第4話
女の運転する黒い大型バンが到着したのは、なんと市役所であった。
「え、ここは市役所? なんで……?」
遼太郎が当惑していると、その背中をツナギの女がせっついた。
「ほら、早く行く! 地下二階に降りてちょうだい。こちとら、両手がふさがってるのよ」
確かにツナギの女は少女を背負った上に、両手に荷物を持っていて、エレベーターの操作も難儀しそうな感じだった。遼太郎はエントランスホールの先にエレベーターを見つけると「降りる」のボタンを押した。
川越の市役所ではあるが、実のところ遼太郎はここへ来るのは初めてだった。役所への縁など一介の高校生である遼太郎にはあるはずもなかった。
地下二階に降りると、突き当りの部屋に向かうように指示されたので、遼太郎は素直に従った。
『環境部封印課七不思議係』
その部屋のドアにはそんなプレートが掛かっていた。
「ななふしぎ……かかり?」
見慣れない単語に、遼太郎は首を捻った。
「いいから。入って」
「それじゃ……お邪魔しまぁす」
怖ず怖ずと遼太郎がドアを開けると、その中は存外に普通なオフィスだった。それほど広くはない。一番奥のデスクに大量の書類が雑然と山になっているのが、いやがおうにも目を引いてしまう。
「ああ。きみが報告の少年か。怪我をしたそうだが、具合はどうだい?」
書類の山の奥からハスキーな女の声がした。どううやら、その片付けられていないデスクの主は女性であるようだった。
「手当をしてもらったので怪我は大丈夫です――ええと、貴女は?」
「私はこの七不思議係を任されている者だよ」
書類の山の奥からひとりの女性が姿を現した。
特異な格好をした女性だった。年の頃は二十代後半、髪は脱色しているが手入れの行き届いていないプリン状態の金髪。そして、なぜか白衣を引っ掛けていた。スタイルは良いし、美人と云って差し支えなさそうだが、愛想の無さで八割型損をしている――そんな女性だった。
「教授! そっちの坊っちゃんもですが、まずはこの子をお願いします」
背中に背負っていた少女を長椅子に寝かせた赤いツナギの女が係長に向けて声を飛ばした。
「え、教授?」
「以前、都内の大学で教鞭をとっていてね。それ以来の私のあだ名だよ――と、失礼」
呼ばれたあだ名の由来をさらりと告げると、教授は長椅子の前に移動した。そして、少女の具合の検分を始めた。一分ほどの観察の後に、顔を上げる。
「どうやら、妖気に充てられてしまったようだな。なぜ木の上に居たのかはさておいて、目立った外傷はない。落下した際に清瀬くんが存分に緩衝材になったようだ。無駄に肉付きが良いわけではないな?」
「そりゃ、どーも――教授が大丈夫だって云うなら、大丈夫そうね」
ふたりの会話を聞きながら、遼太郎は思わず女性陣の胸元に視線をやってしまった。「無駄に肉付きの良い」と評されたツナギの女はもちろんだが、教授もなかなかご立派だった。遼太郎は顔が紅潮するのを感じ、少しうつむき加減になってしまう。
「――んだ?」
「え?」
「聞いていなかったか? きみはどこの誰なんだ、と訊いている」
遼太郎が顔をあげると、至近距離に教授の顔があった。これでふんわりと薔薇の香りなどしようものならば、遼太郎は教授に惚れてしまっていたかもしれない――が、実際にはふんわりとヤニ臭い。どうやら、教授は喫煙者のようだった。
「ぼくは川越中央高校二年の牧田遼太郎です。教授さんに――?」
「私は清瀬。清瀬麻美よ」
それぞれの名前がわかると、ここに来るまでの少しの間、希薄になっていた遼太郎の現実感が一息に戻ってきた。
「それで! あの河童は⁉ なんかピカって光って消えましたけど、アレは⁉ そもそも、なんで玩具の銃で河童を⁉」
「どうどう」
清瀬に諌められ、遼太郎は息を整える。
「まぁ、きみはあれに襲われた被害者でもあるし、別に秘匿しなくてはならない事項ではないから、説明はするよ。納得できるかどうかは別としてね」
教授はオフィスチェアに腰掛けると、足を組んで座った。そして、ジェスチャアで遼太郎にも椅子を勧めた。それに応じて、遼太郎も手近な椅子に腰を下ろす。
「それでは講義を始めよう。所要時間は三十分。質問は適宜受け付ける」
そう宣言して、教授は話を切り出した。
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