第19話
そして、一週間が過ぎた。
封印課七不思議係、観測班、装備班の間で綿密なプランが練られ、この日を迎えた。
朝八時。
封印課の職員に、環境部、そして自ら志願した物好きな別部署の職員、あわせて総勢百四十余名が市役所の正面玄関前に勢揃いした。
「今日、この場にこれだけの人員が集まってくれたことに、そして、この日を迎えるにあたって、十二分な装備を揃えてくれた装備班に、そして、作戦の立案の観測班の皆には感謝の念は絶えない」
ずらりと並んだ作戦参加者の前で、教授が拡声器片手に作戦開始前の訓示を行っている。
「今回のミッションは、七不思議に由来する不可視馬の封印が目的であり、これが、川越まつりが開催できるかどうかの分水嶺になりうる。そのことを念頭に置いた上で、任務に当たってほしい。この困難な任務を遂行できるのは、今まさに、ここにいる君たちだけなのだ」
教授の演説は、参加の士気者の士気は爆上がりに、とまでは行かない迄もそれなり――それなりに上昇させる効果はあったようだ。
「それでは、オペレーション・カルーセルを開始する!」
「しっかし、日々観測を続けていると、いろんなことがわかるもんなんだなぁ」
遼太郎と小山田、そして吉乃は、割り当てられたグリッド、五-Dで待機していた。
この作戦――オペレーション・カルーセルを実行するにあたって、不可視馬の現れる範囲である四百メートル四方が五十メートル×五十メートルの六十四のグリッドに分けられ、一から八、AからHに番号が振られた。一つのグリッドに二名の職員が配され、不可視馬が現れたら封印を試みるというのがこの作戦の概要だ。不可視馬は出現すると移動して消失、そしてまた移動して消失、と言う行動を何回か繰り返して完全に消失に至るということが、観測班の観測によって明らかになっていた。この一週間の観測の結果、かなりの高精度で、出現場所から次にどこへ向かうのかを予測することに成功している。
『本部より通信。八-F付近に不可視馬出現の予兆あり。警戒されたし』
インカムから指示が入る。
「八のFだと、旧山崎家別邸のあたりになりますね……だいぶ大外に出たもんですね」
今回の作戦で敷かれたグリッドの大外いっぱいに近い場所に、不可視馬の持つ特有の妖気が観測された。
『本部より。八-E、市民会館入り口交差点付近で不可視馬出現。繰り返す、市民会館入り口交差点付近で不可視馬出現。不可視馬は北東に向かうものと思われる』
「くっそ、あの駄馬、俺の軽と事故った場所で現れやがったな」
「あぁ、あそこで……」
小山田が一週間前のこと思い返して憤ったりしているが、状況に待ったはない。
「不可視馬さん、動いてますよ!」
ケータイに妖気偏差アプリを入れている吉乃が声を上げた。一度補足すれば、消失するまでは追跡ができる。
「不可視馬さん、八-Dに移動、川越スカラ座の前を通過、七-D経由して七-E、時の鐘方向に向かうみたいです」
川越スカラ座は川越で一番古い映画館。最新作から名画のリバイバルまで多彩な上映プログラムが組まれることで知られている。そして、時の鐘は川越の中でも最も有名と言って過言ではないランドマークだ。この周辺の蔵造りの町並みは観光客も多いので、それに対応しながらの封印業務を行わなくてはならない。
『こちら、時の鐘前。すまない、団体の観光客が大騒ぎになり、封印に失敗した。繰り返す、時の鐘前封印に失敗!』
時の鐘前は特に観光客が多い。そこに配置されていたのは封印課の古株、ベテランの職員だったのだが、彼の腕前をもってしても押し寄せる観光客を安全に退避させながらの封印業務は不可能だったようだ。
『本部より通信。時の鐘の前を抜けた不可視馬は消失。再出現までしばし待機を』
わずか数分の間で状況が目まぐるしく動いていく。
「ふぃ、緊張するなぁ」
「こっちにゃまだ来る気配がねぇけど、準備はぬからねぇようにしておかねぇとな」
遼太郎と小山田で電磁捕獲器に不備がないように入念なセッティングが行われる。吉乃はケータイの画面を注視していた。
『本部より通信。不可視馬、六-E、旧八十五銀行前に再出現。予定通りに誘導プランを発動する』
