ちくわドラゴン編

第十二話 国からの手紙。

 

 八生が宿屋の自室に入る。

 そしてドアを背にし、リュックを置いて床へと座り込んだ。


(疲れた……。端末から自分の声が聞こえるの、慣れないな……)


 八生はそのまま足を伸ばしずりずり滑ると、床で仰向けになる。

 それから首の傷に手を当て、ふと床に落ちている弓を見ると、手に掴んだ。

 握ると腕がガタガタと震え始め、八生は弓から手を離す。

 震えるその両手を開き、八生は涙を流しながら眺めた。


(首の傷が疼く……。何だか私、厨二病みたい。それより、鏃さんの次の企画考えないと)


 そして涙を腕で拭い、床に膝をついたままリュックからノートを取り出す。

 表紙にくっついていたノートの1ページ目が捲れ、そこにある拙い字の箇条書きに目が止まった。


(……夢その1、ダンジョン配信者になって村を守る。夢その2、ランキングで1番になる。……その3……有名になったら……)


 ——ドアのノック音がして、壁越しに宿屋の主人の声が聞こえる。


「八生ちゃん、八生ちゃん! 国から手紙が届いてるよ!」


 八生はノートを閉じて立ち上がり、ドアを開けた。

 目の前では宿屋の主人が笑い、手紙を両手で差し出す。


「はいこれ。感謝状かなんかかね?」


 八生は封書を受け取り、固唾を呑んだ。


「ご主人、一緒に見てください」

「ああ、いいよ」

 封書を開けると、その中には文章の書かれた紙が入っていた。

 八生はそれを読み上げる。


「拝啓。頃早様、ランキング1位おめでとうございます。こちらは現在において最大規模ダンジョンである、龍の塔への案内となります。龍の塔は非常に難易度の高いダンジョンですが、致死ダメージを受けた時、一層へ戻される仕組みとなっております。安全ですので、是非お仲間とご一緒に挑まれてください」

