第14話

「さて、次の七不思議が活性化の兆しを見せ始めている」


 それから数日後、観測班から連絡を受けた教授が切り出した。


「お、ついに来なすったか!」

「次はどの七不思議ですか?」

「次は、天神洗足の井水だな。遼太郎くん、それについて説明してみたまえ」


 教授に話を振られ、遼太郎はメモ帳を手にして立ち上がった。


「ええと、天神洗足の井水っていうのは、川越城築城の際、太田道真と道灌親子を悩ませたのは水場の確保でして。ある日、水場を求めて探索していると、足を水に浸けている老人と出会ったんですよね。その老人が浸かっていた水場を水源として、川越城は完成。太田道灌はその老人が信奉している天神さまの化身だと考え、その水源を天神洗足の井水と名付け、大事にしたそうです……

 という話だと、僕は理解しているのですけれども」


 遼太郎はメモ帳に書き込んでいた七不思議の話を噛み砕きながら話した。それをすべて聴き終えた教授は、満足そうに頷いた。


「うむ、それで合っているよ。さて、問題なのはその水源の場所だ。現在、川越城が水源としていた場所の資料は現存しておらず、どこだか同定出来ていない」


 基本的に七不思議の妖怪が発生するのは、その七不思議に縁のある場所だ。初雁の杉だったら三芳野神社であるし、片葉の葦だったら浮島稲荷神社であるわけだ。だから、場所がはっきりしないというのは非常に困った事態であるといえる。


「じゃあ、どこの現場に向かえばいいか、わからないんですか?」

「まぁ、さすがに完全に盲滅法というわけではないよ。完全な資料は残っていないが、現在に至るまでの研究で、水源のあった場所は三ヶ所ほどにまで絞り込まれている。場所は八幡曲輪、清水御門、三芳野神社のどれかという説が有力だ。八幡曲輪は現在の川越中央高校のあたり、清水御門は川越城本丸御殿の南、杉下橋付近……三芳野神社の場所は心得ているな?」


 過去にも川越城七不思議の妖異は発生している。なので、場所の同定も簡単だろうと思われるのだが、その三箇所で不規則に発生するらしく、手を焼いている……と教授は苦い顔をした。


「んじゃ、外回りは三箇所に分かれていくとするか。くじ引き、くじ引き…‥と。よし、俺が杉下橋、清瀬が三芳野神社、遼太郎が川越中央高校に向かうっつうことで。いいな?」


 小山田が適当にくじを作り、適当に割り振った。どこに向かったとしても妖異との遭遇率は変わらないはずなので、文句も出ない。


「よっし。そんじゃ、清瀬、行ってきます!」


 先日の傷の具合も完全に良くなったらしい清瀬は、外回りの道具を一式まとめて引っつかむと、血気盛んな様子で七不思議係のオフィスを飛び出していった。それを見送った小山田も、面倒くさそうにしながらも、鞄を手にする。


「そいじゃ、俺も行ってきますわ!」

「あ、では、僕も。行ってきます!」


 小山田と清瀬の先輩二人が率先して出動してしまったので、遼太郎も慌ててオフィスを後にするのだった。


  ◇ ◇ ◇


 遼太郎が向かった川越中央高校は、市のなかでもトップクラスの進学校だ。男子校で、自由な校風を持つことでも知られている。そして、遼太郎が籍をおいている高校でもある。


「とはいっても、手がかりも何もなしじゃなぁ――教授、反応はありますか?」

『観測班からの報告と照らし合わせると、中央高校の中に微弱な反応がある。まぁ、きみはそこの生徒だ、遠慮なく調査を行ってくれたまえ』


 ここは自分が適任かもな、と思いながら、遼太郎は中央高校の校門をくぐった。


「あの、君、ちょっと良いかな?」

「なんスか?」


 とりあえず、と云うことで手近に居た後輩らしき生徒を捕まえて話を聞くことにする。


「このあたりで――なんというか、変わったモノを見かけなかった?」

「いや、見てませんけど……」


 案の定というか、声をかけた男子生徒はなにも知らない様子だった。そのまま呼び止めていても悪いので、遼太郎は「ありがとう」と礼を云って、後輩をを解放した。男子高生は怪訝な表情を浮かべながら、校舎の中に戻っていった。