国の有形重要文化財である旧八十五銀行。そこの前辺りからが、川越屈指の観光スポットとなっている、蔵造りの町並みだ。時期を問わずに観光客が行きかい、食べ歩きできる軽食の店や土産物を売る店などが軒を連ねている。
初秋の過ごしやすい快晴とあって、本日も観光客がかなりの数行き交っている。作戦の立案段階では、作戦範囲内を完全封鎖する案も出ていた。が、観光業へは大打撃になりかねないので、それは見送られた。蔵造りの町並みに不可視馬が出現した場合は、誘導プランが発動することになっている。
誘導プラン。
それは、蔵造りの町並みに不可視馬が出現した場合、観光客の安全を確保しつつ、不可視馬を誘導。二ブロック先の札の辻交差点にて封印を試みるプランだ。
「清瀬さん、大丈夫かなぁ」
札の辻交差点、六-Cに割り振られたグリッドに清瀬と教授が待機していた。
「教授、来ましたよ!」
「うむ、では頼む」
埼玉県警の協力によって、五分間だけ交差点の封鎖が行われることになっている。数人の巡査が手際よく交通を誘導し、規制線を貼って往来の通行を遮断する。そして、交差点の中央付近に電磁捕獲器が据え付けられた。
「妖気計の反応からして、あと二十秒ってとこですかね」
「タイミングは清瀬くんに任せる。よろしくやってくれたまえ」
捕獲器のスイッチに指をかけて、不可視馬がやってくるのを待ち構える、清瀬と教授。蔵造りの町並みの中を場違いな馬の蹄の音が駆け抜けてくる。
十五秒。
十秒。
五秒。
三秒。
二秒。
一秒。
「今ァ!」
清瀬は不可視馬の反応が捕獲器の上に乗った瞬間に、それを起動させる。電磁の檻の中に不可視馬は捉えられ、嘶きが交差点の中に響き渡る。閃光が瞬き、火花が散る。
「清瀬くん! 封印処置を中断!」
「えっ⁉」
「中断だ! 早く!」
珍しく教授が語気を荒たげた。清瀬は慌てて、捕獲器のロックを解除した。不可視馬は一声上げると、そこから西方向に走り抜けていった。
そして、反応が消えた。
「教授、どうして」
「捕獲器をよく見てみるんだ。不可視馬の勢いが想像以上だったことで、外殻に亀裂が入ってしまっている。あのまま続けていたら、捕獲器破損で妖気が暴走していた可能性がある――こちら、札の辻交差点。捕獲器破損により、不可視馬の封印に失敗。繰り返す、札の交差点は封印に失敗だ」
教授はインカムに言葉を流すと、マイクをオフにする。
「教授……」
「なに、チャンスはまだある。可能性がゼロではないのなら、まだ大丈夫さ」
不安そうな、そして、焦っているような表情を浮かべた清瀬の肩をぽんとひとつやって、教授はマイクのスイッチを入れる。
「ここに至るまでの過程はアクシデントも重なって失敗している。だが、この経路から次の出現地点を割り出した。高い確率で三-C、もしくは、四-Eに出現後、五-D、養寿院に向かうと思われる。養寿院にて待機しているのは、七不思議係でもエース、腕っこきの小山田くんと牧田くんだ。屏風の伝承の残る養寿院で、カタをつけていこうではないか!」
「おう、遼太郎。ここに来るみてぇだな」
「万全の体制で待ち構えましょう」
決戦を任されたかたちになった、小山田と遼太郎。捕獲器を仕掛け、対妖銃を手にとって不可視馬を待ち構える。
「遼太郎さん、小山田さん、頑張ってくださいね!」
吉乃も応援をすることで参加していく心づもりのようだ。
『本部より通信。不可視馬、四-Eに出現。四-Eに出現だ。この後、五-Eに移動後、養寿院に向かうものと思われる。道中での封印を試みつつ、最終ラインを養寿院に敷く。ここで決着をつけるぞ』
本部に戻ったらしい教授の声がインカムから流れてくるのを聞いて、遼太郎は気持ちを仕事モードに高めていく。それは小山田も同様だったようで、普段から締まりのない顔をしている彼が、わずかにキリリとした顔つきをしていた。
『こちら五-E。だめだ、やっこさん、いつにもまして暴れてやがる。封印に失敗だ!』
インカムから耳に流れ込んでくる封印失敗の報。それと同時に、遼太郎帯の耳に馬の蹄と嘶きが生の音で聞こえてくる。
「遼太郎さん、小山田さん、不可視馬さん来ました!」
「わかってらい! 遼太郎、いくぞ!」
「はい!」
小山田と遼太郎は養寿院の境内で不可視馬との交戦にはいった。観測班が妖力計で検知した不可視馬の居場所にめがけて対妖銃をで射撃を仕掛ける。
