第7話

 七不思議係にスカウトされた翌日。学校の放課後になると、遼太郎はさっそく轟天号で市役所に乗り付け、地下階に移動した。そして、七不思議係のドアをノックした。すると室内から、まるでやる気のない男の声がする。


「うぃーい、開いてるから適当に入ってくれぇ」


 その応答に若干面食らうところがありながらも、ひとつ気持ちを正しながら、遼太郎はドアを開けて室内に足を踏み入れた。


「おう、お前さんが新入りか。オレは小山田。七不思議係で主に外回り業務を担当しているぜ。ま、ひとつよろしゅうな」


 小山田と名乗った、年の頃は二十代なかばと思しき男。くたくたにくたびれたスーツに身を包み、黒縁のセルメガネ。やる気のなさそうな、胡散臭いオーラを全身から発している怪人物だった。


「あ、はい! 僕は牧田遼太郎です。川越中央高校の二年です。よろしくおねがいします!」


 相手が怪人物だからといって、挨拶を怠ったりはしないのが遼太郎の性格だった。きっちりと挨拶をして、一礼する。それに対して、小山田と名乗った男は二本指のおざなりな敬礼で返した。


「遼太郎っていうのか、おう、承知したぜ。聞いたところによると、妖怪博士なんだってな?」


「いやいや、そんな。昨日の昨日まで妖怪が現存することを知らなかったぐらいですし。博士だなんて、名乗るのは烏滸がましいですよ」


 遼太郎は苦笑じみたものを浮かべながら、頭を振った。


「ほほう、分はわきまえてるみてぇだな。合格だ!」


 小山田はいきなりサムズ・アップしてみせた。


「合格……って、試されてたんですか、僕は⁉」


 そんな会話をしているとオフィスのドアが開き、教授と清瀬、少女がやってきた。


「くぉら、小山田ァッ! あんた、また!」


 清瀬は開口一番で小山田を怒鳴りつけると、見事としか云いようのない体捌きで小山田にコブラツイストをかけた。


「ったぁ! ギヴ! ギヴ!」


 苦悶の表情になりながら、必死に清瀬の腕をタップする、小山田。どうやら、完全に技が極まっているようだ。小山田のタップを無視しながら、平然とした口ぶりで清瀬が切り出す。


「こいつの云うことは八割八分信じないでいいからね。てきとーな男なのよ」

「ギ、ギヴ……」


 清瀬の腕をタップする勢いが徐々に弱くなっていき、最終的には小山田の腕はだらりと下がった。


「清瀬くん、そのへんにしておきたまえ。小山田くんの胴がねじ切れてしまうぞ」


 教授の言葉には素直に従った清瀬は、小山田を開放した。小山田はそのまま、どさり……とリノリウムの床に倒れ伏せた。いろいろと限界だったらしく、ぴくりとも動かない。


「あの、生きてますか……?」


 少女が遠慮がちに聞いた。すると、小山田は腕だけを上げて、サムズ・アップしてみせた。大丈夫だという意思表示らしい。


「自己紹介は済んでいるようだな。そこに転がっている男が小山田くんだ。我が七不思議係のメンバーだよ」

「よろしくおねがいします――ええと、他の方は?」

「残念ながら、七不思議係の人員はこれで全てだ。私、清瀬くん、小山田くん。少数精鋭といえば聞こえは良いが、窓際部署なのは紛れもない事実だな」


 教授はさらりと云ってのけたが、部署のメンバーとしては三人と云うのはあまりにすくない。ここに来て、遼太郎は初めて不安を感じた――ここでバイトするのは大丈夫なのだろうか……と。


「ここ数年、七不思議に関する妖怪の出現はほぼ観測されていなかった。それに伴う合理化の結果だな、この人員不足は。まぁ、正規のメンバーは少ないが、繁盛期には封印課本隊のほうから応援もくるし、人員の少なさに関しては心配しないでも良い。」

「なるほど、そうなんですね」


 不安げな顔をしている遼太郎の身中を察してか、教授がフォローを入れた。それで完全に不安が払拭された……とまでは云えないが、遼太郎の心象も若干上方修正された。


「あ、そうそう」


 不意になにか思いだした清瀬が口を開いた。


「教授、結局その子の身元は分かったんですか?」

「川越警察に届けて照会してもらったが、彼女に該当する行方不明者や家出人は存在しなかった。完全に身元不明人ということだ。このような場合はしかるべき場所で保護されるのだが、

 彼女は妖気に充てられて記憶が飛んでいる可能性が高いのでな。私が保護者になることにした」


 教授のその言葉に、一同がどよめいた。


「ほほう、教授。大丈夫か? あんた、独身で家事も苦手だろう?」


 不躾な物言いをしたのは、いつの間にか復活していた小山田だった。


「馬鹿を云うな。私はたしかに独身だがな、家事全般は得意なのだぞ?」


「いやぁ……この間、教授が自作して持ってきたマドレーヌ……アレはひどかったですよ?」


 小山田だけではなく、清瀬も尻馬に乗って教授に苦言を呈す。二対一となった教授だったが、わりと涼しい顔をしていて、内面は伺え知れない。


「この子は名前もわからないのでね。仮名をつけることになった。そこで、太田吉乃……という名前で届けを出した。名字は川越城築城に注力した太田道灌から、名はこの辺りの地名の三芳野から拝借した」


「……ということで、太田吉乃という名前になりました。皆さん、よろしくおねがいします」


 吉乃はぺこりと頭を下げた。記憶喪失ではあるが、言葉遣いもはっきりしているし、礼儀もわきまえていることはそれで明らかだった。他の面々も軽く会釈して、あいさつを交わす。


「教授。遼太郎にこの部署の説明はしてあるんだよな?」

「うむ、一通りはした」

「んじゃ、早速、実戦と洒落込んでみるか。教授、この辺りでカテゴリーの低い妖怪の出現予測はあるか?」

「少々待て。うむ、菓子屋横丁付近の路地に徴候があると、観測班から上がってきている。そうだな……小山田くん、きみを遼太郎くんにつける。しばらくの間、指導をしてやってほしい」


 教授の言葉に、小山田はぐっとサムズ・アップしてみせた。溶鉱炉に落ちていくわけでもないのに、やたらとサムズ・アップを多用する男だ。


「よっしゃ、いくぞ。ほら、遼太郎。遅れるなよ!」

「あ、はい⁉」


 ばたばたとオフィスを出ていく小山田。それにを追うように、遼太郎も慌ただしく出発する。


「あの……大丈夫なんでしょうか?」


 心配そうな面持ちで、それを見送った吉乃がつぶやいた。それには教授も清瀬も答えることが出来なくて、微妙な表情で顔を見合わせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る