「おお、よく分からないけどスゴいんじゃないかい!?」

「す、スゴいことです。配信の案件なんて始めてです……!」


 宿屋の主人が拍手する。


「おめでとう!」

「ありがとうございます……!」


 八生は深々と頭を下げた。

 顔を上げると、宿屋の主人は妙にホッコリとした顔でけちらを見つめる。


「行くのかい?」

「……そう待ってもくれないはずですから、無理にでも行かないと。それに鏃さんを連れて行っても……良さそうですし」

「八生ちゃん。1人で有名になる必要はないと思うよ。それに鏃さんは、この町から八生ちゃんを連れ出すいい仲間になってくれるんじゃないかな」


 八生は少しの間うつむき、宿屋の主人に笑顔を向けた。

 不意に、八生の手元からもう一つ封が落ちる。

 八生はそれを拾い上げて開いた。




 翌日。

 鏃と折草が酒場へ向かうと、元気そうに働くエプロン姿をした八生の姿があった。



「八生ちゃん、酒頼む」

「はーい!」


 八生は木製のジョッキをテーブル席へと運ぶ。

 運び終えると、八生は入り口の2人に目を向け手を振った。


「料理長! 来たのでちょっと外れます!」

「はいよー」


 八生はエプロンをカウンター席に置き、厨房の床から白いリュックを背負うと、白いYシャツ姿でこちらへ駆け寄ってくる。

 折草がそこへ不思議そうな目を向けた。


「むう? その服どこで購うた?」

「上空都市からの通販です」

「ほお。鏃と同じ服装じゃの」


 八生は気恥ずかしそうにボタンを弄る。


「へへ……服装合わせたんです。実は、長時間の配信ができるダンジョンへの案内を国から受けまして。鏃さんとパーティーを組んで向かおうかなと」

「ほお?」

「来てもらえれば、もしかすると来週には収益化されて、鏃さんたちがお金を手にできるかも知れません!」


 折草はハッとした表情となり、近くのテーブル席へと駆け寄って座った。


「酒じゃああああ!!!」


 鏃はそこへ向かい、叫び散らす折草の口を抑える。


「まだそのようなマニはありませぬ」

「そ……それなんですが」


 八生は顔色を徐々に青褪めさせながら、請求書を鏃に差し出した。


「昨日のダンジョン破壊の件で……その。関与した私の配信収益は凍結。鏃さんに渡したお金は全額没収。今の手持ちのお金もこのシャツ代で殆ど使っちゃいまして」


 続いて、八生は腰に下げた紫色の袋を広げて振った。

 テーブルの上は銅硬貨が2枚。

 鏃は震える手で預金口座を確認すると、残高は0円となっていた。

 

「国というのは意地悪なことをするな……。先日の折れた剣はどうだ?」

「まだありますがダメです! ……私の弓矢もありますが、今回の武器は企画とも合う木の棒にしましょう」


 鏃は顔に濃い影を作る。

 折草がヒョヒョヒョと笑い始めた。


「なんじゃ八生様、鏃に甘いのお。ワシにも金を貸してくれればよいものを」


 さりげなく銅硬貨を手に取ろうとする折草より先に、八生は硬貨を手に取り麻袋へ戻す。

 折草は残念そうに机の上を眺めた。


「ものは試しです。この20マニで2個買える食料があるので、それで食事は凌ぎましょう」

「この辺りは木の実が採れる。ワタシは木の実でも構わないぞ」

「それではあまり動画映えしません、きてください」


 鏃は八生から腕を掴まれ、酒場の外へと連れて行かれた。

 折草がヘラヘラしながら2人を追う。




 様々な露天の並ぶ市場へと入る。

 八生は露天の一つへと近寄った。

 そこでは竹串に塗った練物を、火鉢の熱風に当て焼いている。


「おや? 八生ちゃんじゃないか。配信ランキング1位おめでとさん」

「ありがとうございます!」

「ほら、あれ持って行きなよ。市場のみんなで用意した冷蔵保管庫だ」


 店主が竹串を持ち上げ、八生の背後を指差す。

 八生が振り向くと、そこには巨大な鉄製の冷蔵庫がある。

 さらに辺りを見ると、露天の店主たちが八生の方へ笑顔を向けていた。

 酒場で鏃に絡んだ大柄な男は自警団のような格好をしており、冷蔵庫の扉を開ける。

 中には水筒や野菜、パンや饅頭にちくわなど、様々な食料が詰め込まれていた。


「宿屋んとこの主人から聞いたぜ。中にいろいろ入れてあるから、このまま鏃さんにダンジョンへ持って行ってもらいな」

「ありがとうございます……!」


 村人からの応援に八生はジワジワと涙を流し始めると、その場に座り込み地面に伏せた。

 そこへ来た折草が八生に指を差し、ヒョヒョヒョと笑う。


「泣くとはみっともないのお。金が足らんかったか?」


 村人の数名は折草を見て苦笑いした。

 その中から大柄な男が、こちらへと近付いてくる。


「よお、鏃さん。八生のことを2度も助けてありがとうな。この冷蔵庫はそのお礼も含んでる、遠慮なく使ってくれ」

「ああ。ありがとう」


 鏃は村の人々から大きな背負子を背中に取り付けられ、そこに冷蔵庫を固定してもらった。

 鏃は難なく立ち上がる。


「八生どの。用意はこれで十分だろう……か」


 八生のところには女性の村人が数名集まり、1人が八生と同じようにしゃがみ、慰めるかのようにその背中をさすっていた。

 八生は涙を腕で拭い取る。


「ごめんなさい。もう少し泣いてから行きます」

「……ああ」


(嬉し涙にしては苦しそうだが)


「八生ちゃんは昔から、泣き出すと止まらないねえ」

「……八生ちゃん。たんと泣いて、スッキリするんだよ?」


 八生は子供のように泣きじゃくっている。


(やはり、八生どのは村人たちにもリスナーにも、愛されているのだな)


 鏃はホッとした様子で、うずくまったままの八生を眺めた。


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