第四話 酒場での会話。

 折草はテーブル席に座るなり、寝息を立て始めた。

 八生と鏃の周りには、村の人々が集まる。


「2人ともすごいじゃねえか。レベル50の4人パーティー推奨のダンジョン、2人で攻略しちまうなんて」

「それが、ほぼ全てのモンスターをこのお方、鏃刺蔵さんが倒しまして」

「またまた、八生ちゃんは控えめに言うからな。配信外では大活躍だったろ」


 頬を熱くしながらあたふたしていると、こちらに話しかけてきた村人を鏃が見つめていた。


「ええ。八生どのはワタシが倒せなかったスケルトンを全て倒しました。その数、実に100体はいたかと」

「さ、30くらいでしたよ? 100は矢も道具も数が持ちません」

「失礼、30くらいだったかも知れませぬ」


 おお、すげえ、など周囲では歓声が上がる。

 村人の中でも特に大柄な男が鏃の肩に腕を乗せ、体重を掛けるかのようにもたれ掛かった。


「よお兄ちゃん。八生ちゃんとはどういう関係なんだ。手ェ出してねえだろうな?」


 鏃がそのまま立ち上がり、村人はよろめく。

 そしてゆったりとした紺色の半ズボンとパンツを同時に降ろし、村人に見せ付けた。

 周囲から悲鳴が上がる。

 そこには付いているはずのものがなかった。


「うっ……嬢ちゃんだったか。失礼した」

「いえ、お気になさらず」


(いや、見えなかったけどどうみても男……)


 鏃はパンツとズボンを上げて座り直す。

 周囲の村人たちは盛り下がった様子で、それぞれのいた席へと戻った。


「そういえば、鏃さんと折草さんは師弟関係なのですか?」

「ああ、折草丸どのはワタシの師匠だ。それよりも八生どの、ワタシは貴殿から矢を借りた。つまり助けられたのはワタシの方。奢って頂いているところ悪いが、これらを食べるわけにはいかない」


 向かいから鏃が、冷や汗を垂らし血眼で刺身を見つめている。


(真剣そうだけど、よく分かんない人だな……)


「目を瞑って口を開けてください」

「その手には乗らぬ。では失礼」


 席を立つ鏃の方へと八生は手を伸ばした。


「そう仰らずに」

「もし、もしもだ。八生どの。ワタシがこの馳走を口にし明日は食い物に困り、雑草を食い凌ぐことになるとする。舌というのは肥えてゆくもの。この馳走を口にすれば、明日のワタシは雑草に後悔の涙という調味料を加えることになるだろう。肥えた舌により雑草を不味く……味わいながら……」

「ではお話だけでも」


 鏃は一瞬で席に着く。


「ああ。耐えて見せよう」

「……その、ランキング1位になれたのは鏃さんのおかげですし。これから毎日ご飯奢るくらいはしますよ」

「まことか!?」


 八生は鏃を真似て、真剣な顔で返事をする。


「ええ、約束します。代わりにダンジョン配信者としてコンビを組みましょう。収入の5割をお渡ししますので」

「……すまぬ。師匠以外とは約束ごとをしないと誓っているのだ」

「では仕方ありませんか」


 八生は赤身の魚を箸で摘み、勿体ぶりながら醤油に付け、口へと運んだ。

 目の前では鏃がテーブルに乗せた両腕を震わせ唇を噛み、そこから血を垂らしながら耐えている。


(……すごく食べづらいんですけど)


 八生は口元の手前で刺身を滑らせ、落としてしまう。

 それを鏃がスライディングし、掲げた両手の上に受け止めた。


「あ……ありがとうございます」

「八生どの! さあ! さあっ!!」


 鏃は顔を伏せたまま刺身の一切れを掲げている。

 八生は震える箸でそれを取り、口へと放り込んだ。


(……汗の味が)


 鏃は何事もなかったように席に着く。

 八生は箸を置き、手を膝に付けた。


「分かりました、食べさせるのは諦めます」

「そうしてくれるとありがたい」


 八生が刺身をクチクチ噛んで飲み込むと、鏃は一息吐く。


「ところで八生どの。夢はあるか?」

「唐突ですね。夢……ですか。今回配信者ランキング1位になれましたが、このまま1位を半年以上維持し、ケット村出身の配信者として名前を残せたらと思っています」

「そうか」

「鏃さんの夢は?」


 黙り込む鏃に質問を返すと、鏃は腕を組んで顔を伏せ、考え込み始めた。


「一人前になること……だな。八生どののように夢を持ち、それを叶え、自生活を不自由なく営みたいものだ」

「もう一人前のように見えますが」

「とんでもない。ワタシは師匠がいなければ金の管理もできぬ、つまらぬ男よ」


(……鏃さんのことは好きだけど、折草さんがなあ。やっぱり関わるのやめておこうかな)


「なるほど。そろそろ私は帰りますね、それじゃ」

「ああ。今日はありがとう」


 酒場から離れる途中で振り向くと、席に鏃と折草の姿はなかった。

 八生は辺りを少し見渡してからそそくさとテーブル席へと戻り、ご飯を食べ進める。


(このままだと捨てちゃうだろうし、料理長に悪いから全部食べてしまおう)


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