がないどころか、オレなら高いハードルも超えられると、本気で思ってるみたいなんだよな、菜々花は……。


「ったく……そんじゃあミツキ、今日作る『す~ぱ~スイカゼリー』について、説明してくれるか?」

「はいっす! 今回、マナねぇに作ってもらう料理はコチラ! 数日前に、最新巻が発売された漫画、『委員会サバイバル』に登場するスイーツっす! ちなみに、漫画の内容を一言で説明すると、“各委員会が学園のトップを目指し、壮絶なバトルを繰り広げる”って感じっすかね。王道バトルモノが好きな人には、特におすすめの作品っす! 『す~ぱ~スイカゼリー』は学食で、一日五個しか販売されない限定デザートなんす。スイカを贅沢に使った、ホールケーキみたいな大きいゼリーで、ちょー美味しそうなんすよ~。それに――」


 菜々花、今日は特にテンションが高いな。簡単な説明だけして本題に入る筈が、漫画の感想を語り出してしまったし……。まぁそれ程、好きな漫画なんだろう。語りの部分は、オレが編集の際になんとかするとしよう。


 オレも事前に漫画を読んだのだが、かなり面白かったし、菜々花がハマる理由も分かる。あと、『ストーリー×ヒーローズ』の作者さんが描いている漫画だと知って、驚いた。この漫画家さんの描く、兄妹キャラが良いんだよな~。不器用ながらも、互いを大切に想い合っている兄妹愛は、涙なしでは語れない。


 今作の『委員会サバイバル』の兄妹は勿論、『ストーリー×ヒーローズ』のみちろうとココノも――あれ? めちゃくちゃ好きなシーンがあった筈なんだけど……思い出せない……。


「マナねぇ、どうかしたっすか?」


 いつの間にか、漫画の感想を語り終わっていたが、不思議そうにこっちを見ている。


「ううん。なんでもないよ。よし! そんじゃあ、そろそろ作っていきますか」

「はいっす! よろしくお願いしますっ!」


「今回はレシピがないので、勘で作っていきます。材料も、使いそうな物を、一通り揃えました。ちなみに、スイカはオレらの、じいちゃんばあちゃんが送ってくれた物です!」

「おじいちゃんとおばあちゃん~ありがとうっす~!」


 好きなシーンを思い出せないのはかなりモヤモヤするけど……今はとにかく、スイーツ作りに集中しよう。


 そう思ったオレは、今までのお菓子作りの経験と知識を頼りに、勘で『す~ぱ~スイカゼリー』を完成させた。我ながら、なかなかの出来栄えなのではないだろうか。


「すごいっす! 漫画のまんまっすよ! マナねぇ、ありがとうっす~。早速、今日の夜、デザートとしていただきますっ!」


 菜々花も喜んでくれてるみたいで良かった。後は、味がどうかだな――。




 ——そんなオレの不安は杞憂となる。


「あ! ジブンの本体が『す~ぱ~スイカゼリー』を食べ始めたっす! 『美味しい! 那津樹にぃ天才!』って言いながら、ご機嫌に食べてるっすよ!」


 同日、夜の十一時頃。動画編集をしている最中、不意に菜々花の生霊がそんな事を言い出した。『本体と意識が繋がってる』とは言ってたけど、そこまで具体的に分かるものなんだな。


「喜んでもらえたのなら良かったよ」

「はいっす! 那津樹にぃ、ジブンのワガママに付き合ってくれて、ありがとうっす! ジブンの本体もすごく喜んでるっすよ」

「そっか……だったらうれしいな……」


 本体と繋がっているらしい菜々花の生霊がこんなに喜んでくれて、VTuber活動も楽しんでくれているみたいだし、素直にうれしい。それに……菜々花はオレの事を嫌っている訳ではないようで、一安心だ。その一方で、『もうお話しない』なんて言った理由が、ますます分からなくなってしまった。


 ——……まさか、忘れたんすか?


 菜々花のこの言葉が、頭の中を駆け巡る。


 やっぱり何を忘れたのか、思い出す必要があるよな……。そうだ! 久しぶりに『ストーリー×ヒーローズ』を読み返してみよう。なんとなくだけど、思い出せないでいる、好きなシーンに答えがある気がするし。


 そう考えついたオレは、急いで動画編集を終わらせ、『ストーリー×ヒーローズ』を読み返し始めた。だが、くだんのシーンを読む直前で、意識が遠のき、いつの間にか眠ってしまう――。






 ——あれ? オレ……寝る前、何してたっけ? 動画編集が終わって……そのまま寝たのか? ん……? なんで『ストーリー×ヒーローズ』がこんなところに……あぁ、寝る前に読んでたんだった。でも、どうして読み始めたんだっけ……まぁただの気紛れだろうな。


 寝起きでふわふわした頭のまま、漫画を本棚に戻し、とりあえず顔を洗ってからリビングへ行くと、机の上にメモが一枚あった。


『那津樹にぃへ。す~ぱ~スイカゼリー美味しかったっす! 作ってくれてありがとう! 菜々花』


 少し癖のあるこの字は、間違いなく菜々花が書いたものだ。


 そのメモを見て、オレは内心ホッとした。なぜなら、考えないようにしていた、“菜々花の生霊はオレ自身の妄想説”もなくなったからだ。

 それと同時に、菜々花からのメッセージにオレは当然、大喜びし、有頂天となる。ゆえに、目覚めた時の違和感について深く考えず、完全にスルーしてしまった。

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