第10話
時を同じくして。
小山田は浮島稲荷神社に到着していた。
「到着しましたよっ、と。遼太郎と清瀬のやつ、上手くやってるかな」
浮島稲荷神社はそれほど大きな神社ではない。異常があれば、すぐにでも分かるはずだ。
「あー、教授。かくかくしかじかで、今、浮島稲荷に居るんだが、この見立てはどう思う?」
『良い判断だ。急激に異形化したのならば、なにか理由があるはずだ。私の推測だが、浮島稲荷の片葉の葦の碑、アレが怪しい』
インカムで本部に連絡を取ると、そういう返事が教授から返ってきた。小山田もその碑のことは知っていたので、速やかに急行する。
「ありゃぁ、こりゃ……」
小山田がそこで目にしたものは、片葉の葦の碑に描かれた相合い傘のいたずら書きだった。ピンクの蛍光色で「まーくん♡あっこ」と描かれていて、非常に腹立たしい。誰が描いたものかは定かではなかったが、これが姫の異形化の原因と考えれば、納得もいく。
「こりゃ、お姫様も怒るわな、っと――ならば、ちゃちゃっと消しますか!」
小山田は公用車に高圧洗浄機を積み込んでいたことを思い出し、取りに戻っていった。
「じゃあ、サンハイ、で飛び出しますよ!」
「おっけ。タイミングは新人クンに任せるわ」
「では――サンハイ!」
角で姫の化物を待ち伏せしていた遼太郎と清瀬は、目配せし合図を送って飛び出した。姫の化物はふたりの姿が視野に入った瞬間に、すかさず葦の葉を投げつけてくる。
「ほらきたっ!」
「うわわっ!」
清瀬はその攻撃にも慣れてきたのか、ひらりと身を翻して回避する。遼太郎は電柱の影に隠れてやり過ごした。
「新人クン、いくよ!」
清瀬は腰だめにライフルを構え、化物の腕を狙って引鉄を引いた。パパパパッと軽快なハイサイクルの射出音と共に、セラミック弾が撃ち込まれる。効果は覿面で、姫の化物は腕を抑えて咆哮を上げる。
「効いてる! 効いてますよ、清瀬さん!」
「よっしゃ!」
腕を重点的に狙い、射撃を続ける清瀬。だったが、不意にセラミック弾が止まった。
「どうしたんです?」
「やば、弾切れ!」
大容量マガジンを装備していた清瀬だったが、セラミック弾は無限ではない。景気よくバラ撒いていれば、弾切れを起こすのも当然だろう。
「ど、どうするんですか⁉」
「どうするって言われても、全部撃っちゃったわよ!」
そうこうしているうちに、次の葉を投げようとする化物。だが、その動きが不意に止まった。そして、異形化していた姫が人の姿に戻り始めた。
「あれ?」
「おおう、効果あったみてぇだな」
浮島稲荷の方から、高圧洗浄機を担いだ小山田がやってきた。相合い傘の落書きを消し終わり、様子を見に来たのだ。
「さて、大人しくなったわね。封印……どうやって捕獲器に誘導しましょうか」
通常現れる妖異ならば、射撃なりなんなりで追い込んでいって捕獲機にかけるのが常道だ。しかし、ヒト型の妖異にセラミック弾を撃ち込むのも、なんだか気が引けてしまう。
『インカムをスピーカーに接続してください!』
教授との通話に使っていたインカムから吉乃の声が聞こえた。意味はわからなかったが、遼太郎は反射的にインカムを外部出力にした。
とおりゃんせ、とおりゃんせ
ここはどこの細道じゃ
天神様の細道じゃ
この子の七つのお祝いに、御札を納めに参ります
行きはよいよい帰りは怖い
怖いながらもとおりゃんせ、とおりゃんせ――。
スピーカーから吉乃の歌うとおりゃんせの歌声が流れ出す。すると、お姫様はその歌声に招かれるように歩いてくる。
「よっしゃ、清瀬、遼太郎! Lサイズ組み立てるから手伝え! 吉乃ちゃんははそのまま歌い続けてくれ!」
小山田の号令のもとで、三人は仕事を開始する。吉乃の歌声が響くなか、捕獲器が組み上げられる。
「よし、いくぞ!」
そして、姫が捕獲器に差し掛かったところで、小山田がPCのエンターキーを叩いた。強烈な閃光が一度瞬いたかと思うと、次の瞬間には姫の姿は消え去った。
「ふいー、終わりましたねぇ」
「おい、清瀬。傷は大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよ! まったく、嫁入り前だってのに……」
三人で一息吐いていると、インカムから通信が入った。
『終わったようだな。妖異の反応の消失が観測班からも上がってきている。一旦、市役所に戻ってくるんだ。休憩にしよう』
教授からの通信だった。とりあえず、少しは休めそうだということで、三人は小山田の運転で市役所まで戻るのだった。
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