第17話

「そもそもこれ、威力はどんくらいなのかがわからない!」


 自分の獲物の威力がわからないというのは、戦闘を行うにあたっては非常にリスクが大きい。清瀬はまず、それを把握するために全力でヤナに斬りかかる。最大威力が知れれば、その後は加減するにも容易だからだ。


「めぇぇぇぇん‼」


 対妖刀を正眼に構えて踏み込み、ヤナの鼻っ面に対妖刀を叩き込む。


「めぇぇぇん、って、清瀬さん……まさか!」

「そうよ。私は元剣道部……!」


 釣り師から剣士にジョブチェンジした清瀬は、妙に活き活きとしている。まさしく、水を得た魚と、陸にあげられた魚との真剣勝負だ。

 鼻っ面に強烈な一撃を叩き込まれたヤナだったが、怯みもせず清瀬に喰らいつかんとばかりに、大きな口を開けて突っ込んでくる。魚に手足生えた、原始両生類のような不格好な姿のヤナではあるが、その動きは意外にも俊敏だった。


「清瀬さん、援護します!」

「頼むわ!」


 吉乃がアサルトライフル型の対妖銃を構え、ヤナめがけて引き金を引く。


「いたっ! いたっ! 吉乃ちゃん、撃ち方やめ!」


 背中にありったけのセラミック弾を撃ち込まれた清瀬が叫んだ。どうにも吉乃には射撃のセンスがまるっきりないようだ。

 そうこうしている間にも、ヤナは清瀬に喰らいつこうと迫ってくる。完全にターゲットになっているようだった。


「ち、やってやろうじゃないの!」


 吉乃は対妖刀を強く握り込む。そして、喰い付いてくるヤナの攻撃を見事な太刀さばきで往なしてみせた。


「すごい!」

「いいから! 早く捕獲器直して!」

「は、はい!」


 遼太郎も清瀬の技には興味があったが、それを悠長に眺めている暇はなさそうだ。教授がやっているのを見様見真似で覚えた工作で、捕獲器を直していく。


「ええと、ここがこんな感じで……動作は、よし。清瀬さん、いけます――多分!」

「最後のが余計!」


 清瀬もだいぶ余裕はないようだった。見れば、爪で引っかかれたか、喰らいつかれたか、傷がいくつか増えていた。

 電磁捕獲器は再び組み上がった。あとはヤナを追い込んで封印するだけだ。


「新人クン、援護頼むわ!」

「はい!」


 吉乃からアサルトライフルを受け取ると、遼太郎はヤナに向けて射撃を開始する。ハイサイクルの軽快な射出音とともに荷電セラミック弾が撃ち込まれていく。確実にダメージが蓄積しているようで、ヤナは嫌がる様子を見せた。


「清瀬さん! 追い込みましょう!」

「ええ、やってやりましょ! 吉乃ちゃん、スイッチお願いね!」

「はい!」


 遼太郎の援護を受けて、清瀬は勇猛果敢にヤナを相手取る。ここまでの戦闘で近接戦闘のコツを掴んだらしく、清瀬が対妖刀を振る姿も様になっている。ヤナが食いつかんとすればそのアギトを往なし、爪が振るわれれば、受け流す。清瀬が前線でヤナを食い止めている間に、遼太郎が後方からライフルで支援する。

 ふたりからの猛攻を受けて、ヤナはよろよろと移動を開始した。そして、捕獲器に追い込まれていく。


「吉乃ちゃん!」

「い、いきます!」


 捕獲器から接続されたPCの前で待機していた吉乃がキーボードのエンターキーを押す。

 バチッ!

 火花が散って、ヤナの妖気がカット&ペーストされていく。


「ふぅ、ようやく一息……」


 遼太郎が肩の力を抜いた瞬間、PCから「ボムッ」というような音がした。


「あ……」

「清瀬さん、なにが?」

「ヤナの妖気の情報が多すぎて、SSDに入り切らなかった!」


 清瀬の表情がここにきて初めて焦りの色を帯びた。


「何が起こるんですか⁉」

「わからないわ!」


 周囲の温度が何度か下がり、異様な雰囲気に包まれる。PCを中心に、薄い靄が淀んでいく。


「教授! こういうときはどうすれば⁉」


 遼太郎がインカムに向けて問いかけるが、返ってくるのはホワイトノイズのみ。妖気が電波を遮っているようだ。


「清瀬さん!」

「くっ」


 清瀬もどう対応していいか考えあぐねているようだった。そうこうしているうちに、周囲の草木、石ころなどがカタカタ動き始めた。


「もしかして、この辺のものが全部、妖異化しようとしてるんじゃ……」

「その可能性がビンゴみたいね……」


 ヤナから溢れ出た妖気は、周囲に垂れ流され、そこらに存在するすべてのものを妖異に変化させようとしていた。それをどうすることも出来ず、遼太郎と清瀬は青い顔をして見やることしか出来ない。