「うぅむ、こうも手詰まりだとどうしたらいいか……」

「ほっほっほ。なにかお困りですかな?」


 遼太郎がにっちもさっちも行かなくなって悩み尽くしていると、ふいに後ろから声がかかった。振り向くと、そこには作業服を着た好々爺然とした老人が立っていた。背はあまり高くはないが、背筋はシャンとし、真っ白な髭を蓄えている。遼太郎は見覚えがない人物であったが、作業着を着ているので、新しく入った用務の人であろう、とアタリをつける。


「僕はちょっと故あって、市役所の七不思議係でバイトをしていまして。高校に変異が起きていないか、調査しているんですが……どこから手を付けて良いものか、さっぱり分からなくて」


 遼太郎がしどろもどろになりながら事情を話すと、老人はカラカラと笑った。


「七不思議係の人がここに来るということは、天神洗足の井水に関することですかな。なるほど、こんな時期に七不思議が緩みましたか」


 意外にも老人は七不思議周りの事情に通じている風だった。遼太郎は砂漠にオアシスを見つけた気分を味わいながら、老人に尋ねる。


「おじいさん、川越中央高校で今現在、妖異は発生していますか?」

「ほっほっほ。そうじゃのう。いるといえばいるし、いないというのならいないのじゃろう。妖異とはそういうものですじゃ」

「どういうこと……ですか?」


 煙に巻くような老人の言葉に、遼太郎は当惑してしまった。老人は意味ありげに笑みを浮かべながら、言葉を続ける。


「この世とあの世は表裏一体、表かと思えば裏、裏かと思えば表ということは、ママあるものなのじゃ。あやかしを追うのならば、物事の裏表に惑わされず、事の真実に目を向けなくてはなるまいて」

「……ということは、目には見えなくても妖異が発生しているということもありえるわけで?」


 封印課の業務は目に見えるまで活性化した妖異を封じることだ。目に見えないものの相手まではしていない。


「儂は専門的な知識は持ち合わせておらぬから、何を持って、発生していると定義するのかは知らぬがな。じゃが、この世界には目に見えぬものが幾らでもあるということは、知らねばならぬことじゃな」


 彼が口にした言葉はいかにもな雰囲気が十二分に含まれている。話していることは抽象的なれど、なにか、真実めいたものを遼太郎は老人の言葉の中に感じていた。


「しかし、参ったな。目に見えない妖異なんて、どうやって対応したらいいんだろう」

「ほっほっほ。若者よ、爺がひとつ、ふたつ、助言をしてもいいですかな?」

「あ、はい」

「妖異とお主らが呼ぶものは、けして消すことの出来ないもの。無理に押さえつけようとすれば、必ずどこかから綻んでくるものじゃ。それと、七不思議係に居候している娘――彼女をよく調べてみることじゃな」

「え、なんで吉乃ちゃんのことを知って――」

「出会いあれば別れあり、別れあれば出会いあり――そのことを忘れなければ、良き結末を迎えることが出来るじゃろうて。若者よ、悩みなされ。悩まぬ人生はつまらなきかな――」


 老人が言葉を紡ぎ終えた瞬間、遼太郎と彼の間に突風が吹き荒れた。あまりの風の強さに遼太郎が目をつぶり、再び開いたときには、老人の姿は忽然と消え失せていた。


「あれ、おじいさん――?」

『……くん! 遼太郎くん! 応答してくれ!』


 老人の行方を気にしながらも、呼びかけられたインカムに応じ、マイクのスイッチを入れる。


「あ、はい。なんでしょう?」

『よかった、無事か……!』


 スピーカーの向こうの相手は教授であるらしい。教授はしきりに安堵の言葉を口にしている。


「なにかあったんですか?」

『遼太郎くん、もしや、なににも遭遇していないのか? モニターしていたところ、君たちが向かった三ヶ所で、同時にカテゴリー三以上に相当する強い反応があったのだ。それと同時に無線も通じなくなってな……いったい、なにが起きていたのか。私には検討もつかん』


