第3話

 その時だ。


「そこのアンちゃん! 伏せて!」


 遼太郎の背後から女の声がした。伏せる――というよりは、体に力が入らなくなって、半ば偶然的に倒れた格好ではあったが、女の声の通りに遼太郎は姿勢が低くなった。


 閃光!


 遼太郎の眼の前で、光が爆発した。ミリタリーマニアでない遼太郎でも、それが閃光弾の類であるということはすぐにわかった。遼太郎の視界を潰すほどに強烈な光が発せられたわけでもない。だが、眼の前の河童は明らかにめまいでふらついたような素振りを見せている。


「うぉらぁ! くらえぇ!」


 女の雄叫びとともに、パパパパッという軽快な音が浮舟稲荷の境内に響いた。遼太郎が音の方に視線を遣ると、真っ赤なツナギに身を包んだ茶髪の女がライフル銃を河童に向けて乱射しているところだった。


「じゅ、銃ッ⁉」

「伏せてて!」


 女に言われるがままに、遼太郎は伏せた。体勢を低くした遼太郎の前に、ころころとなにか転がってくる。指でつまめるほどの大きさのそれは、セラミック弾であった。電動ガンやガスガン、エアガンで発射するプラスチック製の銃弾、いわゆるBB弾とおなじ大きさの弾だった。女の銃から放たれるセラミック弾は荷電したように光の緒を引きながら河童に命中していく。そのダメージはそれなりのようで「これ以上はたまらない」といった風で河童は横方向に逃げ出した。


 そして、それは女の計算通りだったらしい。


「ジャックポット!」


 女は手のひらに握り込んだスイッチを押した。カチ、という音が小さく響くと、いつの間にか設置されていたパネルから、強烈な放電の光が放たれる。それは河童の足元で、光に包まれた河童は一瞬で姿がかき消えた。


「二十一時三十分。浮舟稲荷、カテゴリー3の河童タイプを封印。なお、負傷した少年が一名。救護の後に、戻ります」


 女は耳につけたインカムに向かって報告らしきものをいれると、遼太郎に向き直った。


「あー、きみ。大丈夫?」

「ええ……まぁ。なにがなんだか、わからないですけど……」

「そうよねぇ……。とりあえずだけど、同行願ってもいいかな? 事情説明ぐらいはしておきたいし」

「あ、はい。構いませんが。自転車なんですけど、どうしましょう?」

「それじゃ、車に積み込んでいくかな、っと」


 女は境内の木により掛かると、赤いマルボロの箱をとりだし、一本銜えた。


 どさり。


「ぎゃあ!」


 女の上に、樹上からなにかが落ちてきた。


「だ、大丈夫ですか⁉」


 遼太郎が慌てて駆け寄ると、赤いツナギの女の上に、市内の高等学校の制服に身を包んだボブヘアーの女の子が覆いかぶさって倒れていた。背中のあたりが小さく動いているので、息はあるようだった。


「痛た……」


 ツナギの女が身を起こすと、ごろん、と女子が転がった。


「この子は?」

「いや、僕も知らんですけども」

「教授、緊急事態。身元不明の少女を保護した――ええ、わかったわ」


 インカムに通信をいれると、女は少女を担ぎ上げた。


「そこに車が止めてあるわ。自転車があるなら積み込んじゃって」

「は、はい――その子はどうするんですか?」

「連れて行くわ。目立った外傷はなさそうだし、目を覚ますまでは保護しないとね」

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