「遼太郎、そっちいったぞ!」
「って、小山田さん! こんなときまで適当にぶっ放すのはやめてください!」
「遼太郎さんそっち! そっちです‼」
不可視馬は目には見えないため、どうしても勘勝負な部分が出てくる。小山田はことにこういうときの勘までもが適当なので、射撃の精度が大味になりがちだった。吉乃が絶えずに妖気偏差を観測しているので多少は助けになってはいるものの、養寿院の境内は混沌の容を呈してきた。
「くそっ、当たらねぇし、追い込めねぇな! せめて姿が見えりゃあ!」
遼太郎たちが攻撃を仕掛けているので、不可視馬は消失するタイミングを逃しているかのように思えたが、いつ煙のごとく消え去ってしまってもおかしくはない。
『小山田くん、遼太郎くん。清瀬くんを応援に向かわせた。到着のタイミングで仕掛けるぞ』
「仕掛けるったってよぉ、教授! やっぱし、見えねぇんじゃどうしようもないぜ⁉」
「教授、清瀬現着! はじめてください!」
『承知した』
清瀬が走り込んでくる。それと同時に、場の空気が変わった。
「えええっ!」
遼太郎は目を疑った。あれほど、姿を見せなかった不可視馬がその全容を明らかにしたのだ。青影の、見事な馬だった。
「教授、一体何を⁉」
『説明はあとだ。封印をたのむ』
不可視馬――いまでは、ただの馬が、遼太郎の目の前で走り始めようと、蹄をあげる。
「させないわ! 目ぇ閉じてて!」
清瀬が筒状のモノ投げた。それが、遼太郎と七不思議係との縁が生まれた日に、清瀬が河童に向けて投げた、対妖スタングレネードだということに、遼太郎もすぐに気がついた。
閃光が瞬く。
視線を反らして直視を避けた遼太郎は馬に目を戻すと、馬はふらふらよろよろとしながら歩いているところだった。そして、よろめきながら、捕獲器に足を踏み入れる。
「よっしゃ! はいそれまでよ、っと!」
小山田が捕獲器のスイッチを入れる。電磁の檻に閉じ込められた馬は、初秋の高い空に向けて、ひときわ大きな嘶きを残し、消えていった。
「ふぃ、終わりましたね」
「ああ。だが妙だな、あの駄馬、核になったものが何も出てこねぇ」
妖異を封印すると、妖気を得て妖異になった動物なり物質なりが検出されるのがお決まりだった。が、この不可視馬はなにが核となったかが定かではない。
「教授、どういうことか、わかりますか? あと、なんで不可視馬が見えるように?」
遼太郎はインカム越しに教授に訊いてみた。教授は七秒ほどの沈黙の後に、言葉を返してきた。
『おそらくだが、「不可視」という特性が妖異化したのだろう。目に見えず、いきなり消失する……物理法則を完全に無視したあのふるまいは、それならば説明もつく』
「なんでもありなんですね……」
『まぁ、そうだな。七不思議の妖異、とひとくくりにしているのは、毎回現れるものが、多少の差異はあれど、似たような妖異が出現するからだ。ことに、七不思議の妖異は核がなんであろうと、それを七不思議に取り込んでしまうのだ』
「鴨かもみたいな例もありますしねぇ……」
『うむ。で、不可視馬がなぜ見えるようになったのか、それも質問だったな。それはハンチョウから説明がある』
『おう、七不思議係。あれはな、妖気計ネットワークに特定の周波の電波を流すことで、その周辺の妖気をかき乱したって、ていうのがカラクリの種だよ。新規で設置した妖気計にね、ちょっとした細工をしておいてもらったって寸法さ。嫌な顔をしながらも引き受けたくれたおやっさんたちには感謝だ』
「なるほど……そういうことだったんですね」
『川越まつりまであと少し。万難を排して向かわねばな……何もなければよいのだが』
教授が憂いた声をインカムに流す。その言葉が聞こえているはずではあるのだが、小山田はまた清瀬にコブラツイストをかけられていた。
「清瀬さん、小山田さんがねじ切れてしまいますよ!」
「新人クン、云うようになったわねぇ」
「ギヴ、ギヴ、ギヴァーップ……」
「小山田さん、だ、大丈夫ですか……?」
七不思議係の面々は、このような感じで変わりなかった。遼太郎はこの光景をみながら、こんな日々がずっと続けばいいのにな、と感じていた。
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