 遼太郎は老人に話を聞いていたこと、その老人が忽然と消えてしまったことなどをかいつまんで教授に報告した。しばし間があって、教授から返事が返ってくる。


『小山田くんと清瀬くんにも確認をとったが、ふたりとも謎の老人と問答をしていたそうだ。三地点にわずかにあった反応はすべて綺麗さっぱり消失した。これについては仮説を立てたので、遼太郎くん、とりあえずは市役所に戻ってきたまえ』




「牧田、戻りました」


 遼太郎が七不思議係のオフィスに戻ると、他の面々はもう揃っていた。


「ああ。戻ったか。では、これで全員だな」


 教授が皆々の顔を確認して、話を切り出した。


「では、まず聞くが。三人とも、妖異の発生に相当する現象には遭遇しなかったのだね?」


 遼太郎、小山田、清瀬の三人は首を縦に振った。現場に出た者たちで、明確な怪異に遭遇したものはいないということになる。


「俺ァ、変な爺さんに出会っただけだったな」

「私も妙なおじいさんに出会ったわね」


 小山田と清瀬が口を揃えて云った。


「あれ、おふたりもですか? 僕も謎の老人に遭遇してたんですよ」


 遼太郎がそう云うと、教授が口を開いた。


「天神洗足の井水の活性化、そして、その現場に示し合わせたように現れた謎の老人。そこから、私は一つの仮説を導いた。それは、君たちが出会った老人が、天神――すなわち、菅原道真公の化身であった、ということだ」


 教授が導き出した大胆な仮設に、一同にどよめきが走った。


「おいおい、いくらなんでもそりゃ話が飛びすぎだろう」


 小山田が皆を代表するように呟いた。だが、教授は意に介することなく続ける。


「確かに菅原道真公本人の霊が現れた……とするのは飛躍がすぎる。だが、川越の歴史の中に蓄積された情報――それが妖怪化したと考えれば、強引すぎるとも云えない話になってくる。先日のとおりゃんせの件でも明らかなように、長年の積み重ねというのは力を持つものなのだ」

「じゃあ、あの老人が云っていた話の内容というのは」

「川越の記憶が天神さまの姿を借りて、我々に助言した……と考えるのが妥当だろうな」


 なにやら途方もない話になってきたことを感じ、遼太郎はデスクの椅子で脱力してしまった。みれば、他の面々もなんとも云えない面持ちでいる。


「ん、ちょっと待てよ」


 そんな中、小山田がなにかに気づいた表情になった。


「俺はあの爺さんに、『妖異は無理に抑えるな』って話とか『吉乃ちゃんを調べてみろ』って話をされたんだが、事によると、そりゃとんでもねぇ情報じゃねぇのか?」


 小山田の言葉に、遼太郎、清瀬がハっとした。


「え、小山田、あんたもその話をしたの?」

「僕もそんな感じの話を老人としましたよ」


 示し合わせたかのような三人の話に、教授は目を閉じて思案し始めた。そして、十数秒の思案の後に、くわっ! と目を見開いだ。


「妖異を無理に押さえるなと云うのは、おそらく無理に抑えようとすると空間に歪みが生じる……ということを意味しているのではないだろうか。以前から、封印地点に微小な妖気のノイズが検出されていることと関係しているものと思われる。芳野くんを調べてみろと云うのは――私の持っている仮説の裏付けになるかも知れぬ」


 教授のその言葉に、一同の視線が芳野に向く。芳野は、困ったような曖昧な笑みを浮かべた。


「私……自分のこともなにも覚えていないし、なんなんでしょう……困っちゃいますね」

 そして、小さくため息をつくのだった。

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