第十四話 セノの村。

 鏃と八生は積もる雪に囲まれた集落に到着する。

 行き来する人々の数は少なく、安っぽい浴衣を着ている。

 あちこちの煙突から煙がモクモクと上がっており、透き通った青空へと消えていく。

 村の中心には木で組まれた和風の野外温泉があり、そこから暖かな空気が村中に流れていた。


「着きました。ここがセノの町です」

「……随分と開放的だな」

「へへ……、ここは露天風呂がたくさんありますからね。それよりも転送装置のある場所へ向かいましょう」


 そう言いながらも八生は、ヒノキの湯と書かれた看板を目で追いながら歩いている。

 巨大な湯船には人影がいくつか見えた。


(湯気で隠れてよく見えないな……)


「八生どの。帰りに浸かるか?」


 八生は驚いた顔でこちらへ振り向く。


「恥ずかしいので嫌です!」

「湯気が濃いので見えないと思うが」

「関係ありませんっ」


 怒った様子で八生は進んでいく。

 それを追いながら目に入った建物を鏃は見上げた。

 和風な宿屋ではあるが、所々の錆びたブリキ板や長く突き出た釘が目立つ。


「八生どの。なぜあのような物が、建物に取り付けてあるのだろうか」

「この村はその昔、モンスターからの襲撃を受けまして。簡単な修復をしたままみたいです。鍛冶屋さんに頼めばすぐに直してもらえるとは思うのですが、そのためのお金がないのかと」

「そうか」


(ケット村はそこそこ裕福そうだったが、この村の人たちは……)


 入り組んだ道を進むと、広い場所に出る。

 地面には青白い光が漂っており、中心にある機械が網目の鉄フェンスで大きく囲まれていた。


「これが転送装置です」


 転送装置の影から、黒い浴衣を着た男が現れる。

 黒髪でこれまた黒い眼帯を付けており、腕には包帯を巻き付けていた。


「フッ……ここに来たということは、お主ら。果ての地へと向かうのだな?」


 突然、八生が腕を振り上げると、自身の眼帯を付けている片目を手のひらで抑える。


「いかにも」


 鉄フェンス越しに2人は会話を始めた。


「料金は1人片道5000マニだァ……」

「へへへ……我らのマニは虚無へと帰した。我々はこれから虚無よりマニを奪い返す。今は通したまえ……急がなければ我が闇の力がここで解き放たれてしまう」

「諦めろゥ……マニがなければ転送装置は動かせん。フッ……マニを虚無へと帰した者よ。今は立ち去るがいい……」


 八生は肩を落とす。


「へうゥ……では解き放つしかなかろう。我が闇の秘技である売買いけにえ契約、さらに労働血と苦しみの契約により、相手はマニを我に授けなければならなくなるのだ……。今日中にマニを持ってここへ来る。その時は通せ……」

「フッ……お主なら必ず果たせる誓いだと信じているッ……この邪眼・赤光せきこうに賭けよう」


 男は眼帯を捲り上げ、赤く光る目を見せた。


「へへへ……待っていろ。我が邪眼・神滅転生ゴッドリライブアポカリプスは既に契約を行わんと疼いているからな……」

「フッ……待っているぞ。マニを虚無へと帰した者……」


 八生は片目を抑えながら男に背を向け、鏃の元へと戻る。

 戻るなり、肩を落とした。


「何か難解なやり取りをしていたようだが」

「……厨二病というやつです。私、まだ入り込めてないのかな。タダで使わせてもらえないか交渉してみたのですが、ダメでした」

「ではマニを稼がねばならぬか」


 八生は首を横に振った。


「食料のこともあります。ささっと稼いできますので。鏃さんは休んでいてください」

「ワタシも手伝おうか?」

「私1人で大丈夫ですので!」


 八生は走り去って行く。


(急ぐ気持ちも分かりはするが……。ワタシは勉強しておくか)


 鏃は胡座をかいてその場に座り、端末を取り出してダンジョン配信を見始めた。


 しばらくして、八生が息を切らしながら戻ってくる。

 ひどく汗をかいたその姿に、鏃は目を背けた。


「お待たせ……しました……」

「随分と汗をかいた様子だが」

「ええ……お風呂掃除で……」


 八生は片目を抑え始め、転送装置へと近付いた。


「……待たせたな。マニを持ってきた」


 男はフェンス越しに1万マニ札を受け取り、怪しむ様子で表裏をじっくりと眺める。


「どこで働いてきた」

「温泉だァ……それに弓矢を売ったァ……。鏃さん、こちらへ来てくださーい!」

「……本気らしいな。マニを虚無へと帰した者たちよ、通るがよい」


 男はフェンスのドア部分を開けると、中心にある機械へと歩み寄り、触り始めた。

 すると機械が作動音と共に変形し始め、薄く地面に広がる。


「行先を端末で指定し、向かうがよい。果ての地へ……」

「へへ……そうしてやろう」


 八生と鏃は広がった機械の上に乗った。

 八生が端末を操作すると、漂っていた光が機械へと集まり始め——2人はその場から姿を消した。


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