第21話
「教授!」
「教授さん!」
本川越駅の仮設案内所に遼太郎は吉乃と一緒に戻った。
「遼太郎くん、吉乃くん、もどったか――なにがあった?」
「それが……急に霧が出て、あれが現れたんです。僕にはなにがなんだか……」
遼太郎は視線を上に向けて、それを見やる。
「デカイな」
「妖異……というよりは、あれは……」
小山田と清瀬もそれを見上げている。七不思議係の面々だけではない、川越の市街地にいるすべての人間がそれを見上げていた。
それは。
「体長は百二十メートルほど。体重は不明。形状は報告にあった大妖怪ヤナに酷似しているが、尾を使用した二足歩行の姿はまさに……『怪獣』という他に、私あれを形容する表現をもたない」
教授が呟く。
川越の市街地に突如として現れたのは、まさに『怪獣』としか云いようのない姿をしたものだっった。おそらくは妖異の一種であろうことは七不思議係の人間にはわかる。わかるのではあるが、それは妖異というにはあまりに巨大であった。
「カテゴリー四だの五だのと云ってるのが馬鹿らしくなる大きさだぜ」
「でも、動く気配が見えないわね」
その『怪獣』は、出現した場所に立っているだけで、動いたり、歩行して移動する気配が見られない。周囲に霧が立ち込め、『怪獣』は幻想的な雰囲気さえ持ち合わせていた。川越の市街地は景観維持のために高層建築が禁止されている。そのために、その『怪獣』は市街地にいるほぼすべての人間の目に見えているが、居合わせた観光客はまだパニックを起こしてはいない。観光客の多くは、それがまつりの催しであるかと思っているようだった。
「清瀬くん、吉乃くん、遼太郎くんの傷の手当――」
教授が指示を出そうとしたときだった。
地に響くような強烈な雄叫びが響き渡る。
『怪獣』が動き始めたのだ。だが、その巨体が移動しているというのに、建物などに被害が出る様子がない。それどころか、足音や振動も一切感じることはなかった。
「ありゃあ、蜃気楼か何かなのか?」
「その可能性は高いな。そもそもはこの霧だ。最後の七不思議、霧吹きの井戸が関わっている可能性がかなり高い」
小山田と教授が言葉をかわしていると、ハンチョウが血相を変えてやってきた。
「七不思議係、ここにいたか! とんでもないデータが観測されたぞ」
「慌ただしいな、どうした?」
班長はひとつ息を落ち着けると、慎重な調子で切り出した。
「この間、太田さんの妖力を検査しただろ? んでな、あのデカブツの妖力を観測した際に、どこかで見た波長だと思って、比較してみてびっくりだ。あいつから、太田さんの妖力と全く同じ波長ものが観測されたんだ」
「え、ま、まさか……⁉」
遼太郎は、信じられないとい顔つきになった、
「そう、あのデカブツは、太田さんと八割型、同じ特性を持っているってことだ」
「わ、私ですか⁉」
不意に話の当事者になった吉乃は、慌てに慌てた。
「ぬ、八割とはどういうことだ?」
吉乃そのものだ、と言い切りはしなかったハンチョウ。その様子に、教授が小首をかしげる。
「慌てないで、よく聴けよ? 太田さんの波長とともに、別の波長を持つ妖気も観測されたんだ」
「――ヤナのものだね?」
「ご明察だ、教授。あのデカブツは、太田さんの写し身であり、ヤナでもある――俺達の観測からわかったのはそれだけだが、あんたらには伝えないといけないと思ってね。俺たちは観測することしかできない。この情報を有効に使うかどうかは、あんたらの知恵にかかってるってことだ――それじゃ、俺は戻るよ」
そう言い残して、班長は仮設観光案内所をあとにした。残された七不思議係の五人は、彼を見送ると、得られた情報を精査するべく、教授のノートパソコンを囲んだ。
「あれが現れた状況をまとめる。吉乃くんが悪質なナンパに遭い、遼太郎くんが負傷。その次の瞬間には現れていた、ということだね」
「吉乃ちゃん、初めて見るくらいに怒りの表情をしてました」