 そんな時。


 吉乃が一歩、前に進み出た。


 とおりゃんせ、とおりゃんせ

 ここはどこの細道じゃ

 天神様の細道じゃ

 この子の七つのお祝いに、御札を納めに参ります

 行きはよいよい帰りは怖い

 怖いながらもとおりゃんせ、とおりゃんせ――。


 吉乃の紡ぐ、とおりゃんせのメロディー。彼女を中心にして、ヤナから溢れた妖気が渦巻き、その体にぐんぐん吸い込まれていく。そして、歌い終えるときには、すべての妖気が吉乃の体に吸収された。


 とおりゃんせを歌い終え、すべての妖気をその身に収めた吉乃は、そのまま、ばったりと地面にたおれた。


「吉乃ちゃん!」


 遼太郎と清瀬が慌てて駆け寄ると、吉乃は気を失っているようだった。


「教授! こっちは大変なんだけど!」

『わかった。とにかく、オフィスに引き上げてきたまえ』


 インカムから教授に連絡が行き、帰還指示が出る。遼太郎と清瀬は困惑を隠せないままに撤収作業を進め、意識のない吉乃をトラックの助手席に乗せて、市役所に帰還した。


 市役所に戻って数刻。

 観測班による吉乃の精密検査が終わり、教授のもとに七不思議係の面々が集められた。


「んで、教授。吉乃ちゃんは現在どうなんだ?」


 別行動をしていた小山田が教授に訊いた。教授はゆっくりと、噛みしめるように話を切り出す。


「結果から先に話す。吉乃くんは現在、大妖怪ヤナの妖気をほとんどをその身の中に収めている。だがしかし――観測班の計測に間違いがないのであれば、吉乃くんの妖気は非常に安定している。ヤナの妖気が、吉乃くんの持つ無害な妖気に変質しているようなのだ」


 教授の言葉に、七不思議係のオフィスがにわかにざわめく。


「ということは、吉乃ちゃんは無事なんですね?」


 遼太郎は吉乃のことが気がかりで仕方ない、というのがひと目で分かるほどで教授に質問を飛ばす。

 教授はひとつ頷いた。


「うむ。じきに目を覚ますと思われるよ」


 そのとき、オフィスのドアがノックされ、開かれる。


「みなさん、ご心配かけましたぁ……」


 少し顔色は悪かったが、それなりに元気そうな表情で吉乃が顔を見せる。遼太郎、清瀬、小山田の三人が吉乃に駆け寄る。


「吉乃ちゃん、大丈夫?」

「痛いところとかねぇか?」

「心配したのよ、もう……」


 三人から矢継ぎ早に声をかけられ、吉乃は目を白黒させた。ひとつ、大きく息を吐いてから、いつも見せている花のような笑顔を咲かせる。


「あはは……大丈夫ですよ。気を失っちゃいましたけど、今はむしろ体調がいいぐらいです」

「ほんと……無茶するんだから……」


 清瀬は吉乃の無事な様子に安堵したのか、目の端に光るものがあった。そのまま、吉乃の体を引き寄せる。


「わわ、清瀬さん⁉」


 清瀬は無言で、吉乃を抱きしめた。強く、強く抱きしめた。清瀬は清瀬で、思うところが多分にあったらしい。


「無茶するんじゃないわよ……!」

「清瀬さん……ご心配させてしまって、すみませんでした」


 遼太郎と小山田、教授はその様子を暖かな眼差しで見守る。


「なんだか、姉妹みたいですね」

「姉妹にしては、姉のほうがやたらに凶暴そうだけどな」

「小山田ァッ‼」


 いつの間にか小山田の後ろに立っていた清瀬が、流れるような動作で小山田にコブラツイストをかける。


「ギヴ、ギヴ! ギバァーップ!」


 小山田がギヴアップを申し出ようが、タップを何回しようが、清瀬のコブラツイストは続いた。そんな様子を見て、吉乃も笑みを浮かべている。


「清瀬くん、そのへんで。小山田くんがねじ切れてしまうよ」


 教授が止めに入って、開放された小山田がサムズ・アップをおくる。


 七不思議係の日常は今日もこの通りだった。

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