第十三話 龍の塔へ。

 八生が泣き止み、3人は森へと進む。

 鏃は森の中で、落ちていた木の枝を拾い上げた。


「ありましたか!?」

「ああ」


 追ってきた八生に、鏃は木の枝を見せる。


「ん〜、もっと細いのも拾いましょうか。……」


 八生の目線の先では、草は地べたに寝そべり船を漕いでいた。

 八生は折草の肩を掴んで揺らす。


「おぉおおおぁ……どうしたのじゃ……」

「これから龍の塔へ向かうのですが、折草さんは1人で大丈夫ですか?」

「ああ、4年はこうして生きとるからのお。それにこの辺りはのどかでよい。食べ物にも困らぬし、ゆっくりできそうじゃ」


 八生は折草をジーッと見つめている。

 折草はただ笑っていた。


「なんじゃ? ワシに惚れたか?」

「え……違います、不安なんですよ。町の人には絶対に迷惑を掛けないでくださいね」

「ん〜。迷惑というのは相手の器量に寄るからのお、よく分からぬな」


 八生はこちらを見て、悲しそうな顔をした。


「鏃さん、この方と付き合うのはやめた方がいいです。このお方には鏃さんより牢屋の方がお似合いです」

「むう、失礼じゃのお。ワシは未だ悪いことをして捕まったことなどないわい。のお、鏃?」


 鏃は顔に影を作る。

 折草は目を細めたまま、笑顔を崩し無表情になった。


「ワタシに同意を求められましても」

「そうか、悲しいのお。八生様が現れてから鏃が冷たいわ。ダンジョン配信で収益を得ても、独り占めする気なのかのお」

「そのような恩知らずなことは致しませぬ」


 折草は途端に笑顔になる。


「では任せたぞ。そうじゃ、ワシに何か手伝えることはないかのお?」

「任せられることはありません。行きましょう、鏃さん」


 八生は返事を待たず、腕を掴んで引っ張る。


「師匠、お元気で! 必ず迎えにきます!」

「お〜待っとるぞ〜」


 そうして八生たちが森を抜けた先には、真っ白な雪原が広がっていた。

 よく見ると、少し離れた所から雪かきされた後のような道が続いている。


「龍の塔なのですが、全部で300層あり2層からモンスターがいます。倒しても半日で次のモンスターが寄ってくるので、上に進み続けましょう」

「今日から配信するのか?」

「ええ、早く向かって配信に余裕を持たせます」


 八生が端末をこちらへ向ける。

 画面には空の雲を貫いてそびえ立つ、塔の写真が載っていた。


「これが龍の塔なのですが……すっごく遠いです」

「徒歩で向かうしかないか」

「いえ、隣町に転送ポータルがありますので。そちらへ向かいます。ポータルは有料ですが……まあ、弓矢を売れば往復代にはなりますので」


 八生はリュックを雪の上に置くと、中から短いファーの付いた大きいマフラーを首に巻き、更に眼帯を取り出して身につける。

 八生は首、口元と片目を隠しYシャツを着た独特な見た目になった。


「八生どの。その格好は?」


 八生はこちらを向くと、申し訳なさそうに目線を下げる。


「……その、今回は私宛の依頼だったんですけど、私の配信として撮るつもりはなくて。あくまでも鏃さんの配信を裏方で支える形を取ろうかと」

「ふむ。八生どのがそうしたいのなら構わないが」


 八生はぺこりとお辞儀した。


「ありがとうございます。……実は露天であんなに泣いちゃったのは、その。嬉し泣きも少しはありますが。色んな感情がごちゃ混ぜに……なってて」


 八生は段々と声を小さくしていく。


(やはり、あの時のメッセージ通りに配信者を辞めたいという気持ちは変わりないか)


 そのまま一度は口を閉ざすが、深呼吸してから開いた。


「よかったら、仲間にして頂けませんか……!」


 鏃は眉をピクリと動かす。

 八生は顔を赤らめてうつむいた。


「……八生どの。師匠の弟子になりたいのか? やめておいた方がよいぞ」

「違います。今回に限らず、一緒にダンジョン配信をやっていきたいのです」

「ワタシは八生どのの足を引っ張ると思うが」


 鏃が八生から目を背けると、八生は首を横にブンブン振る。


「関係ありません。私、幼い頃に綴った夢のことを思い出しまして。それを叶えるには鏃さんのことが必要なんです」

「ワタシが?」


 八生は激しく頷いた。

 鏃は腕を組み、考え始める。


(もしや。配信者として高みを目指す他に、誰かのお嫁さんになるのが夢だったりするのか?)


「ワタシは自分の年齢を覚えてはいないが、師匠は加齢臭を感じ取っていたぞ。それに生殖器を失っている」

「大丈夫です! 私たちきっと上手くいくので!」


(……しっかりしている相手とはいえ。まだ幼げのある相手だ、付き合うのは……だが、思いを無碍むげにする訳にも……)


 鏃が悩んでいると、八生は鏃の手を取って握った。

 その目はキラキラと輝いている。


「……返事は約束として留めておいてもよいか? 八生どのが大人になってから再び答えさせてくれ」

「どうしてですか?」

「八生どのはしっかりしているとはいえ、まだ幼い。幼い子と付き合うのは、ワタシが騙しているような気分になるのだ」


 鏃が顔に影を作っていると、八生はキョトンとした顔になった後、背を向けて耳を赤くした。


「あ……ああ! えっと、夢というのはですね。仲間を作って一緒に冒険するというもので。決していかがわしいことなどでは」

「む、言葉通りであったか。ならばこちらとしても歓迎だ」

「ええ! これからよろしくお願い致しますっ。では隣町へ向かいましょう」


 八生はリュックを背負い直すと、こちらに顔を見せないように周り先に歩いて行く。

 鏃はその後ろに付いていった。

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