「はい……あのときはものすごく嫌な感じがしました」
「吉乃くんが我々と過ごしていた時間の中で、きみが怒りに触れるような事態は起きなかった。ともすれば、それが、妖異として生まれてから初めての怒りの感情であったかもしれない」
「んで、怒った吉乃ちゃんが怪獣を生み出した? そんなバカな」
「でも、小山田。吉乃ちゃんはヤナの妖気を全部取り込んでるのよ。あの怪獣、教授が云ったとおり、ヤナの特徴が色濃いのよ。それが吉乃ちゃんの妖気と混ぜくたになって……と考えれば」
それぞれの見解を述べていく。正直なところ、ほとんどわからないということだけがはっきりと分かっているこの現状だが、言葉を重ねていくと、見えてくるものがあるのも確かだった。
侃々諤々、五分ほど意見を出し合い、教授が意見をまとめた。
「あの怪獣は吉乃くんの怒りが生み出したもの。吉乃くんが取り込んだヤナの妖気がどうやらそれに一枚噛んでいる模様。現在、川越に発生しているこの霧から、霧吹きの井戸の伝承にまつわる妖異があの怪獣である可能性が高い。現在は実体化しておらず、具体的には被害は出ていない様子」
「ふむぅ、実体化していないというのが唯一の救いだが。すでに川越警察署は動いてるみたいだな。怪獣のまわりの避難は終わってるらしいぜ」
ケータイでSNSをチェックしていた小山田が報告した。SNSのタイムラインには、あの怪獣の姿に、規制線を張る警察感の姿、人気のなくなった通りの様子などの写真がアップされていた。
「さすがだな。こんなときだが、遼太郎くん。霧吹きの井戸の伝承を」
傷の手当が終わった遼太郎はメモ帳をかばんから取り出した。
「霧吹きの井戸……川越城があったころ、その城内にひとつの井戸がありました。ひとたび、戦になると、その井戸から霧が吹き出し、城を覆い隠してしまったのです。そのため、川越城は別名、霧隠れ城とも呼ばれたのです――という話ですね」
「うむ、そのとおりで、過不足ない。ということは、今回の妖異――怪獣を封印するためには、どういうことを行わねばならぬかがわかってくるね?」
教授は遼太郎に訊いた。遼太郎は、教授の言わんとしていることに気が付いた。
「霧吹きの井戸――つまりは、川越市立博物館までいって、発生している妖異を封印してこなくてはならないということですね」
「そのとおり。そして、よな川の小石供養のときに話が出たが、大妖怪ヤナも霧吹きの井戸に密接に関わってくる妖異だ。正直、このあと、どうなるかがわかったものではない」
「あ、あの……」
おずおずと吉乃が手を挙げた。
「私が怒ったせいであの怪獣さんを生み出しちゃったのだとしたら……私が生み出した、私の半身であるのなら――私が封印しなきゃ。そう思うんです。教授さん、小山田さん、清瀬さん、遼太郎さん。お願いします。どうか私を、霧吹きの井戸まで連れて行ってください!」
吉乃はありったけの気持ちを言葉にした。
それを聞いてしまったら、応えてやりたいと思うのは当然だろう。
「よっしゃ、やるとするか!」
「せっかくのまつりだものね。派手に行きましょ」
熱しやすい清瀬だけではなく、小山田までも珍しくやる気をだしている。
「これで最後の七不思議。後方支援は任せたまえ」
教授はいつもどおりに後方支援。しかし、教授のバックアップがあればこその七不思議係である。それがあるから、七不思議係の面々は安心して業務を遂行できるのだ。
「うん。それじゃ、いこう!」
そして、遼太郎。
ぐっ、と拳を握りしめ、掲げた。誰に対するアピールでもなかったが、自然に体が動いていた。それに当てられたか、七不思議係の面々も拳を握って天高く突き上げた。
「みなさん……ありがとうございます!」
吉乃はいつの間にか流れていた涙を拭い取ると、同じく、拳を握りしめて突き上げた。
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